第4話 絶望
俺は精一杯の勇気を出して扉を開けた。
建物の中は、右手に受付のカウンターがあり、左手には四角い四人がけのテーブルが三つ並んでいた。そのうちの一つのテーブルに三十代くらいの男たちが三人座っていて食事をしていた。
みな甲冑と服が一体になったアーマーを着ている。おそらく冒険者なのだろう……。物々しい雰囲気を放っていた。
そして、テーブルの脇には酒と思われるビンを持った四十代くらいに見える男が立っていた。おそらく店主なんだろうが、右頬と額に傷跡があり、三人に負けないくらい厳つい風貌をしていた。
「なんだお前?」
俺に気が付くと四人は他の宿の時と同じように不審者を見るような視線を向けてきた。四人の威圧感が凄く、早速挫けそうになるが俺はなんとか勇気を取り出し口を開く。
「お食事中の所、申し訳ありません!私は影山絢斗といいます。今日この町にやってきました。」
四人は俺の言葉を聞いている。奇妙な物を見るような顔をしているが、俺は言葉を続ける。
「じ、実は折り入ってお願いしたいことがあります。一晩、こちらの宿に泊めていただけませんか?」
「お願いがあるって、お前……、ここは宿だぜ? 金を払うなら俺は誰であれ断らねぇよ! 宿泊希望でいいんだよな? うちは上中下と三段階の部屋があるがどこがいいんだ?」
店主は当たり前だろ。とでも言うような顔でそう口にする。声がやけに大きい。豪快な性格のようだ。顔には笑みも浮かんでいる。俺は若干怖気付きながらも、本題に入ろうとする。
「あの、大変申し訳ないのですが……、じ、実は今、お金が無いんです」
「ああっ?? 」
俺の話を聞くと店主からはすぐに豪快な笑みが消えて、野獣のような目で睨んで来た。食事をしていた男たちも意味がわからないという顔でこちらを見ている。
「も、もちろん。ただで泊まらせてもらおうとは思っていません。お金は必ず、お支払いします。それも、一泊でかかった費用の十倍の金額をお支払いします!」
俺の必死の思いが伝わっているのか、四人は静かに話を聞いている。
「お前、十倍の金額を払うって、なにか金を得るつてでもあるのか?」
店主の男が聞き返してくる。俺は、考えに考えた作戦を語り始める。門前払いされずここまで辿り着けたのは初めてだった。
「はい! 実は私は冒険者です。明日、朝になったらすぐにギルドに行き、仕事をもらいます。一日でどれくらい稼げるかは分かりませんが、必ず十倍の料金をお支払いします」
俺の言葉を受けて、店主の目つきがさらに鋭くなるのがわかった。作戦は失敗だったかと不安になる。
「おい。お前、冒険者って言ったな! 冒険者のランクはいくつなんだよ?」
俺の話を聞くと、テーブルに座っていた金髪の男が口を挟んできた。
(冒険者ランクってなんだ!? 神様は何も言ってなかったぞ!)
男の言葉を聞き、俺の頭は真っ白になってしまう。
「す、すみません、冒険者ランクってなんですか?」
俺がそう口にした瞬間、四人の男は急に大声で笑い始めた。
「おいおい! こいつまじかよ! 金を稼いでくるっていうからどれだけ強いのかと思えば、ど素人じゃねぇか!」
「全くだ! こんなばか見たことねぇよ! 逆に笑えてくるぜ!」
眼に涙を浮かべるほど大笑いしている男たちを前に、俺は立ち尽くしてしまう。冒険者ランクを知らなかっただけでこんなに笑われるのか。
「おい! お前、冒険者ランクを知らねぇってことは冒険者養成所も卒業してないんだろ!」
まだ笑い続けている男たちの横で心底呆れたような顔をして店主が口にする。
「えっ? 養成所?」
俺は何が何だかわからず混乱してしまう。
「はぁ。やっぱりな! どんだけ素人なんだよ!」
店主はがそう吐き捨てると、三人の男たちはさらに大きな声で笑い始めた。
「いいか。よく聞きな! 俺らがお前がなろうとしてる冒険者だ。【美食のレガーロ】と言ったらこの町ではなかなか名が売れたパーティなんだぜ!」
「それでな。お前が目指してる冒険者ってのはしたから初級、中級、上級、特級って四つの級に分けられてるんだ」
「そしてそれぞれの級の中も上位、中位、下位に別れているんだ。まぁつまり全部で十二階級に別れているってことだな! ちなみに俺らはみんな上級の中位冒険者だ。これでもこの街の冒険者の中ではかなり上の方だ」
「そうなんですね。すみません。みなさんの食事を邪魔してしまって……。ですが、私は本当にどこにも行く宛がないんです。明日には養成所に行って、必ず冒険者になって金を稼ぎますので、どうか今晩だけ泊めてください!」
「いや、それは無理だな。お前の考えは破綻している」
「言い忘れていたが、養成所に入学するのには試験が必要だ。試験代として一万ギルがかかる。また、もし受かったとしたらさらに入学費用てして五万ギルが必要になる」
「しかもだ、養成所に入っても卒業するためには最短でも三ヶ月かかる」
それを聞いて俺は目の前が真っ暗になった。正直、今まで見てきたゲームやアニメなどを見て、ギルドに行けばすぐに仕事をもらえて金は稼げると思っていた。全ての当てが外れたことを悟った。
「はっはっは! これで分かったか! 自分がどれだけ甘い考えだったか! お前みたいな奴が冒険者になりたいだ? 冗談を言うのもたいがいにしろよ! 俺らは命懸けで働いてるんだ!」
「だいたい、なんなんだそのゆるゆるの身体と薄汚い髪型と服装は! 人にものを頼む格好じゃないだろ!!」
俺は自分の計画が甘かったことを認識した。一流の冒険者たちに笑われ、顔から火が出るほど恥ずかしかった。しかし、俺はもうここの宿以外あてはなかった。体も限界でこれ以上探し回る気力も残っていない……。
俺は、床に跪いて頭を下げた。
「すみません! 私の考えが甘かったです! 申し訳ありませんでした! でも、もうここ以外行く場所もないんです! いつか必ずお金は返します! いや、何倍にも増やしてお支払いします! だから……、どうか、どうか今晩だけ泊めてください! お願いします!」
もうなりふり構ってられなかった。みっともなくても惨めでも、外で野垂れ死ぬよりましだ。俺は必死の思い出頭を下げる。
しかし、
「お前みたいな奴のことをなんて言うか知ってるか? 詐欺師って言うんだよ!! 金がないなら消え失せろ! 飯が不味くなる!」
返ってきた言葉は俺を絶望の底に叩き落とした。店主の言葉に、俺は全てを諦めて立ち上がる。顔を上げると四人の男の顔にはうすら笑いが浮かんでいた。俺は、あまりにも悔しくてすぐに立ち去ろうと後ろを向き、入り口の扉に手をかけた。すると、後頭部に何かが当たって床に落ちる音がした。
振り返って下を見ると、そこには肉を全て食べ尽くした後の鳥の骨のようなものが落ちていた。
俺が、目の前の四人を見ると、黒髪で短髪の男が口を開いた。
「腹が減ってるんだろう! それでも持っていったらどうだ!」
男の嘲笑を含んだ声に、周りの男たちにまたしても爆笑が広がった。
俺は、拳を強く握りしめたが、言い返す気力もなく、静かにドアを開け宿を後にした。
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