最後まで付き合うのよ?

シオン

最後まで付き合うのよ?

 人生で弱みを握られることなんてまずないと思っていた。後ろめたいことをせず正々堂々と生きていればそんな人生とは無縁だと信じていた。


 しかし人間どこかで道を誤ってしまうというか、魔が差してやってしまうことはあると思う。本当に魔が差してしまった。本来の僕はそんなことはしない。しかし話を聞いてしまって、もしと思ってつい好きな娘のノートを覗いてしまった。


 そんな自分の姿を誰かに見られているとは知らずに。



 うちの学校ではこんな噂があった。授業用ノートとは違うノートに愛の告白をして、それを相手に見られずに3年間机の中に置かれていれば恋は実ると。

 荒唐無稽だし、またバカみたいなオカルトが流行ったなぁとしか考えていなかったが、まさかそれを早坂実さんがやっていたとは思わなかった。女子の会話を盗み聞きして知ったのだ。早坂さんは良いクラスメートだと思っているし、もし彼女が誰かに恋をしているならその恋は成就すべきだ。

 しかしそれはそれとして、もし変人と結ばれてもそれは僕の本意ではないので僕は彼女のノートを覗こうと行動したのだ。ノートを手に取って「このノートはもはや秘密ではあらず。よってその恋は実らない」という紙をはさんでおけば彼女も気付いてその恋は諦めるだろう。

 これは善意によるものであり、決して嫉妬からくるものではない。


 周囲を警戒して誰もいない教室に侵入して早坂さんの机を物色する。意外と物が多くて目的のノートが見つからず内心誰か来ないか焦っていた。目的のノートらしきものを見つけ開いてみるが驚くことにそのノートは白紙だった。どういうことだ?これが目的のノートではないのか?

 すると誰かが教室に入ってきた。言い訳するわけじゃないが決して警戒は怠っていなかった。足音や気配には普段以上に敏感になっていたし、誰か来たならその前に机から離れて「僕はただ忘れ物のノートを取りに来ただけだよ」というセリフも用意していた。

 しかし教室に入ってきた女子は足音も気配も感じなかった。まるで気配をわざと消してきたかのようだった。


「あら、横井君なにしてるの?早坂さんの机の前で」


 その女子は僕の名前を知っているようだ。僕は相手の名前を知らないが、早坂さんの席を知っているあたり同じクラスかも知れない。


「何もしてないよ?ちょっと落とし物をして捜していたんだ」


「そうなんだ。てっきり早坂さんの机の中を物色していると思った。たとえば最近女子の中で流行っている恋のおまじないに関係することとか」


「・・・・・・なにが目的だ?」


 彼女はすべて知っているようだ。僕は観念してどうにかクラスにバラされることだけを阻止しようと交換条件を提案した。

 すると彼女はにやりと笑ってこちらに指を指して言った。


「私と付き合ってよ。私が呼んだらすぐに来て荷物持ちでもボディガードにもなって尽くしてよ」


「・・・・・・」


 大仰なことを言われたが、ようは便利な小間使いが欲しいようだ。


 弱みを握られたことは仕方ないが、今は反抗して機嫌を損なわれても困る。対策は後で考えるとして今は従ったフリをしよう。


「わかった。今日から僕は君の犬だ」


「契約成立ね。早速だけど明日時間ある?放課後に遊びに行こうよ」


 さっそく僕をこき使うらしい。放課後に遊びに行くということは買い物かスイーツだろうか?どちらにせよこちらが金を払うことだけは阻止したい。


「いいけどその前に訊いてもいいかな?」


「なに?」


「君の名前はなんていうの?」


「ぷっ」


 女子はこらえきれず吹き出した。よほどおかしなことを言ったらしい。そんなことはないのに。名前も知らない女子の犬になんてなれるか。


「君私の名前も知らずに告白を受けてくれたの?おかしいね」


「ほっとけよ」


「真帆」


「え?」


「緑ヶ丘真帆。よーく覚えておいてね」


「・・・・・・」


 脅迫してきた奴の割に名前は可愛かった。



 次の日の放課後、教室で真帆を待ってから教室を出た。真帆と一緒にいるところを見られたからか「横井に彼女が!!」「横井のくせに!!」「今日は学級会議だな」と教室が騒がしかった。明日から登校するのやだなぁ。

 学校を出て街へ行くとおしゃれなカフェに入った。僕はこういう若者が入るようなところは苦手なんだがと抗議したら彼女は

「私の犬なんでしょ?文句言わないで」

と一蹴された。どうやら下僕には人権はないらしい。


 カフェラテの上にクリームやらマンゴーのエキスやら乗っかった飲み物をもらい、席について二人で飲んだ。相当に甘いが僕は犬なので我慢して飲まないといけない。


「おいしいでしょ?」


「甘い」


 そんな僕を見て真帆は満足そうだった。


「じゃあ会計済ますから外行っててよ」


 渋々と財布を取り出そうとすると真帆に制止された。


「だめ。安いものじゃないんだから割り勘だよ」


「でも僕は弱みを握られているし」


「それはそれ。お金の勘定はしっかりしたいの」


 どうやら倫理観においては真帆はしっかりしているらしい。人のことを脅迫しておいてどうしてそこは人道的なんだ。

 断る理由もなかったので会計は割り勘で済ませて店を出た。今度はどんな店に出向くんだろう。


「今度はショッピングセンターに行きたい!」


「わかった」


 僕たちは近場のショッピングセンターへ向かった。



 空はもう夕焼けに染まっていた。散々遊んだが、不思議と財布には痛くなかった。何故なら僕たちは品物を見ただけで何も買わなかったからだ。


「ねぇ、少し訊いてもいいかな」


「うー、なに?」


「僕は今日いっぱい金を使われると覚悟していたんだけど、君はなぜか金のかかる遊びはあまりしなかったよね?それが気になった」


 今日の出費は主に最初のカフェの飲み物くらいだ。後はショッピングセンターでジュースを買ったくらいだが、彼女はわざと散財しないように気を遣ってくれたのだ。


「だって自分の都合で人のお金使わせるわけにはいかないよね。目的は楽しむことなんだから。相手が不幸になったら本末転倒だよ」


「なんか、まるで普通のデートみたいだね」


「あら、そうじゃなかったの?」


 真帆は本気かそうじゃないのか、からかうように表情を歪ませた。そのSっ気がなんだか可愛くて、すこしときめいてしまった。

 でも、こんなことは長くは続かないだろう。あくまで僕がなにか対策を見つけるまでの話だ。僕たちは本当の恋人同士ではないんだから。


「明日もよろしくね、横井君」


「へぇ、仰せのままに」


 僕は大仰しくかぶりをふった。



 ちなみに後日談だが、僕と彼女の関係は学校を卒業しても続いて、なぜか今では同棲していた。人生とはわからないものだ。

 ちなみにひとつ思い出したことがあった。例の早川さんだが、風の噂だと見知らぬノートが一冊机の中に入っていたらしい。

 おそらくあの日僕が見つけた白紙のノートだ。あれだけは僕も気になっていた。恋のおまじないのノートは見つからず、代わりに白紙のノートがあった。僕は真帆にそのことを話すと

「不思議なこともあるものね」

と興味なさげだった。


 まあ、確かに今更僕らには関係のない話だ。だって今は幸せなんだから。



おわり

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