第21話 黄金鎧のニード



 暗い森の木々を、月だけが明るく照らしていた。

 ここはコヴェルの家から少し離れた森の中の小さな広場だった。

 そんな中に二人、男女が立っている。


 一人は黄金の鎧に身を包み、月明かりをキラキラ反射させている男。

 もう一人は長い金髪の女、耳を尖らせた森の民エルフ

 ニードとリーリエだった。


「コヴェルに知らせず一人で来たようだな」

「貴方がそうしろと仰いました」

「……つまり、この『秘密』を誰か余人に漏らされたら困ると思っている、と考えて良いというわけだ」

「その秘密とやらの内容次第ですが。確認させて頂いてもよろしいですか?」


 リーリエが表情薄くそう言うと、ニードがニヤリと笑う。


「おまえの中から、レアな武器が出てくるそうじゃないか」

「…………」

「いつからそんなことになっていたんだ? 俺にはそんな素振りも見せなかった癖に」

「ニードさまには、特に要求されませんでしたから」

「言ってくれるじゃないか。だが違うだろう? コヴェルの奴にも秘密がある、そのお陰なんだろう?」

「…………」


 黙っているリーリエに気をよくしたのか、ニードが大きく笑った。


「ははは! この二つの秘密、好事家の貴族にでも売り渡したらどうなるかな! コヴェルはまあ、珍しがられて終わり程度かもしれないが、リーリエ、おまえは違う」

「なにが違うのでしょうか」

「おまえは貴族の手で権力を使ってでもコヴェルから引き剝がされて、見世物として飼われることになる!」


 楽しそうに、楽しそうに。ニードは一人で笑った。


「…………」

「言葉も出ないか!? そうだろう、そうだろう。イヤだよなぁ!」


 リーリエはうつむき加減でニードをただ見つめている。


「ククク。いや、そうだ、なんなら国の研究機関に知らせてもいいな。そうすれば、どうなると思う?」

「どうなるのでしょうか」

「コヴェルの奴も一緒に研究の為に飼われることになるだろう!」


 大きな声で、ニード。


「ははは! どうだこれは慈悲だ、二人一緒に実験動物としての余生を歩ませてやるというのはある意味慈悲だ! 壁に囲まれて仲良くやっていくのも良かろうさ! どう思うよ、リーリエ!」


 それまで一切表情を見せていなかったリーリエが、詰まらなそうに溜め息をついた。


「な、なんだその態度は!」

「どう脅してくるのかと思えば、一ミリも工夫がない言葉で呆れただけです」

「なんだと生意気な!」

「私は生意気ですよ。半年飼っていてそんなこともお知りにならなかったのがもう」


 わざとらしく首を振ってみせたリーリエだった。


「で、そんな貴方は私になにを望むのです?」

「なに!?」

「わざわざ私一人を呼びつけたのです、なにか私に望むところがあったのでは?」

「……そうだ。俺はおまえを一人呼んだ、そしておまえは一人で出てきた。それこそ秘密をバラされたくないという証拠」


 落ち着く為なのだろう、最初と同じことを繰り返し言ったのは自分への確認だった。

 ニードは大きく息を吐いて見せ。


「はは。生意気なことを言ってもおまえには選択肢などない。俺の言うことを聞くしかないんだ」


 と、意地悪そうな目を細めた。


「…………」

「リーリエ、おまえは俺のモノになれ」


 口の端を笑いに歪めるニード。


「おまえの身体の中から出るというレア武器、それを俺の為に出せ! 凄い武器なんだろう? D級のコヴェルが突然S級になるくらい素晴らしい武器なんだろう!? 俺がそれを持てばS級どころではない活躍ができるに違いない! だからリーリエ、おまえは俺のモノになれ!」

