第24話 影の者たち
俺が剣を繰り出す。
黒ずくめが短刀でそれを受ける。
散る火花が一瞬目に焼き付いた。その残像の影から今度は奴が短剣で突いてくる。俺は避ける。避ける。避ける。
三連の突きが終わったのを見て肩から体当たりをかました。奴は俺の勢いを受けることそのままに、後ろに跳ぶことで態勢を整える。が、反撃の暇を与えない。俺も勢いのままに一歩詰めようとして。――逆に後ろへと跳びずさった。
俺が詰めようとしていた空間に、投げナイフが飛んできていた。
いつの間にか姿を現していた二人目の黒ずくめが、離れた場所から俺を狙っていたのだ。
「小人さん、いけ!」
俺が声を出すと、小人さんの一団が増えた黒ずくめを飲み込んでいく。
三人目、四人目、どんどん増えていく黒ずくめ。
だが小人さんはそいつらをレーザー照射で牽制して、俺たち二人には近づけないようにしてくれた。
俺を出迎えた最初の黒ずくめと対峙して、少し笑ってみせる。
「見たところ、この中ではおまえさんが一番強いぽいな」
「さて。そうとも限らぬが、影の者をまとめているのは確かに俺よ」
黒ずくめの男は目の部分まで頭巾を目深に被っており、表情がよくわからない。
それでも口元は笑っていた。楽しそうに。
「頭目って奴だな。じゃあおまえさんを倒せば、その影の者とかいう集団は瓦解か?」
「そんなことはないが、この場は一端退くやもしれんな」
「10人全部を相手しないで済むわけだ。じゃあ、そうして楽をさせてもらおう」
仕切り直しだ。俺はまた踏み込む。
片手半の長剣を横なぎに振るう。黒ずくめの男、――頭目は、その剣を後ろに下がるでも受けるでもなく。
下に避けた!
這いつくばった低い姿勢から、反撃が急に伸びてくる。上下の動きに目がついていかなくて、俺は勘で奴の短剣を躱す。
大きな動きになってしまった。それは隙だ。
頭目が一歩踏み込んでくる。ほぼ密着だ、俺の
「くおおっ!」
奴の黒衣服を掴み、引っ張る。『
「ぬあっ!?」
ドサリ。
地面に倒れ込んだ俺たちは素早く立ち上がると、また互いに武器を構える。
「……強いな、コヴェル・アイジーク」
「おまえもな。さっきの言葉は撤回だ、おまえと戦ってたら全然楽させてもらえそうにない」
なんなんだ、こいつの体術は。
地面スレスレに這いつくばってからの反撃とか、アクション映画の中でしか見たことないぞ。この世界の体術も舐めたもんじゃないな、奥が深そうだ。
……ふう。
俺は呼吸を整える。
周囲では小人さんが幾人かの黒ずくめと戦っていた。
主にレーザーによる牽制で、俺とこの男の周辺に近づけないような陣形を取っていた。
投げナイフや針などの飛び道具も、ことごとくレーザーで落とす。
頼りになるぜ小人さんたち。
「ふぅっ!」
俺は鋭く呼気を吐き、再び剣を振り始めた。
頭目は避けて、受けて、受けて、避けて。俺の剣を捌いていく。こんな強い奴と出会ったのは初めてだった。普通の人間はもちろん、S級モンスターなんかより断然強い。
渾身の力を込めた回転斬りも、短剣で受け流される。
どうにかして隙を作らせないとラチが開かないな、これは。
「ふふ」
と頭目が笑った。俺は剣の振りを止めることなく訊ねた。
「なにがおかしいんだ?」
「いやなに、自分の中にまだ戦いを楽しめるような気持があったのだな、とな」
「へえ?」
「おまえと戦っていると、まだ駆け出しだったあの頃を思い出す」
剣を大きく弾かれた。
攻めに転じてくるか? と思ったのだがその様子はなく、頭目は短剣を構えたままその場に立っていた。
「昔話をしよう」
それは奴の始まりといえる話だった。
数年前まで、奴はデンガルに雇われた盗賊団の頭目としてほうぼうの村や集落を荒らし回る仕事をしていたのだという。
「デンガルが盗賊団と使ってそんなことを? 何故?」
「さてな。詳しいことは俺などが知る由もない、街周辺の治安を悪化させることが目的とか言ってた気はするが」
政治的なパワーバランス上の話でなにかあったのかもしれないな。
