第23話 リーリエとデンガル


 リーリエが父に拾われたのは、まだ彼女が赤子の頃だった。

 だから本人は記憶していない。のちとなって、父にそう聞かされたことである。


 エルフの里がある、とある森に発生したダンジョン。

 その奥で、彼女は発見された。


 ダンジョンで見つかったエルフの赤子。

 尋常ではないと、里では忌み子として扱われた。

 里に災いをもたらすだろうと予言され、森に捨てるか殺すか、という話になった折、リーリエの父はたった一人、彼女を守ろうとした。


 そして赤子と共に、里を追われた。

 はぐれエルフとして、父と共にしばらく放浪の旅を続けたらしい。

 その頃からの記憶は少しある、リーリエはそうコヴェルに語ったものだ。


「歩き疲れたら、お父さんがおんぶしてくれるんです。それが嬉しくて、だから私はいつも張り切って歩いていました」

「疲れたフリをすればよかったんだ」

「ふふ、今にして思えばそうかもしれませんね。でも小さな私は、たぶんお父さんと一緒に歩くのも好きだったんですよ」

「ただのファザコンがここに居るぞ」

「え、ふぁざ……? なんでしょうかそれは」

「お父さん大好きっ子、って意味さ」


 旅から旅を続けた末に、小さな人間の村に受け入れて貰えた。

 そこで父と共に多感な時期を暮らしたという。

 父は物知りで、リーリエになんでも教えてくれた。


 彼女に教えているうちに子供たちが集まり、大人たちも集まり、やがて父は村の先生として扱われるようになった。

 父のことが誇らしかった、そういってはにかむリーリエを、コヴェルは自分の前世の学生時代を思い出しながら聞いた。


「勉強、好きだったんだ?」

「はい。大好きです、今でも好きですよ」

「えらいな、俺は今でも嫌いだぞ。ずっと座っていると、身体がムズムズしてくる」

「そうなのですか? でも私は、いつもコヴェルさまの幅広い知識に驚かされますが」

「そりゃ知識チートって奴だ。転生者ご用達」


 村での時間は幸せな時間だった。彼女はそう言う。

 リーリエの中に今でも宝石のように煌めく、優しい思い出だ。

 しかしその幸せも終わる。


 その小さな村は、盗賊の一団に襲われた。

 ただの盗賊ではなく、奴隷として人を狩る一団だった。

 リーリエの父は彼女の父として村の男の一人として賊と戦い、死んだ。


「…………」

「そんな顔をなさらないでください。もう消化したことですから」

「あーな。うん」


 以来、五年。

 彼女は奴隷として暮らしてきた。


 どんなときでも幸せになることを諦めない。

 死んだ父との約束を守って。


「今は、幸せか?」

「もちろ……」


 答えようとして、違和感を持った彼女だった。

 コヴェルさまって、こんなストレートに聞いてくる方だったかしら?


 そして気がつく。

 いま自分が、夢を見ていたことに。


 ◇◆◇◆


 頭がぼんやりしている。

 どうも夢を見ていたみたい。リーリエは薄く開いたばかりの目を動かさずに考えた。


 コヴェルさま話したことと、コヴェルさま話したことが混ざった夢。

 楽しいような、寂しいような。

 静かな感情の中を寄る辺なく揺蕩たゆたうような、そんな夢。


「ふむ、起きたのか」


 声を掛けられた。コヴェルさまではないのはわかる。

 では誰だろう、あまり聞き覚えがない声だ。


 ぼんやりする頭を軽く振ると、リーリエは周囲を見渡す。

 薄暗い部屋。

 豪華な……天蓋? 見たこともないような豪華な布が、周りを覆っていた。

 ここは。


「ベッドの、上……?」

「その通りじゃよ。くくく」


 ベッドに横たわったドレス姿のリーリエの胸をまさぐりながら、デンガルが答えた。

 途端、リーリエの頭から霧が晴れていく。


「貴方は!? いったいなにをっ!」

「ん? 見てわからぬかの。先刻からずっと、おまえの胸の中から武器とやらを取り出してみようとしておるのだが、一向に進展がなくてなぁ。詰まらぬゆえドレスを着せて、服の上から胸のやわ肉を楽しんでおった」