「お断りします」


 間髪入れずの返答だった。


「は? いま、なんと?」

「お断りします、と言いました」

「断れるはずがないだろう! 一言間違えば、おまえは実験動物になることを忘れてるのか!?」

「問題ありません」


 リーリエはニードの目を見返して言った。


「コヴェルさまは仰ってくださいました。私を守ってくださる、と。私はその言葉を信じております」

「信じてる奴がここまで一人できたりするかっ!」


 ニードの手がリーリエの腕を掴もうとする。そのとき。

 石つぶてが飛来した。ニードの手甲に当たり、その手を弾く。

 苦痛に顔を歪ませるニード。


「い痛っ……!」

「他人の従者にお触りはよしてくれ、……えっと、ニード……だっけ?」


 草陰からコヴェルが顔を出したのであった。


 ◇◆◇◆


「なっ!? なぜ貴様がここに、コヴェル!」


 ニードが怒りの表情で俺を見る。

 そんなの決まってるじゃないか。俺は呆れて肩を竦めた。


「白痴かよ、そんなのリーリエが俺を起こしていたからに決まってるだろ?」

「嘘をついたのか、リーリエ!」

「嘘なんかついておりません。私は『あなたがそうしろと仰いました』と言っただけで、コヴェルさまに告げてこなかった、などと一言も添えた覚えはありません」


 表情も薄くしれっと言うリーリエだ。

 こんなときでも基本的に冷静なんだよなぁ、この子。度胸すごいよ。

 まあ、ともあれ。


「そういうことだな。おまえが都合よく早合点をしてくれただけさ」

「ぐぬぬ、減らず口を!」


 ニードが黄金の手甲を振り上げた。

 またこいつ、金属を付けた手なんかでリーリエを殴ろうとしやがって。

 俺は石つぶてをさらに投げつける。


「いたっ! いたっ!」

「言ったことなかったか? 手甲を付けた手で女の子に乱暴するなって」

「いたいっ! くっ! やめっ!」


 投げる、投げる。

 ポイポイと投げつけながら俺も二人に近づいていく。


「だいたいこの世界の奴ら、余裕がなさすぎるんだよな。女の子だろうと容赦なく蹴る奴多いし、いつもみんなギラギラしてやがる」


 そんな奴らに無駄に絡まれたくないから、俺もずっと静かにしていたわけだけど。

 ああ、今にして思えばあの頃が懐かしく思えるな。まだそんな経ったわけでもないのに。


「さがってろリーリエ、こいつと決着をつける」

「はい、コヴェルさま」

「決着だと!? 望むところだ!」


 ニードが腰の剣を抜いた。なんと剣身も黄金だった。

 徹底してるなこいつ。だが本当に金というわけじゃああるまい、何製なんだか。


「抜け、コヴェル! 思い知らせてやる!」

「すまん剣を持ってこなかった。だからこれで相手する」


 俺は投げた石つぶてをいくつか拾いあげ、黄金鎧のニードに対して笑ってみせた。

 ニードの顔が怒りに引きつった。


「舐めたことを!」


 剣を振りかぶる。なるほど、悪くはない姿勢だ。腐ってもS級というところなのか? わからないが。俺はニンマリと笑いを見せてから、


迅速の靴ダッシュブーツ


 足に魔力を篭めた。

 一瞬で視界の中を背景が流れていく。走ったのは数歩、森の広場の端まで。

 ニードの剣を避けた俺は、そこから。


「ぐあっ! いたっ! いたいっ!」


 石つぶてを投げていく。


「くそっ! 逃げるのかこの卑怯者め!」

「逃げるとも。追いかけてこいよニード」

「くっ!」


 ニードが走ってくる。また剣を振り上げながら。その、腰と勢いの乗った剣を『迅速の靴ダッシュブーツ』を使って俺はまた避ける。


「ぐあっ! いたっ! くそうっ!」


 石投げ、石投げ。石つぶてを拾い直す余裕まで見せて、俺は『卑怯にも』遠距離戦に徹する。


「この卑怯者がぁ!」

「卑怯なのはどっちだよ、人の秘密を暴こうとしたりしやがって。そういう小癪な手を使おうとする奴には、格の違いを思い知らせないとな」

「いたい! やめろ、くそっ!」

「やめないぞ、徹底的に石を投げつけてやる」