俺はそのまま話を聞き続ける。
「とある小さな村を荒らすとき、一人の男がいた。その男は武芸に優れていた」
奴はその男と戦ったのだという。
盗賊団総出で男と戦ったのだという。多くの者が負傷し、また命を落とすほどにその男の武芸は優れており、最後は男と頭目の一騎打ちとなった。
「そこで俺は、初めて戦うことを楽しいと思った。力を出し尽くすことの楽しさを知った。今よりも断然未熟だったとは思うが、今でも俺はあのときほど充実した戦いを経験したことがない」
「……その男はなんて言ってたんだ? おまえは略奪者だったのだろう、対等な立場の戦いではなかったはずだ」
「そう、対等ではなかった。だからあの男は――」
哀しそうな顔をして言ったのだという。
道を間違えていなければ、語り合うことも出来たかもしれなかったのに、と。
「そして死に際、俺に慈悲を乞うた。せめて村の子供たちの命だけは奪わないでくれ、と。だから俺は」
子供たちを持ち帰り、奴隷として主に献上したのだと言う。
余計なことを、と主は激怒した。そして殺せ、と。しかし。
「その中に一人、エルフの娘が居ると知って表情を変えた。エルフの奴隷は珍しいらしいな」
……エルフ? おい?
「俺はあの男の娘が主の慰み者になるのが忍びないと思った。だから主が気づかぬ間に、奴隷を全て売り払った。俺にできることはそれくらいだった」
「おい、その武芸に優れた男っていうのは……」
「そうだエルフだ。そしてきっと」
頭目は一度言葉を切り。
「リーリエ……だったか? あの娘の、父親だ」
◇◆◇◆
「くっくっく。そうか、そうだな、思い出したぞ」
閉じられた部屋の中、デンガルが突然笑い出した。
壁際に追い詰められていたリーリエが、怪訝な顔をする。
「なにを……ですか?」
「そうじゃ。まだ若いエルフ娘の奴隷、そんなものどこにでもおるものじゃない。くーははは!」
腹を抱えてのけぞりながら笑うデンガル。
「おまえ、あの時の奴隷エルフじゃな!? そうか、彼奴が勝手に売ってしまったあの奴隷エルフが、また私の元に戻ってきたというわけだ!」
「――――!」
「ほほっ! そのように目を見開いて! おまえも憶えておるのか!?」
いや。リーリエは覚えてなどいない。
なぜなら彼女とデンガルは顔を合わせてなどいなかったからだ。
珍しいエルフの奴隷であるリーリエのことは、デンガルが一方的に知っていただけ。
それでも彼女は一瞬にして悟った。
「あ、……あなたが、あの盗賊団の……元……締め?」
「そうじゃ、私じゃよ! どうだ、そんな男にこれから蹂躙されるという気持ちは!?」
「あな……あな……た、が」
リーリエは、ただ茫然として目を見開いていた。
まるでなにも見えていないようなその表情は、一気に受けたショックを吸収しきれなかったようにも見えて。
「ふわーっはっはっは! 言葉も出ないか! 見ろ、私の指には
だからデンガルは、勝ち誇ったままに彼女へと指を伸ばした。
「さあ舐めろ」
と、指を伸ばした。
『
「ぐぎゃああぁぁぁああーーーーっ!」
血の花が咲いた。
叫ぶデンガルの手が真っ赤に染まっている。
無表情なままのリーリエがプッと吐き出したのは、指だ。
吐き出したそれを拾い、『
リーリエは、デンガルの指を噛み切ったのであった。
「ぐああぁぁああぁあっ! あひっ!あひっ!」
手を押さえて床を転がるデンガルを力ない目でチラと見ると、リーリエはゆらりと立ち上がった。そして。
「貴方が、お父さんのことを……っ」
蹴飛ばした。転げまわるデンガルの身体を蹴飛ばした。
「ひいぃぃいーーーーっ!?」
「貴方がーーっ! あああぁぁあぁあぁあーーっ!」
リーリエは『
そして思い切り、殴り飛ばした。
「ブヒュッッッ!」
壁まで飛ばされたデンガルが、リーリエのことを恐怖の目で見つめる。
釣りあがった目でリーリエが叫んだ。
「許さないッッッ!」
「ひあぁ、ひああぁぁあーーーーっ!」