 ナメクジのように耳の中へと這ってくる声が、リーリエの顔を引きつらせる。

 にたぁ、と笑うデンガルに、リーリエはおぞけだった。

 気持ち悪い。


「やめてください!」

「おおっと、やめいやめい、暴れるな。逃げようと思っても無駄だ、この部屋は魔法で封じられておる。私の許可なく出ることも入ることもできん」


 平手打ちをしようとしたリーリエの手を受け止めると、その指に舌を這わせる。


「きゃっ!」

「暴れるなとは言ったが、暴れられたところで一向に構わんぞ。ほれ見よ、私の指を」


 そういってデンガルは、ぐふふ、と笑いながら自らの手をリーリエの前で開いてみせる。

 そこには指輪が嵌まっていた。


「それが……どうしたと言うのです」

「この指輪はな、『金剛力の指輪リングオブマイト』という」


 リーリエがハッとした顔をする。

 それを見たデンガルは、愉快そうにゲハゲハと笑ってみせた。


「そうじゃ。おまえの主、コヴェルが着けておるモノと同じよ。力で私に敵うなどと考えぬ方がよい、わかっておるとは思うがの」


 リーリエは動かなくなった。

 唯一、視線だけを使って、デンガルのことを睨みつける。


「賢い賢い、そうとも私はおまえの命の行方すら握っている。なされるがままにしておった方が『得』じゃ」


 再びリーリエの胸を触り始めるデンガル。

 ドレスの固めな生地が、下のやわ肉に合わせてぐにぐにと形を変える。


「私はなぁ、こうして服を着せたままというのが好きなのだよ。身体の線に合わせて形が変わっていく布がいい。次第にはだけてゆく乱れがいい。汗でしっとりしてくる布地の手触りは最高だ。おほほ、コリコリしたものを服の上から感じるのぅ。もうしっかり硬くさせておるではないか」


