第22話 報告会。そして。
今日は議会で、俺のここ一ヶ月の活動成果が報告される日だった。
つまりはどれだけ森の魔物を減らすことができたのか。その低減率が発表される。
これが50%以上ないと、俺は森から追い出され、クラインは全ての責任を取らされることとなる。
前回と同じように、俺は議会に召喚された。
リーリエは呼ばれていない、彼女は議会館の外で待っていて貰っている。
あの小人小屋襲撃以来、周囲に見張りの気配はほとんど感じなくなったが、別に望んでリーリエと離れたいわけじゃあない。万一のことがあったら困る、なるべく近くにいて欲しかった。
今はまだ午前中。
議会が始まるには少し早い。俺とエフラディート、そしてクラインの三人は、用意された部屋でそれぞれに今日までの事情を語り合っていた。
「済まないコヴェル、破壊工作を受けて予定が遅れそうだと聞いて手を打ったのだが、魔物減少率の調査をゆっくりやらせるくらいしか私にはやれることがなかった」
エフラディートが俺に頭を下げる。
彼女は、俺がなにかするための時間を、ギリギリまで稼いでくれたのだ。
横でクラインも同じように俺に頭を下げてきた。
「申し訳ありませんコヴェルさん。僕もその話を聞いて、なにかやれることをと思いデンガル殿が妨害したであろう証拠を掴もうと動いてみたのですが、邪魔が入って思うようにいかず……」
「いや二人とも頭を上げてくれ、謝られるようなことじゃない。元はといえば油断をした俺が悪いのだから」
いや本当にだ。
俺は黄金鎧のニードを重要視しすぎてしまった。
奴が出てきたとき、俺に妨害工作をしてきたのはニードをリーダーとした連中なのだろうと思い込んでしまった。
まさかS級である奴が真っ先に切られる立場だとは考えてもみなかったのである。
甘かった。
「で、どうなんだコヴェル。首尾の方は」
「一応、俺もあれからやれることは全部やってみた。森の詳細地図を感謝する、エフラディート。だが結果がどうなるかは……賭けだな」
コンコン、と部屋の戸がノックされた。
そろそろ会議が始まる時間とのことだ、俺たちは会議場へと向かうことにした。
会議室には既に他の面々が集まっていた。
クライン派の数名に、対抗勢力であるデンガル派の多数。
事情を聞いているのだろう、クライン派は消沈している。
逆にデンガル派は勝ち誇った顔を隠すのに必死そうだった。
最もデンガル自身はなにも隠そうなどと思っていないらしく。
「おお、クライン殿! そして他の方々も! 満を持して主役方のご登場であるな!」
満面の笑顔で俺たちを迎えてきた。
「これは……皆さん先にお揃いで。申し訳ありません」
「構わぬよクライン殿。しばしの時間程度、いくらでも待ちましょうとも。どうせまだ森の調査結果が届いておらぬのだ。そうなのであろう? エフラディート殿」
「ええ、まあ。いささか難航しているようで、急ぎ集計させているところですのでご容赦を」
「構わぬ構わぬ。そこなS級冒険者も今回は『色々と大変だった』と聞いておりますからな、ギリギリまで猶予を与えたかった気持ちもお察しできるという物です」
ククク、とデンガル派の数人がわざとらしく笑い声を漏らす。
自分たちのトップがこちらに挑発的な態度を取ったのをみて、歩調を合わせてきたようだ。
そこからはデンガル派の嫌味がひとしきり続いた。
「さすがデンガル殿はご寛大なものです。私などはこの会議のあとの用事が気になり、報告がどの程度遅れるのかと気が気でありませんよ」
「わたくしが気になるのは、なぜ遅れているのかということですな。今日という区切りがはっきりしていながら当日に報告書が完成していないなどと、ありえるものでしょうか?」
「それそれ。よもや都合の悪い結果が出たので改ざん工作をしている、なんてことは……ないと思うのですが、いやはや」
そこまで言ったらもう侮辱以外の何物でもない、ということまで平気な顔をして言ってくる。
もう勝った気なのだ。
勝てばクラインの失脚が決まるので、ここで何を言ってしまっても怖いものなしということなのだろう。
「まあ皆よ。待とうではないか、慈悲の心で。わはははは」
冒険者ギルドの使者がエフラディートの元にやってきたのは、そのときだった。
「なに……? なんだと?」
なにやら慌てた様子で席を立つエフラディート。
「失礼」と一言残して会議室を出ていった。
「くく。なんとも慌ただしいことだ」
デンガルが余裕の表情で見送った。
彼女が会議室に戻ってきたのは、その五分後だ。
「皆さま、調査結果を記した書類をお配り致します!」
エフラディートがそれぞれに紙を渡していく。