「ぐえっ、ぐおっ、くうっ!」


 馬鹿にできない威力なのだ。

 この『金剛力の指輪リングオブマイト』を使った投石は。たまに力が入りすぎて、黄金の鎧に当たった石が破裂することもある。その度に、奴の黄金鎧が凹んでいく。


 気を遣ってるんだぜ? 肉に直接当てたらこそげてしまうだろう。俺は『手加減』をしている。

 恨みを買いすぎず、とは言え奴に己の立ち位置をわからせないといけない。


『俺が本気になったら、おまえなんか生きていられないんだぞ』


 と。理解させなければならない。

 心を折って二度と手出ししてこないようにする為の戦いなのだ。


「くそぅっ! 影の者たち、やってしまえ! こいつを、コヴェルをやれっ!」


 おや、決着をつけるって話だったのに、お付きの部下に頼っていいのか?

 隠れている者がいる気配は感じていた。複数人だ。

 俺はしばし、『影の者』とやらが何をしてくるかと警戒していたのだけれども、どうやら手出しする気はないらしく。


「もしかしておまえ、人望ないんじゃないか?」

「うるさいっ!」

「いいよ、掛かってこい。正面から相手してやる」

「うがあっ!」


 がむしゃらに剣を振るってくるニード。

 激昂しているためか、フォームもバラバラだ。

 俺はそれを避ける。


「そんなものかよ、あくびが出る」

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!」


 ニードの癇癪は収まることを知らない。


「この俺がおまえみたいなD級に負けるわけないんだ! それなのに、それなのに!」

「もうS級だ。まず現実を直視するとこから始めてくれ」

「うるさい、死ね!」


 これまでの数倍雑な剣の振り。

 俺は奴の手甲を叩いて剣を落とさせた。


 そして組み付く。

 ヘッドロックで首を絞めながら、優しく囁いた。


「なあニード。俺はおまえが何をしてても気にしない、おまえの領域を脅かすつもりもない。だから互いに距離を取り合って生きていこうぜ?」

「おまえは……俺に、恥をかかせ……た」

「すまん。あれは成り行きだ。だけどおまえだって悪い、俺がリーリエを買うと言ってるのに、変に抵抗するから」


 言いながら俺は腕に少し力を込める。

 こいつ、首ほっそいな。


「ぐっ、……くっ!」

「俺はおまえより二回り以上強いんだ、理解してくれよ。このままおまえの首を折ってしまってもいいんだぜ? おまえは俺の平和を壊そうとした。それは許せないことだからな」

「ぐぎ」

「殺さないのは、リーリエのあの表情に免じてだ。おまえのことを殺すな、と彼女の顔が言っている。だから今は殺さない。だけど」


 俺はグッと腕に力を込め。


「次はないぞ」


 重く腹に響かせるような声で俺は奴の耳元で囁いてみせる。

 次はない。これは本気だ、次にこいつが俺たちの平和を脅かしたのなら、躊躇いなく殺してみせる。絶対だ。


「……コヴェルさま」

「ん? なんだリーリエ」

「もう、気を失っております」

「おや?」


 俺が手を離すと、ニードはその黄金の鎧と共に、ガシャリ、と膝をついた。


「聞いててくれたかな? こいつ」

「さあ……、ですが」


 リーリエは俺の身体についた埃を払いながら。


「力の差は、もう理解したと思います」


 と笑ったのだった。


 ◇◆◇◆


「なるほどなぁ。そういうことか」

「コヴェルさま、一杯食わされましたね」

「そうだな。ニードの奴が主犯格かと思っていたのだが、まさかただの囮だったとは」


 家に戻った俺たちは、荒らされ果てた小人さん小屋を見つけたのだった。

 完全に破壊されて、衛生兵小人さんが全て倒されている。


「S級を囮に使うとは、やるもんだね『影の者』たちとやら」


 小人さん小屋も結界棒バリアポールに守られていたはずなのだが、やられたな魔力切れにされている。影の者たちとやらは、ずーっと、この機会を伺っていたのだろう。俺よりも結界棒バリアポールの残存魔力を把握しているってな、どういうことだ。