 リーリエはデンガルを睨み続けながら羞恥に耐えた。

 顔を真っ赤にして、眉間にシワを寄せて耐えた。

 そういう顔を見せれば見せるほど、デンガルは滾る。彼は愉快そうな顔で言う。


「声を上げぬのか? ん? 我慢しておるのだろう? 許す、言うてみい」

「――ます」

「ん? 聞こえんなぁ?」


 デンガルは服の上からリーリエの胸をグイと握った。胸の形が変わる。


「あぐっ!」

「もう一度言うんだ、なんと申した」

「コヴェルさまが、来ます」

「ふはは、ここにか!? この大貴族、デンガルさまの屋敷にか?」


 大声を出して、彼は笑った。

 愉快そうに笑った。ありえないとばかりに笑った。馬鹿な小娘だとばかりに笑った。


「来るはずない! まともな神経をしておったら、来るはずない! どんな証拠があろうとも平民が貴族に逆らうなどと許されないのだ!」

「コヴェルさまがまともな神経を持ってらっしゃるとでも……?」


 リーリエは、グイと握り潰されている胸の痛みに耐えながら笑ってみせる。


「そんな人なら、そもそも森の家など最初から放棄しています。貴方たちと敵対なんかしていません。それくらいデンガルさまもわかってらっしゃるのでは?」

「な、なんだと!?」

「本当にわかってなかったのならばお疲れさまですね。貴方はもうオシマイです」

「なにを言うかっ!」


 デンガルはリーリエの頬を叩いた。


「あ奴は私の計画を潰しおった! それだけでなく、衆目の前で私に恥を掻かせた!  だからおまえを攫わせて溜飲を下げようとしたのだ、それのどこが悪い!」 

「もう戦争みたいなものでございましょうから、別にそれが悪いとは申し上げません。ですが敢えて言うなら運がお悪うございました、なにがと言われれば」


 リーリエはデンガルをずっと見つめたまま。


「あの方がコヴェル・アイジークだったことが、そして私のご主人さまマスターであったことがです」


 そのとき、ドォォン! という地響きにも似た音が、屋敷中に響いた。

 驚くデンガル。


「なにごとだっ!」


 彼が叫ぶと、全身黒ずくめの男が一人、部屋の中に入ってきた。


「コヴェル・アイジークがやってきました」

「ば、ばかな……!」


 思わずリーリエの方を振り向いてしまうデンガル。

 彼女は勝ち誇るでなく、さも当然とした顔をしていた。


「わかって頂けたようで恐縮です」


 だがデンガルが呆然とした顔を見せたのは、さして長い時間ではなかった。


「くっ、……くふふふふ」


 彼は目を見開いて笑うと、黒ずくめの男の方を向く。


「影の者よ。こうなっては仕方ない、貴様ら総出で奴を排除せよ。できるな?」

「ご命令とあらば」


 ひと言だけそう残して、黒ずくめの男は部屋を去っていく。


「くくく、本気を出した奴らは強いぞ? 私が一から育て上げた賊だったが、今や闇の仕事で横に出る者もおるまい。S級冒険者とやらの実力、計らせて貰おうか!」


 ◇◆◇◆


 腹が立つ。腹が立つ。腹が立つ。

 よくもまあ、リーリエを攫ったりしてくれたものだ。しかも白昼堂々と。


 夜も更けたこの時間に俺が乗り込んだのは、エフラディートが『一度冷静になれ』と俺に忠告をしたからだ。

 なので冷静になって、目撃証言を探した。


 デンガルのことを恐れてか喋ろうとしなかった奴もいたが、なだめてすかして、最終的には脅したりして証言を得た。


 リーリエはこの屋敷に連れ込まれた。

 俺は確信している。違ってたら、そうだな。――知るかそんなもの。


 俺は俺から彼女を奪った奴を許さない。

 腹が立つ。屋敷の門の頑丈さもまた腹が立つ。


 俺はマジックポーチに入る中では最大級の破壊力を持つ使い捨て武器、魔力爆弾マジックボムを使って、屋敷の門を吹っ飛ばした。


 どうせお貴族さまへの宣戦布告だ、景気よく行こう。

 あまり『異世界転生者』を舐めない方がいい、こうやってキレたら無茶しがちだからな。俺は詳しいんだ。


 外門を壊し、正面玄関も魔力爆弾マジックボムで壊そうかと思ったそのとき。

 玄関の扉が開かれた。


「コヴェル・アイジーク……だな?」


 中から現れたのは、黒ずくめの恰好をした男一人。――いや。

 気配からすると一人じゃない、10人ほど居るはずだ。


 正面の男から殺気的なモノは、不思議と感じなかった。

 だから俺は、軽い気持ちで答える。


「そうだ。用件はわかってると思うが、一応言っておこうか?」

「いやいい。それよりも個人の興味で聞きたい、貴様、いったい何をしているのか自覚はあるのか?」

「もちろんだ。喧嘩を売られた、だから買った」


 俺は肩を竦めてみせる。


「それだけなはずはあるまい。ここは大貴族、デンガルさまのお屋敷だ。こんなことをして、この国でこの先も生きていけると思っているのか?」

「さてな。後のことは、後で考える」

「……バカが」

「馬鹿で結構。おまえらは、一番やっちゃいけないとこに足を踏み込んだ。全力を以て後悔させてやる」


 もう変に我慢はしないって決めてたからな。

 それに俺は俺に約束した。彼女を幸せにしてやると。だから。


「リーリエを返せ」

「用件を言わずに押し通るつもりだったのではないのか?」

「いや。意外と声に出すのは大事らしい」


 やる気がどんどん増していく。良い感じだ。さて。


「そろそろ始めていいか?」

「もう始めている」

「なに?」


『魔技、影縫い』


 消え入るような声で、奴が呟いた。なんだ、動けないぞ!?

 首を少しだけ動かして、眼球をあちこちに向ける。すると、屋敷からの灯りで出来た俺の影に、長い針のようなものが刺さっていた。


「くっ、魔技ってなんだよ。忍者みたいな技を使いやがって……」

「悪いな。喋ってる間に仲間が先んじたみたいだ、騙し討ちの形になってしまったが、まあ構わぬだろう?」

「仲間……。10人くらい居る、周りの奴らか」

「そうだ。10対1ということか。だが多勢が卑怯と言う気もなかろう」


 相変わらず淡々とした喋りで続ける黒ずくめの男だったが、奴が一歩、また一歩と近づき始めた。

 狙いにきてるな。しかしそれでも慎重だ、こいつ、強そうだぞ。

 俺は笑ってみせる。

 ニィと破顔、力いっぱい口角を上げて黒ずくめを睨みつけた。


「卑怯? もちろんそんなことを言う気はないぞ」


 何故なら。


「何故なら俺だって多勢だからな!」


 俺は唯一自由に動かせる『口』を動かしてこう叫んだ。


「小人さーーーーんっ!」

「なにっ!?」


 俺の叫びに応じて腰のマジックポーチが一瞬膨らんだかと思うと、次の瞬間には戦闘モードにチューンした小人さんがポロポロと落ちてきた。

 1体、5体、10体、30体、50体……、増えていく増えていく、その数、跳んで108体!


「どうだこれで10vs109!」


 ドサドサドサと塊になった小人さんたちが俺の周りを囲む。

 防御モード、小人レーザー標準装備の頼れる奴ら!


「俺の影に刺さった針を抜いてくれ、小人さん!」


 もちろん命令遵守!

 動けるようになった俺は、腰から剣を抜きざま黒ずくめの男に奔らせる。

 黒ずくめも腰から抜刀した。短刀だ、ますます忍者ぽい。


 鋼と鋼がぶつかり合って、火花を散らす。


「いくぞ!」


 俺は小人さんたちを伴って、黒ずくめに向かって走ったのだった。


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リーリエの乳の大きさは読者の数だけ種類がある…!(逃げ)

着衣エロ、どこまで書いていいのかラインがわかりませんでしたー!!!


この先も読みたいなーとお思いの方、☆で応援してくださると凄く嬉しいです(・ω・)ノシ


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※改稿情報。

たまにチマチマ既に書いた部分を修正しているのですが、これはお伝えしておかないと困りそうな修正だなというのが一つできてしまったのでしばらくここでご報告させてください。


●17話、デンガルセリフ。

「そうか。まあそういう話なら仕方ないかもしれぬな。そもそも私も若い頃はゴーレムマスターとして名を馳せ戦場を駆け巡り――」

●21話、デンガルセリフ。

「私もゴーレムには一家言あるが、あのような小さきゴーレム、今の技術ではとても生成できぬ。宝物庫へ入れておけ、今すぐ使うことはなくとも、いずれ役に立つこともこよう」


要はデンガルにゴーレム使いのフラグが立ちました。ご了承ください(・ω・)

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