第19話 暗躍
一週間が経った。。
その間、リーリエと一緒に行動していれば、幾度か見張られているような気配を感じだし、誘拐未遂のような事件もあった。
数度撃退されて諦めたのか彼女に手を出す雰囲気がなくなった後は、家の周囲に執拗な監視の目を感じたし、幾度か小人さんが襲撃された気配もある。
しかしそれらも大きな被害ではなかった。
小人さんは襲撃されたら散り散りになって逃げるルーチンを組んでおいたお陰で壊滅的な打撃を受けることがなかったのだ。
手間の割にリターンが少ないと思ったのかやがてこちらへの妨害も減った。
そしてこのところはなんら異常は感じられず、平穏なものだった。――のだが。
「小人さんに変な物が付着している?」
十日が過ぎた頃、リーリエが俺に報告してきた。
一部の小人さんの身体に、トリモチのようなベタベタしたものが付着していたらしい。
「これは……遠間から粘着棒でも伸ばして小人さんを捕まえようとしたのか?」
「そうかもしれません。あと、こちらもご覧ください」
そういってリーリエに連れられていったのは、家から少し離れた茂みの中だった。
「不振な足跡、か。これは複数人のものだな」
「はい。足跡の種類から言って、最低四人は居たのではないかと」
俺たちが全く気づけなかったということは、隠密技能に長けた者たちに違いない。
デンガルからの刺客がお出まし、といったところか。
足跡を辿ると、家からさらに離れた場所で軽い戦闘あとがあった。
「なるほど。小屋から小人さんが出ていくのを見て追ったようだ。たぶんここで、小人さんを捕獲しようとして失敗、戦闘に至る感じか」
「コヴェルさまのお考え通りかと私も考えます」
リーリエでなく小人さんを狙うのは、正しい。
彼女には俺が付きっきりなこともあるが、単純にあの数、あの部隊数の小人さんを俺たちがずっと守ることは物理的に不可能なのだから。
「このベタベタしたの、しつこすぎだろ」
俺たちは小人さん小屋に戻った。
どうも彼らの自動メンテナンスでは、トリモチのようなベタベタが取れないらしい。衛生兵小人さんたちが難儀していた。
「見慣れない物質ですね。くっつけられたところで、たぶん小人さんが剣で斬り落としたのだとは思いますが、剣もベタベタで使い物にならなくなっています」
「リーリエ、ちょっと斧を借りるぞ」
俺は彼女の胸から片手斧を取り出して、切れ味の良い刃でベタベタ部分をこそげてみた。
「これが一番手っ取り早くベタベタを取り除けるが、いちいち小人さんの身体を削るのもなんだな」
「強度が落ちてしまいますよコヴェルさま」
「んー、確かに」
どうやらこれは、俺たちが手を使って石鹸で念入りにベタベタを落とさないとダメそうだ。
「なるほどな。出発したばかりのところでこの状態にすれば、小人さん部隊はすぐに帰投せざるをえなくなる。その上俺たち自身に手間を掛けさせられるというわけだ」
「小人さんの破壊、もしくは捕獲に失敗しても、最低限の妨害工作は成せる、という算段なのでしょうね」
「なかなか考えられてる」
「そうですね」
この形で魔物掃除のペースを落とされるとよろしくない。
俺たちによる手動のメンテナンスは手間だけでなく時間も掛かってしまうのだ。
どうしたものか。
数日後、ギルドに赴いてエフラディートに相談したら、意外な言葉が返ってきた。
「それは丁度いい」
晴れ晴れとした顔で笑みを浮かべた彼女に、リーリエが眉をひそめた。
「なにが丁度よろしいのでしょうかエフラディートさま。小人さんがまたすぐ狙われないように家周辺の探索、それでもベタベタにされてしまった個体の手動メンテナンスで、コヴェルさまはもうヘトヘトです」
「こいつの目の下のクマはそういうわけか。いやすまん、喜んだわけじゃないんだ」
はは。俺は確かに疲れているのだろう。
エフラディートの言葉に反論する気も起きなかった。