まずはデンガル派から、そして味方であるクライン派にも。
渡された者から順に、顔を歪めていく。
一方は失望に彩られた顔、そしてまた一方は歓喜に満ちた顔。
方向が違えどどちらも破顔していた。
「こ、これは……?」
「なん、だと?」
「ど、どういうことなのだ」
失望の色を濃くしたのはデンガル派の面々だった。
それに気づき、書類に目を通そうともしていなかったデンガルもまた、慌てて紙を手に取る。
「な、なんだこれは! どういうことなのだ!」
目を剥いて、誰にともなく怒鳴るデンガル。
エフラディートが勝ち誇った顔で言った。
「記載の通りです。調査の結果、コヴェル殿がこの一か月間追加活動したことによる魔物低減率は55%!」
「ありえぬ!」
「ありえぬと仰られましても。よもやデンガル殿は、冒険者ギルドが虚詐の報告をしたとでも?」
「そうとしか考えられぬではないか! 彼奴の持つ小型ゴーレムの数は激減したのであろう!? 50%低減にすら間に合うはずがなかったのに、55%低減だと!?」
デンガルは両手で机を思いっきり叩いた。
エフラディートが俺を見る。種明かしをしろ、という目だ。
しかしここではまだ、種明かしは一部しかできない。
「とある事情で小人さんの数が減ったのは確かです。なので方針を変更しました。分隊させていた小人さんを一つにまとめて、ダンジョン自体を攻略させたのです」
「ダンジョン自体……だと?」
「そうですデンガル殿。我々は魔物を森に供給しているダンジョン自体を潰すことにしました」
俺がそう言うと、疑問を投げかけてきたのはエフラディートの方だった。
「待ってくれコヴェル殿。確かあの森は、ダンジョンコアを壊してダンジョン自体を潰しても、新しい代わりのダンジョンが一両日中にできてしまうはずだ」
「もちろんそうです。ですが、逆に言えば一両日中はなにもない」
俺はエフラディートだけでなく、皆に伝わるように解説した。
「それにダンジョンができてから外に魔物が出始めるまでの時間を加えたら、稼げる時間は数日単位になる。お分かり頂けますでしょうか、これまでの活動との違いが」
これを繰り返せれば、魔物低減率をさらに上げることも可能だということをアピールする。
「さらにですと!?」
さすがに驚いたのか、デンガル派の議員までが食いついてきた。
これは予想外だったが、悪くない傾向だ。俺は続ける。
「はい。ゆくゆくは普通の森よりも危険の少ない場所に変えていくことすら可能かと考えます。そこで俺は、議会に提言してみたいことがあります。よろしいでしょうか、クライン殿」
「えっ、あっ? もちろんですとも、コヴェル殿」
クラインがビックリしている。
そりゃそうだ、打ち合わせをしたわけでもなくこの考えの相談もしていない。
だけど俺には確信があった。
この計画を魅力的に思うものは多いだろう、と。
「街の公共事業として森を切り拓き、西方街への直通街道をつくってみたらどうでしょうか」
「公共事業ですって!?」
「はいクライン殿。詳しくは精査してみなければ分かりませんが、向こう数年間はこの事業でヘルムガドの街は潤うことになると思います。その後も流通のやり取りが楽になるでしょうし、なんなら数年間は切り拓いた街として通行税を取っても良いと思います」
会議室がどよめいた。
クライン派、デンガル派の区別なく驚きに目を見張り、互いに目を合わせ始める。
「あの森を抜けることができるなら、山越えもなく西方とのやりとりが活発になる」
「西側国家からの輸入も捗るようになるな」
「公共事業か……、街の金回りが良くなれば犯罪も減り、治安がよくなりそうですね」
クライン派よりもデンガル派の方が興味津々なのは、商売人が多いからなのだろう。金の匂いには敏感だ。
「悪くない話ではありませんか?」
「そうですな、街の潤いにもなり、我々の潤いにもなる。事業とはそうありたい」
「確かに」
良い感じに同調者が増えてきた。
ここで俺は、一人黙りこくったデンガルへと目を向ける。
「というわけです。スムーズにこの計画を推し進める為に、俺の小人さんたちのゴーレムコアをお返し願えませんでしょうか、デンガル殿」
「な、なんだと!?」
「貴方の部下がウチから強奪していったモノですよ。なに、今さら破壊工作の責を問おうとは思っておりません。ただ、街の為に小人さんの再補充は不可欠でして」
「無礼な! ななな、なにを証拠に私がそんなことをしたと!」
激昂するデンガル。俺は努めて冷静に続けた。
「誰にも言ってないんですよデンガル殿」
「なにをだ!」
