第20話 デムドール家の図書室
「コヴェルさま、この本にそれらしき記述が」
「やぁっと見つかったかぁ」
いま俺たちは、クラインの館にある図書室に居た。
かねてより希望していた図書閲覧の願いが叶ったのである。
きっかけは、先日クラインに行った研究費への投資だ。
これにより彼の側近たちが、俺への怒りを納め、むしろ謝罪したく思うと申し出てきたのであった。
俺たちは昼食会に呼ばれ、クライン領主の客としてもてなしを受けた。
その午後であるこの時、リーリエと共に図書館で調べものをしているという話だった。
「エフラディートの奴め、こういうときに外せない用事が、とか言いやがる」
「仕方ありませんよ、エフラディートさまは冒険者ギルドの長なのですから。本来、もっともっと忙しいのが普通だと思います」
「……それ、暗に普段はサボっていると言ってるに同義なのだが」
「あの方は自由なお方ですから」
澄まし顔で、俺の言葉を否定しないリーリエだ。
ともあれ、ここにエフラディートが居てくれれば俺たちはこんなに苦労をして、本を探すことにならずに済んだ。
――本。
つまり、リーリエの胸の中から出てくる武器に記された紋章のことが書かれているという本のことだ。
「見つかりました執事殿、お手を煩わせてしまって申し訳ありません」
「おお、見つかりましたか。それはよかった」
クラインの執事殿が、是非とも手伝わせて欲しいと一緒になって本を探してくれていたのだ。
「それではわたくしは、いったん仕事に戻らせて頂きます。重ね重ね、コヴェル殿にはお詫びを」
「いいんですよ。どこの馬の骨ともわからない者が森の中に勝手に家を作ったことで自分たちの主人があそこまで糾弾されたら、怒りを抱くのが当然ですから」
執事殿は面目なさそうに首を振った。
「……クラインさまが、嬉しそうに貴方がたのことを語るのです。良い人に出会えた、と。一緒に食事をしたり語らったり、研究のことだけでなくとても世話になってしまったと楽しそうに」
「別に、なにを世話したってほどじゃあないが」
俺は苦笑してしまう。
それはさすがに言い過ぎだ。特に俺はなにもしていない。
一緒にそれこそ飯を食べただけだ。雑談は、それなりしたかな。
「クラインさまには、その楽しく歓談をするという相手すらこれまで居りませんでしたので」
「そうなのか?」
「……引っ込み思案な上、領主さまの息子ということで学校でも特別扱いをされてきた為に対等な友人関係というものを学校で築けなかったのでしょうな。クラインさまがご友人のことを嬉しそうに語るのは、初めてのことかと思います」
あーな。
クラインは弱気で自分に自信を持っていない。
研究の話を聞く分には、もっと自信を持ってもいいはずなのだがな。
自動清掃システムを構築して金を稼ぐという視点も悪くないし、理解も早い。
あんなに頭がいいのに、弱気すぎて前に出ようとしない。
もったいないと感じることが多かった。なぜそこまで自分に自信が持てないのだろう。
「ですのでコヴェルさま、そしてリーリエさまも。末永くクラインさまのご友人であって頂けたら幸いです」
深々と頭を下げたのち、執事は図書室を去っていった。
それを確認してから、俺はリーリエの中から武器を取り出す。
「えっ!?」
と声がしたのはそのときだ。
聞こえてきたそちらを見ると、そこには。
「クライン!? いつから居たんだ」
「あの……僕も執事と一緒に奥でずっと探し物を手伝わせて頂いてまして……。なんかタイミングが見つけられなくて、顔を出せなかったのですが……」
しまったな。リーリエの中から武器を取り出すところを見られてしまったか?