だから端的に聞き返す。
「説明してくれ、エフラディート」
「先日クラインがキミに複数ゴーレムの連動命令について聞いていただろう? あれを応用した、精霊魔法による『自動清掃システム』の試運転が成功したところだったんだ」
それを使って小人のベタベタを自動で洗い流せるのではないか、という話だった。
「少なくとも手動メンテナンスの手間は省けるはずだ。自動化が戻れば、余剰時間を敵対勢力への対抗策に使えるだろう?」
「そうだな、お願いしていいか?」
俺がそう言うと、エフラディートは胸に片手を当てて
「毎度ありぃ」
「金を取るのか!?」
「研究費へのカンパとでも思ってくれたまえよ。なにせクラインの家も大変でな」
「わかった、投資だ。うまく行ったあかつきには配当をもらうぞ」
「それでいい。それじゃ早速クラインに連絡して『自動清掃システム』を稼働させるか」
同日夕方。
さっそくエフラディートはクラインを連れて俺の家へと訪れた。
二人を小人さん小屋に招く。
「なるほど。これはしつこそうなネトネトですね」
「だろう? 手で落とすのすら結構手間でな、難儀してる。その自動清掃システムとやらで、汚れを落とせそうかクライン?」
クラインは箱から何体かの水精霊(この世界の精霊は自我を持たない『チカラの塊』に近いらしい。魔法言語によって簡単な使役をさせることができる程度の存在だ)を出して、色々試し始めた。
「大丈夫そうです。どうやら汚れは落とせそうです」
「そうか、ありがたい」
「指令塔になる精霊を二体置くことで、他の精霊による汚れ落としをオートメーション化できました。ちょっと待っていてください、さっそくシステムを組んでしまいます」
まだ簡素なシステムだが、小人さんの汚れを自動で洗うことくらいはできそうだ、とのこと。これを発展させて、ゆくゆくは街の下水や側溝の掃除にも使える規模に組み上げたいと思っているらしい。
「そうなれば確かに一大事業として展開できそうだな。他の街にも需要がありそうなものだし」
「はい!」
ただ、自動といっても本来24時間ずっと運転させることを前提とはしていないものらしく、今回の小人さん洗いに使うには一日一回魔力補充の魔石を砕く必要があるとのことだった。手間がちょっとある。
でも俺が気になったのは、それよりもランニングコストのことだ。
「24時間ずっと、となるとどうしてもそこのコストが……。まだまだ見直さないといけないことが多くて大変です」
商業化するにはコストの低減も考えなくてはならないので、と。
言いながらもクラインの表情は明るい。
俺の小人さんを参考にして、計画が一気に進展したと喜んでいる彼だった。
だからだろうか、精霊の小人さんお洗濯セットが整い、俺がクラインに礼金を渡そうとすると。
「お金なんて滅相もない! アイデアを頂いただけでも恐縮ですのに!」
なんだエフラディートの奴、金を取ることは勝手に決めてたのか。
横に居る彼女の顔をチラと見れば、やれやれといった顔をしていた。
「受け取っておくんだクライン。今のキミには大事なものだ、研究には金が掛かるものだぞ?」
「そうだクライン気にするな。エフラディートにも言ったが、これは融資だ。研究がうまく行って金を生むようになったなら、そのときはノシを付けて返してもらうつもりなんだから」
「なんだか申し訳ありません……、それでしたら、遠慮なく頂いておきます」
恐縮しまくりのクラインに礼金を渡すと、エフラディートが笑みを浮かべた。
「よし。ならば私は、この家の付近を警備する冒険者の手配をしておこう。B級C級程度の数合わせになるが、人手がないよりは全然マシだろうからな。いやなに気にするなコヴェル、お代は私が持とう」
彼女の大仰な言いっぷりに俺は苦笑した。
なんだエフラディートの奴、最初からそういうつもりだったのか。
別に俺にだけ金銭の負担を強いるつもりはなかったのだ。
