第3話 寒さ 

「はぁはぁ。疲れた……まだ着かないのか。っていうか一気に寒くなりすぎだろ!」


 俺はあれから一時間以上は間違いなく歩いたはずだ、しかし未だに街は見えなかった。最近全く運動してなかったのもあり、かなり体がしんどい。


 サンダルも親指と人差し指の間で紐が擦れて足が痛くなってきた。しかも、どんどん気温が下がってきて寒くなってきている。


 辺りは完全に闇に包まれている。月のように浮かんでいる星の灯りでなんとなく地面は見えるが道などはないため、とても歩きづらい。


(まずいな。ここで野宿なんて絶対嫌だぞ……)

俺はだんだんと焦ってきていた。


 仕方なく、再び俺は氷の階段をシヴァで作ろうとしてジャージから引き抜いた。その時にふとシヴァの刀身を見てあることに気づいた。


「ん? 9853?」

 シヴァの刀身に表示されているカウンターの数字が先ほどよりも増えていた。確かさっきは9780ぐらいだったはずだ。


 俺は急いでゼウスとアグニのカウンターも見ていた。すると、

ゼウスの方は「10000」

アグニの方は「9564」

と表示されていた。


「そういうことか……」

 どうやら刀についているカウンターは、時間の経過により回復するようだ。歩いてきた時間とカウンターの変化した数で考えてみるとおそらく、一分間で1回復するぐらいだろう。


 俺はまた、氷の階段を作り出した。今度は安全面を考えて両端に手すりと落下防止の柵もつけてみた。俺は先ほどよりも早いスピードで登っていく。すると登っている途中でもう町の光が目に入ってきた。進行方向がやや右手にずれていたようだ。


 少し左側の小高い丘の向こうに町の灯りが見えた。距離もあまり遠くはない。

 俺はすぐに階段を降りて再び歩き出した。


 やがて、俺は街の入り口までたどり着いた。この街は大きな壁で覆われているようでどこまでも城壁が続いていた。大きな門の上部の壁にはなにやら読めない文字が書かれていたが、すぐに日本語に翻訳された。どうやらこれが神が言っていた自動翻訳機能らしい。


 翻訳された文字には「南方の都市モルド」と書かれている。


 門から町の中に入ると、そこは日本のゲームやアニメで見たような中世ヨーロッパのような姿をしていた。石でできた街並みに服と鎧が一体となったら服を着ている男や、町人風の服を着た娘などを見ることができた。


 街を歩いている人は地球に住んでいる人間と見た目はなにも変わらないように見える。ただ日本に比べて青やピンク、赤に緑など派手な髪の色をしている人が多かった。


「おお、まるで漫画やアニメで見てきた世界だな!」

 体がヘトヘトではあったが地球では見ることができない光景を見て、流石にテンションがあがってくる。


「よし、大体こういう世界に来たら何をすればいいかは知ってるぞ! まずは宿と冒険者ギルドを抑えなきゃな。最初にギルドに行くとするか……。うわっ!」

 俺が歩き始めようとすると、突然、強風ととも強烈な冷気が襲ってきた。


 召喚された時は少し肌寒いぐらいだったのに、今はかなり気温が下がってきている。体感的におそらく5度ぐらいだろうと俺は感じた。


「日中と夜の気温差大きすぎるだろ! やばいな。ギルドに行ってる場合じゃない。早く宿をとらないと。これ以上下がってきたら命に関わる」

 俺は命の危機を感じ、急いで宿探しを始めた。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「これはなんですか? これじゃあ宿泊することはできませんよ」

「お願いします!! どうか、どうか一泊だけ……。一泊だけ止めてくれませんか? 」


 十分後、俺はとある宿屋の受付にいた。俺は、カウンターを挟んで立っている金髪の中年女性に向かって必死に頭を下げていた。カウンターの上には一万八千四百円が置かれている。この金は俺の全財産だ。


 その金を女性は困惑した顔で見下ろしている。


 完全に盲点だった。てっきり俺は神様が日本円をこの世界の貨幣に変えてくれていると思っていた。しかし、金を出しても神様は換金してくれなかった。何度心の中で頼み込んでも無駄だった。