「俺は『何者からか破壊工作を受けた』と周囲に言っただけで、小人さんの数が減ったなんてことは、クライン殿やエフラディート殿にすら言ってないのです。それなのに貴方は先ほど、『俺の持つ小型ゴーレムが激減した』と言っておりました。よく知ってましたね」
議員たちの目がデンガルに向く。
「そ、そんなのは! 私が貴様らの状況を調べる為に諜報をしていたら、知る機会があったというまでよ!」
「なるほど。ならこちらはどうですか、俺にはあのゴーレムコアがどこに今あるのか、探知する方法があるのです。言い訳は無用ですよデンガル殿」
これは嘘。だが。
「ぬぬぬぬぬ」
とデンガルは顔を真っ赤にした。
「失礼するっ!」
そして席を立つと、ドスドス床を踏み鳴らしながら会議室を去っていく。
幾人かのデンガル派が、慌ててそれに続いたのだった。
会議自体はその後、残った者たちだけで行われた。
結果、俺の森への居住権は商業都市ヘルムガド領主であるクラインの名の元に認定されることとなった。
森の中に街道を作っていく話は、前向き検討しつつ様子見。
これからの魔物数の推移を見て決定されることだろう。
議会は閉会され、そして俺たちはまた個室へと戻った。
「それにしてもコヴェル。凄いものだな小型ゴーレムの集団だけで、小さいダンジョンの物とはいえコアモンスターを討伐してしまうとは」
「30体どころじゃない数での征伐だからな。正直言えば効率悪かったよ」
「じゃあ、なんでうまくいったんだ? 実際に55%も魔物数が減っていたんだが」
「それはな――」
と俺は種明かしをした。
小人さんたちが1つのダンジョンを封印する間に、毎日たくさんのダンジョンを封印していたのは、俺自身だった。
「反則じゃないか!」
「先に反則技を使ってきたのはあっちじゃないか」
エフラディートのツッコミもわかるが、俺にだって言いたいことはある。
小人さんパトロール計画自体には自信があったのだ。それを邪魔するデンガルたちが悪い。
「コヴェルさん……?
「ん? なんだクライン」
「お一人でダンジョンを封印してきたのですか?」
「そうだよ、まあ難度の低いダンジョンだからな」
俺がそう言うと、今度はエフラディートが不思議そうな顔を向けてきた。
「いやそれにしても、森は広い。どうやって新しいダンジョンとかを見つけたりできたんだ?」
「そんなの――」
説明しようとして困った。
隠し部屋の気配を追っていたら、ダンジョンを見つけられる。
そのことに気が付いたのは、この森に住むようになってからだ。
ひとけのない森の中だから、感覚が研ぎ澄まされていたのかもしれない。とにかく集中すると、ダンジョンのある方向がなんとなく『解る』。
この感覚は説明してもわかって貰えるかどうか。
そう思いつつ話してはみたが、やはり理屈はわかっても肌感覚で理解はして貰えないようだった。
「実際はダンジョンを見つけることよりも、『
「大変さを主張する場所が違うだろコヴェル!」
なんかエフラディートにつっこまれた。
「低難度ダンジョンでも一日に何個も封印するなんて普通できないぞ! 主張するならそっちにしろまったく!」
怒りつつ呆れている感じだ。なんか申し訳ない。
ともあれこうして俺は、俺たちは、森の中に住む権利を正式に得たのだった。
◇◆◇◆
「リーリエー。リーリエー?」
議会館の外に出た俺は、リーリエを探して声を掛けた。
思ってたよりも早く終わった。昼飯をどこか良い店で食っていくのもいいな、今日はお祝いだ。
「おーい、どこにいるー?」
しかし反応がない。
どうしたんだろう、変だな。
「どうしたコヴェル?」
エフラディートが近づいてきた。俺は事情を話す。
「リーリエがいない?」
「コヴェルさんっ!」
今度はクラインが近づいてきた。なんだ? 表情が必死だぞ?
「リーリエさんが、謎の男たちに連れさらわれたと今、報告が!」
「なっ!?」
こんな治安が良いはずの上層区域でだって!?
そんなことがありえるのか? いや、だが。
くそ、甘かった。まさかそんな暴挙に出てくるなんて。
いったい誰が、ニード絡なのか!? いや違う、クラインは「男たち」と言った。つまり集団だ。こんな上層区域で、集団による誘拐。そんな真似ができる者は決まってる。
「デンガルか……!」
思わず声に出た。
横にエフラディートが慌てた声を出す。
「お、おいコヴェル。相手はお貴族さまだぞ!? 無茶な真似は……」
「知るか! 喧嘩を売ってきたのはあちらだ!」
ノシを付けて返してやるぞ。
俺は奥歯を噛みしめたのだった。
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