最初から言えっての。
俺たちはちゃんと、共同でデンガルと戦っているってわけだ。
それじゃあ、うまく共闘する為にも交友を深めるか。
「皆さま、少し早いですがご夕食の用意が整いました。居間までお越しください」
丁度いいタイミングでリーリエが食事を用意してくれた。
俺たちは酒を飲み、肉を食らい、笑いあったのだった。
◇◆◇◆
商業都市ヘルムガドのスラムにある一室。
貧乏街には似つかわしくない金色の鎧を着た男が、椅子に座っていた。
そこに一人の男が音もなく現れる。
「ニードさま、コヴェルの家を中心に広範囲、冒険者たちの歩哨が立つようになりました」
「なんだと?」
「これにより特性スライム粘質による妨害工作が困難となっております」
「ぬう」
「それに諜報の話によると、なにやら小型ゴーレムを洗うことも自動化した模様。これではもうスライム粘質による妨害自体も効果が薄くなってしまいます」
テーブルを拳で叩き、黄金鎧のニードが立ち上がった。
「なんなのだ、対応が早すぎる!」
「如何致しましょう。歩哨の冒険者はB級C級レベルですから我々であれば幾らでも『対処』していけますが」
「ま、まて! ギルド員を殺すのは不味い。殺るなら、それはコヴェルだけにしておきたい!」
爪を嚙みながらニードが逡巡した。
冒険者ギルドと事を構える気はない彼なのだ。
「では、今後の指針をお願い致します」
「いま考える、ちょっとまて!」
そう言ってニードは机の上に積まれた報告書を読み漁った。
あれも使えない、これも使えない。
なんなのだデンガルめ、こんな使えない報告を出す者らばかり集めやがって。
なにが『裏の仕事では一級』だ。
しょせん表に出てS級にもなれないクズども、諜報活動に長けているといってもたかが知れているのではないか!?
「んっ?」
「如何なさいました、ニードさま」
「この報告はなんだ?」
彼が目を止めたのは、ある報告。
「リーリエの胸の中から、コヴェルが『斧を取り出した』、とあるが。何を言っているのか意味がわからんぞ?」
「書いてある通りのことにございます。コヴェルがあの奴隷の胸に腕を突っ込み、とても切れ味のよさそうな斧を取り出しました」
「だから、それはなんなのだ! 意味がわからん!」
怒鳴られたところで、報告者にもそれ以上のことがわかるはずもなかった。
彼らはただ、そのことを見ただけなのだ。離れた場所からの遠見の術で。
しかしニードは、……まてよ? と考え込んだ。
「そういえば、コヴェルの奴がリーリエに示した興味は異常だった……」
20000ゴールドと吹っ掛けて退かせようとしたのに、40000ゴールドも積み上げて俺からあの奴隷を買っていった。あれもまた、考えてみれば異常な行為ではなかろうか。
考えれば考えるほど気になってきた。
そうだ。
あの奴隷はとてもじゃないが、たった二人でS級ダンジョンのコアモンスターを倒したりできる娘じゃない。コヴェルの奴が一人で倒したとしても、絶対に足手まといだ。
わざわざ連れて行った理由があるのだ。
「リーリエ……。あのエルフには、なにか俺の知らない秘密があったのか……?」
ニードはそこに思い至ったのだった。
「これまでの妨害工作は全て諦める」
彼は部下である報告者に告げた。
「はっ。では、次の行動は如何に」
「リーリエとコヴェルの監視をこれまで以上に密に行え。できれば会話も盗み聞け。そして、なにか通常ではないことがあったのなら、それを報告するんだ」
狙うべきはリーリエだ。
それも、害するとか攫うとか、そういう意味ではない。
なにか奴らが抱えているであろう秘密を、暴く。
それがなにか効果的な結果を導きそうな気がする。
ニードはそう直観したのであった。
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