「えっと、その……今のはいったい。リーリエさんの中から斧が出てきたように見えたのですが」
見られていた。
どうする、誤魔化すか? クラインだったら、多少つじつまが合ってなくても深追いしてこず納得して引き下がってくれるはずだ。
逡巡していると、リーリエが俺の袖を引っ張った。
「コヴェルさま。クラインさまは信頼に値する人物ではないかと……。そんな方に誤魔化しを言うのは忍びありません」
「ぐっ」
リーリエは、俺の心を読んだようなことを言う。
そしてクラインも。
「あっ、いえ。すみませんでした! 僕の勘違いだと思います、気になさらないでください」
「……はは。気を遣ってくれる」
そうだな。クラインはこういう奴だ。
誠実だし気を遣うし、事情も察してくれる。短い付き合いながらも、その辺は精霊魔法の研究熱心さを見てわかっているのだ。
俺は苦笑した。
ああそうだ、こういう奴には秘密にしておくよりも、喋ってしまって味方につけてしまう方が賢いかもしれない。
「いいんだクライン、おまえが見たまんまだよ。いま俺は、リーリエの中から斧を取り出した」
俺は彼に、これまでのことを掻い摘んで話した。
俺が隠し部屋を見つける『目』を持つこと。その『目』がリーリエの中に隠し部屋を察知して、探してみたら武器が出てくることが分かったこと。
その武器には鳥の紋章が入っていて、今日は紋章の由来を調べるためにここに来ていたこと。
「済まないな。変に秘密が漏れたら、ロクなことにならないと思って言えなかったんだ」「確かに……。そんな珍しい現象のことが好事家や妙な研究者に知られたら、是が非でもリーリエさんの身を手に入れようという人が出てきても不思議ないかもしれませんね」
「だろう? だから、他にこのことを知ってるのはエフラディートだけだ」
俺がそういうと、クラインは頷いた。
「わかりました。僕もこれは胸の内に秘めておきます、誓って誰にも漏らしません」
「そう言って貰えると助かる」
「それにしても、隠し部屋を見つける『目』ですか……」
顎に手を添えてなにやら考え込むクラインだった。
あまり聞かない話だからな、信じにくくとも無理はない。……などと考えていると。
「コヴェルさん。実はこの館には先代当主である父上しか知らない隠し部屋があるらしいのですが、それを見つけることはできませんか?」
「どういうことだ?」
「デムドール家には、代々当主だけが受け継ぐという遺産の間があるというのです。ですがお聞きの通り、父上は僕に当主の座を譲る前に急逝してしまいまして」
引継ぎがうまく行っていないというのである。
それだけ言うと、クラインは俯いた。
「正直、僕にはデムドール当主という自覚がありません。当然、この地の領主であるということにもです」
苦しそうに、うめくように、クラインの声が図書室に響く。
「生前の父上に、僕は褒められたことがありません。精霊の研究も、そんなことをしているなら市政の方を向け、とばかり言われていました。僕には、そんな僕がこの地の領主でいいのか、という思いがどうしても拭えません」
「クラインさま……」
リーリエは悲しそうな顔で。
「クラインさまは、その遺産の間を手にすることで、少しでもお父上に近づきたいのでしょうか」
「わかりません。でも、僕にチカラがもっとあれば。父上のような、領民を思える心があれば。そう思わずには居られない」
キッカケが欲しいのかもしれない。
たぶん彼にとって、当主の交代も市政への関与も、全てがまだ準備ができていない突然のことだったのだろう。
そういう意味では、本当の当主に近づくための『儀式』として、遺産の間とやらを手にするのは良いことかもしれない。それがどんな隠し部屋なのかはわからないが、クラインが変わるキッカケになるかもしれない。
「わかった。そういうことなら」
「探して頂けますか、コヴェルさん!」
「……これは俺の予想だが」
俺は、コホン、と咳払いをしながら。
「父君は、この図書室を良く利用していたんじゃないか?」
「はい。父は勉強家で、生前よく図書室に一人で入り浸っておりました」
「なるほど、一人でな」
頷きながら俺は図書室の中を歩いて、眺める。
「これだけの数の本、父君の代だけで揃えたわけでもあるまい。きっと昔から代々の当主殿がこの図書室を活用していたのだろう」
「そういえば、祖父も本が好きだったと聞いております。よく図書室を使っていた、と」「きっと一人でな」
「……どういうことでしょうか?」
実は、図書室に入ったときからずっと気づいてはいたんだ。
ただ、それをするのは失礼だろうから控えてただけで。
「この書架かな……?」
怪訝そうな顔で俺を見つめるクラインを横に置いたまま、俺は壁際の書棚に置かれた本を調べる。そしてそのうちの一つが、スイッチになっていることを発見した。
カチリ、とその本を奥に押す。
すると。