飛び掛かってきたリーリエのことを避け、デンガルは脱兎のごとく走りだした。
部屋を飛び出して、廊下に転がる。
「ひっ、ひっ、ひっ」
部屋を出れば大丈夫、あの部屋は魔法で閉じられている――はず。
――はずなのに。
ぐぎぎぎぎ、と扉が開かれてゆく。
指が、血だらけの指が、両開きの扉の隙間に割り込んできた。隙間から覗いている目がキョロキョロと動き、デンガルのところで止まる。見開かれた目に捕まったデンガルは、
「うひいぃぃいーーっ!」
と声を上げて廊下を走り出した。
ゼッタイニ、ユルサナイ、と。
リーリエはどこか自分の意識が遠くなっていくことに気が付きながら。腕に力を込める。
パキ、パキン、と音がする。
自分の腕の中から音がする。力に耐えられずに、骨にヒビが入っていく音だった。
『タイプ:リーリエ、自損によるダメージ蓄積。感情異常による弊害として認識』
「ゼッタイニ、ユルサナイ」
『
リーリエの背中に、いつの間にか金属で出来た翼が生えていた。
右腕の肘にブレードが生えていた。
左腕には骨から分岐するような形で銃身が覗いている。
『タイプ:リーリエの一時機能停止を申請』
「ダマレ」
『記憶リセットが伴う危険を懸念。他処置の適用を提起』
「ダマレッ!」
『検索。回答。記憶リセットもやむなしと――」
「ダマレエェェェエーーッッッ!」
リーリエは叫んだ。
途端、もう一つのリーリエの声が止まった。
「邪魔を、シないで、くだ、サイ」
と。
その代わりに彼女の口から洩れたのは、彼女となにかが混ざり合わさったような、有機質と無機質のあいの子を思わせる声。
彼女の腕が、硬化していった。
ひび割れた骨を保護でもするかのように鎧化したその腕で、封印されていた扉を力づくで押し広げる。
廊下に出たリーリエは、静かに床を見た。
血の跡が残っていた。それは点々と続いており、デンガルが逃げた道を示している。
「こっチ、です、ネ」
血の跡に沿って廊下を歩いていくと、やがて内庭へと誘われた。
空には満点の星。
細くなった月が、浮かんでいる。
リーリエは周囲を見渡した。
暗い内庭。
そこに、なにか巨大なものが蠢いていた。
「見つケ、タ」
そこに鎮座していたのは、巨大なゴーレムを元にして作られた
「くはっ、くはっ、……なんだその姿は、このバケモノめ」
五メートルはあろうかという人型をした
その胴体部にデンガルは身体を剝き出しにして乗っていた。
「喰らえバケモノめぇぇえがぁぁーーーーっ!」
大口径の魔導砲が、リーリエに向かって放たれたのだった。
◇◆◇◆
突然の轟音。
なんだ!? と驚かされて見てみれば、屋敷の中から天をも貫く光が伸びていた。
「どうやら奥でなにかあったようだな」
黒ずくめの男、頭目が呟く。
なにか、ってなんだよ。俺は舌打ちした。わからないならそれっぽく言うな、くそ。
――ん?
しまった、俺はいま焦ってるな。落ち着け、少し呼吸を整えろ。
どうあれ、リーリエが大変な目に遭ってそうなことは容易に想像つく。
こいつとの決着をすぐにつけねばならない。そう思って剣を構えようとした矢先、
「行け」
と頭目は短刀を収めた。
「どういう……ことだ?」
「言っただろう、あの男の娘が主の慰み者になるのは忍びない、と」
言って、俺の前から退き道を開ける。
「魔法で閉じられた扉の封印を少しだけ弱めておいた。……きっと娘が逃げ出して、その先でなにかがあったのだろうよ」
見渡せば、他の影の者たちも退いていた。
小人さんたちが俺の元へと集まってくる。
「礼は言わないぞ」
「おまえは俺に色々思い出させてくれた。まさか本当に殴り込んでくるとはな」
そういって闇の中に消えていく男は、なんとなし笑っていた気がする。
……。
よし、急ごう。切り替えるんだ。
「小人さん、散れっ! リーリエの元へと進む道を探して、俺に示してくれ!」
待ってろよリーリエ、俺がいま、助けてやる。
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