 思わず苦笑が漏れる。

 凄い情報収集能力なのだろうな。


「魔力が切れるタイミングを見越して、ニードを好きにさせて俺たちをおびきだした、ってところか」

「小屋と小人さんををこのように破壊するには時間も掛かったと思います。その時間を得るため、という目的もありそうですね」

「してやられたな」


 こんなことなら衛生兵小人さんにも対人プログラムを入れておくべきだったか?

 いや、彼らは処理が多いからそれを入れる余裕はなかった。

 結界棒バリアポールが破られた時点で仕方ないと考えるべきか。


「くそ、ご丁寧にゴーレムコアも持ち去られている」

「小人さんの数自体がだいぶ減ってしまいました。これでは森の魔物退治が間に合わないのではないでしょうか」

「……そうだな。このままでは無理だ」

「如何致しましょう。約束を守れなかった場合、クラインさまのお立場が……」


 俺は腕を組んで考えた。


「方法は、なくもない」

「本当ですかコヴェルさま!?」


 リーリエに頷いてみせる。

 そうなくはない、イカサマ同然だが思いついたことはある。


 まあ、目には目を、という奴だ。

 あちらも妨害工作というズルをしてきているのだから、問題ないと考えておくべきか。

 俺はさっそくリーリエに説明を始めたのだった。


 ◇◆◇◆


「よくやった! よくぞやってくれたぞ影の者よ!」


 夜更け。

 ここはデンガルの寝室だ。ベッドで上半身を起こしたデンガルを前にして、こうべを垂れている者が居た。


「デンガルさまのお申しつけ通り、ニードをうまく使わせて頂きました。コヴェルは奴に恨まれている自覚があったため、予想通り奴への対処に念入りな時間を費やしましてございます」

「うむ! うむ! 全て私の思い描いた通り! 奴を雇った甲斐があるというもの!」

「こちらのゴーレムコアは如何致しましょう。数多くありますが」


 そういって影の者が出したのは、袋に入った小さな宝石の数々――ゴーレムコアだ。

 デンガルはその一粒を手に取って、ニンマリと笑う。


「私もゴーレムには一家言あるが、あのような小さきゴーレム、今の技術ではとても生成できぬ。宝物庫へ入れておけ、今すぐ使うことはなくとも、いずれ役に立つこともこよう」

「承知いたしました」


 デンガルは笑いを止めずに肩を揺らす。

 これで、森の魔物掃除がだいぶ困難になったはずだ。失敗してくれれば、楽にクラインを失脚させることができる。

 この上でまだ成功するようなら。


「ふふ、考えすぎであるな。貴様らの計算では、この破壊工作は決定的なのであろう?」

「はい。このまま我らが座しているだけでも、もう目標の魔物低減率に届くものではないかと」

「そうか。ならば主らは次にクラインの動向を探っておけ。あやつもなにやら動き始めたとの話を耳にしたのでな」

「コヴェルの方は、もうよろしいので?」

「一応、少数の見張りだけつけておけ。無理に手を出す必要はないぞ?」

「はっ」


 影の者は部屋を去った。

 一人残されたデンガルは、それにしても、目を細める。


「報告にあった、あの奴隷娘……。リーリエだったか? かような特異能力を持ち合わせておるとは。ううむ」


 細めた濁り目が、不気味に輝いた。


「……欲しいのぅ」


 いやらしい舌なめずりと共に。


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