「実際皆勉強家だったのだろうが、この図書室に入り浸っていた理由はそれだけじゃあないってことさ」
ズズズズズ、と書架が横に開き、隠し部屋が姿を現したのであった。
◇◆◇◆
そこは、とても小さな部屋だった。
ランプが置かれて、座り心地のよさそうな一人用の椅子が一つ。
机の上には書きかけの書類のような物が散乱し、なんとも生活臭溢れる佇まいだ。
「これが、遺産の間……?」
クラインが拍子抜けした声で、狭い部屋の中を見回していた。
テーブルの上にはワインの瓶や空になったカップが置かれている。
「俺が感知したところによれば、この館に隠し部屋ぽいものはここだけだ。クラインの話が正しいのならば、きっと遺産の間というのはここなのだろう」
リーリエも入ってきた。
三人入ると、狭く感じる程度には窮屈な部屋だ。
だが、一人で篭っている分には落ち着く空間なのではなかろうか。
「なるほどコヴェルさま、ここはとても贅沢な空間なのですね」
「わかるか、リーリエ」
「どういうことなのでしょうお二人とも」
呆然とした顔を隠せないらしいクラインに、俺は推測を話すことにした。
「たぶんこの部屋は、誰にも邪魔されない個人空間なんだ」
図書室で手にした本を持ち込んでここで読むもよし、気になる仕事を持ち込んで思うまま耽るもよし、疲れたときに休むもよし。
忙しい立場にある領主さまが、他人の声を一切遮って、ただただ贅沢な時間を使うことのできる数少ない場。
代々の当主は、きっとここに隠れて日々の疲れから逃げ出したりしていたに違いない。
「当主だけに教える、当主だけの休憩所。それは正しく遺産と言えるものなのかもしれないな」
「……父上が? こんな部屋を必要となさっていた?」
「心休まる時間ってのは人間にとって必要で、だけど贅沢な時間なんだよクライン」
なんというか、現代風に言えばトイレやお風呂で考え事をしてしまうような。
そういう心地好い一人用の狭さでもある。
「クラインさまは、お父上の強い面ばかりに目が行っておられたのかもしれませんね」
「そう、なのかもしれません」
クスッと笑うクラインだった。
少しスッキリした顔をしている。良い方向のキッカケになってくれればいいが。
俺は机の上に開かれていた本をなんとなく眺めながら……って、あれ?
「これ、父君の日記だな」
「えっ?」
「ほらみろ、ここにクラインのことが書いてある」
「僕のことが?」
クラインの顔にサッと影が差した。
さっき言っていたな、父君に褒められたことがない、と。
「きっと僕への不満でしょう。父上には小言しか言われた記憶がありませんから」
「……いや。違うぞクライン、ちゃんと読んでみろ」
俺は書きかけだったその日記を、クラインの前に突き付けた。
『クラインが研究をしている自動清掃システム』
『執事の話によれば、あれはあの子が下町を歩いているときに、ドブさらいや看板拭き、ゴミ拾いなどに腰を曲げている老人たちが大変そうで、考案したのだと言う』
『あの子はあの子の視点で、立派に領民のことを考えていた』
『私はクラインに謝らなくてはならない。あの子に酷いことを言ってしまった』
『この仕事が終わったら時間を取ろう、そしてあの子とじっくり話そう。彼は、私にもない視点を持っている優秀な子なのだから』
文字を追うクラインの目に、みるみる涙が溢れてくる。
それは子を想う親の声であり、失言を反省する親の声でもあった。
「このあと父上は……仕事を終えることなく、突然に……!」
「そうか」
「なのに僕は、なにも父上のお役に立てなくて……!」
「違うだろう。その日記で父君は言っている。おまえはおまえの視点で、ちゃんと領民のことを想って行動していた」
「僕は……僕は、父さん……!」
クラインは声を殺して泣いていた。
確かに今まで、彼にはちゃんと受け継がれていなかった。
この先代領主である父親の想いが。
だからたぶん、今日、ここで、初めて継承が成ったのだ。
領主クライン・アーゲイ・デムドールの日々は、きっとここから始まる。
俺はそう思った。
◇◆◇◆
コツン、コツン。
窓に小石が当たる音がした。
夜中。夜半を過ぎた森の家のことである。
リーリエは一人、自室でそれに気が付いた。
なんでしょうか? とベッドから立ち窓の外を見ると、そこには月明かりに照らされた黄金の鎧を着た男が立っている。
「ニード……さま?」
怪訝な顔でその男のことを見つめていると、なにかの魔法なのだろうか、耳元で囁かれるように小さく声が響いた。
「知っているぞリーリエ、おまえたちの秘密を」
ネットリとした、嫌な声。
悪意に満ちた、それは声だった。
「一人で外に出てくるんだ。コヴェルには知らせずにな。知らせたら……わかるな?」
ニードは昏い目だけで笑いながら、リーリエに囁いたのだった。
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