「お金がない人を止められる訳ないじゃないですか!! そもそもあなたのその格好、見たことありません。ひょっとしてやばい人ですか? 通報しますよ!!」

「そ、そんな……」

 俺は仕方がなく宿屋を後にした。


「勘弁してくれよ。神様!」


 宿を出ると俺はつい愚痴をこぼしてしまう。受付の女性が悪くないのはわかっている。むしろ当然の対応だろう。金がない奴は客じゃないんだから。しかも俺は自分で言うのもなんだが酷い見た目をしている。


「はぁ……」

 俺は途方にくれて深いため息をつき、空を見上げた。いつのまにか雪が降り始めていることに気が付いた。あまりの寒さに体が震えてしまう。スウェットでは全く寒さを防げない。


「まずいな。こんな寒さの中、野宿なんて無理だぞ。なんとかして、宿に泊めてもらわないと!!」

 俺は現状を打開するために必死で思考を巡らせる。

(事情を説明してわかってもらうか? いや、厳しいか……。俺が向こうの立場だったら絶対に信じないな。じゃあどうする……?)


 降りしきる雪の中で俺は必死で考える。異世界に来た初日で凍死なんて笑えない。


「うん。相手にもなにかメリットがないとだめだな! 今は金がないけど、冒険者になって金を稼いで、泊めてもらった金額の十倍支払うと言って頼み込もう!!」


 しばらくして、俺はこれしかないというアイデアが浮かんだ。それは、今晩だけは無料で泊めてもらって、明日朝一で冒険者ギルドにいって仕事をもらい、金を支払うという作戦だ。あまりに荒唐無稽な作戦なのは分かってはいるが、他に手はなかった。


「よし! とにかく数をこなすしかないな。宿に頼み込もう」


 俺は自分に気合をいれる。保険の飛び込み営業で一日に二百件の家に訪問したことを思い出した。辛い思い出だったが、あの経験を思い出すとわずかではあったが勇気が込み上げてくる。


 寒いとか腹が空いたとか今は言ってられない。泊まるところが見つからなければ本当に死んでしまうかもしれない。俺は覚悟を決めると宿屋を探して夜の街をかけだした。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「はぁ……はあ……。寒い……、痛い……」


 宿を探し始めてからどれくらいの時間が経ったかわからない。いまだに俺は夜の街を歩いていた。いつのまにか十センチメートルほど積もった雪の中をサンダルで歩いていく。雪の冷たさでだんだんと足の感覚がなくなってきていた。


 これまでに七件の宿屋を訪れ、宿泊を頼み込むも、どこも門前払いだった。そのうちの三件は最初の宿と同じように通報すると脅してきた。そして最後に訪れた宿では斧を持って追いかけられたし、瓶のような物を投げつけられた。瓶は後頭部を直撃した。触ってみたら少し血が出ていた。


 入り口から入った時は笑顔だが、みんな俺の服装や顔を見ると一気に表情が険しくなった。一生懸命話してもまとめに聞いてももらえなかった。最後にはゴミでも見るような目で俺を見てきた。


 こことは別の世界の服を着ているのと、浮浪者みたいな髪型をしているのは、自分が悪いのは分かっていた。

 それにしたって……、


「ここまで冷たくしなくてもいいじゃないか!」


 悔しく、惨めで、痛くて、涙が込み上げてくる。しかし俺はなんとか堪え、歩き続けた。街はいつの間にか一面雪景色になっている。中世ヨーロッパ風の街並みに雪が降り積もる景色は美しいのだろうが、今はそれを感じている余裕はなかった。


 しばらくして、目の前に現れたのは、ベッドの絵が書かれた看板を持つ建物。この看板が宿屋を表していることには二件目で気が付いた。


 建物の中からは、楽しそうな笑い声と共に美味しそうな香りが漂ってくる。


「グゥ」


 そのなんとも言えない香りを嗅ぐと自然に腹が鳴ってしまう。考えてみるともう随分食べ物を食べていない。死ぬ前にコンビニに行ったのだって夕食を買うためだった。


「よしっ! ここで決めよう! なんとしても泊めてもらうんだ!」

 俺は弱気になる自分をなんとか励まし、扉を開いた。

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