第18話 クライン・アーゲイ・デムドール
「こ、こんばんは……。コヴェル、さん」
「クライン……殿?」
家のドアを開けて驚いた。なぜこんな夜に領主殿がウチに?
俺はクライン殿の横にいるエフラディートの顔を見た。
「ビックリさせてしまったか? クラインが是非キミともっと話したいと言うのでね、館を抜け出してこっそり連れてきた」
「こっそりって……」
まあギルドマスターである彼女が付いているなら、安全上の問題はなかっただろう。
俺はまだ直接エフラディートの実力を見たことはないのだが、噂話程度には聞いている。S級までしかないはずなのに彼女はSS級との話がまことしやかに流れており、本人もそれを否定しないほどには強いようだった。
「とにかくお入りください。エフラディートも入ってくれ」
「お、食事中だったのかい? いいね」
「あいにく余りものの食材しかございませんが、それでもよろしければ、お二方にも何かお出し致しましょうか?」
「い、いいえ! 申し訳ありません不調法な時間にお邪魔してしまって! どうぞ僕たちのことは気になさらないでくださいリーリエさん」
お? クライン殿はリーリエの名前をしっかり覚えているのか。
確かリーリエのことは、昼の見学ツアーのときに一度紹介しただけだったはず。
正直これは見る目が変わるな。
「なにを言ってるんだクライン。食事前に抜け出してきたのだ、腹も空いてるだろう。私は空いている。ここは素直にご相伴に預かるのがむしろ礼に適った返事というものだぞ」
「そ、そうなのでしょうか……?」
「ははは。クライン殿は食事を放り出してここに来たというのですか。でしたら俺たちは出来る限り饗応することにやぶさかではありません。ご遠慮なく」
俺はそういってリーリエに目配せした。
彼女は頷くと台所へと消えていく。
「あああ、なんだか申し訳ありません!」
「気になさらずに」
狼狽えるクライン殿に笑顔で答えてしまう。
この笑顔は、俺の心の内から自然に出てきたものだ。リーリエの名前も憶えていてくださり、敬称をつけて話をしてくれた。
クライン殿の貴族としての珍しさが、なんとも好ましく思えたのだ。
「どうだコヴェル。クラインは面白いだろう?」
「それ、俺が『はい』と答えても『いいえ』と答えてもクライン殿には失礼じゃないか?」
「コヴェルさん、ここは公の場じゃありませんから、どうか気軽にクラインとお呼びください。エフラディート先生にもそうして貰っていますので」
彼やエフラディートの口調が昼と違うのはわかっていた。
なるほどね、これが二人のプライベートな関係というものか。
それにしても。
「先生?」
「クラインのことは先代から言われていてね。昔から面倒を見てるんだよ」
「なるほどね」
二人に椅子を提供して座ってもらう。
「ところで俺もクライン……って呼ぶのが良いのかな?」
「は、はい。それでお願いします」
「んで、クライン。俺と話したいってのは、なにをまた?」
クラインは、なにやら言いにくそうにモジモジし始めた。
しばらく待っても、彼は答えない。
エフラディートが呆れた調子で促す。
「おいクライン、ここまで来てしまったんだしっかり聞いて帰れ」
「そ、そうですね。わかっては居るのですが……すみません」
「私にいちいち謝るな。ほら聞いてみろ、コヴェルもなにを言っていいのかわからず、困ってるぞ」
「あああ! すみませんコヴェルさん!」
「いや構わないぞ。ゆっくり気持ちを整えてくれ」
クラインは深呼吸を一回。
そしておずおずとした調子で話し出した。
「昼間の小型ゴーレム、凄かったです。感激しました」
「お、おう? そうなのか。って、感激するようなことか?」
「はい。30体のゴーレムが、一糸乱れぬ動きで連携を取っているのは圧巻です」
そういや昼に来たときも、クラインはその辺に注目していたな。
そうなんだ、あれはだいぶ高度な命令技術を使ってるんだぜ? いい視点を持っているじゃないか。
「先生に聞きました、なんでも30体のゴーレムを連携させる為にひとアイディアあったとか」
「ああな。指令系統を分けつつ優先順位を設定することで、有機的に連動させてるんだ」
詳しい説明を求められたので、俺は教えてやった。
各カラーリーダーを設定して行動を決めさせる、プログラム的なアレだ。
クラインは目を輝かせて聞いている。
へえ! そうなんですか! と感心した様子の相槌が、ちょっと気持ち良かった。
「クラインには精霊を行使する魔法を教えているんだが、精霊も命令は単純な物しか受け付けてくれないんだ。だからコヴェルのオーダー思想を連携に応用できないかと考えているぽくてね」
「そうなんです! 数体の精霊が連携して行動したなら、やれることの幅がきっと広がると思って!」
「面白そうじゃないか。そういうことなら幾らでも聞いてくれ」
「ありがとうございます!」
この後俺は、クラインにプログラム的な概念をいくつか教えた。
メインルーチンからサブルーチンを呼び出したり、得たデータをボックス管理して整頓したりなど。
この世界の人間には難しい概念もあったろうに、彼は俺の知識をスポンジのように吸収していく。生まれが良いから教育水準が高いのだろうな、理解力も高い。
「遅くなりました。有り合わせで申し訳ありませんが、お食事の用意が整いました」
「おおリーリエ、十分さ、とても美味しそうだ!」
と、舌なめずりをしたエフラディートが行儀悪く皿を叩く。
メニューは、野菜の裏ごしピューレを掛けた野兎の肉をメインに、スープ、パン、焼き野菜、果実酒。
どっさりとはいかないが、食べて飲んでお喋りするのに足りるくらいの量はあるだろう。
「どうぞ食べてくれ、ほらクラインも遠慮せずに」
「い、頂きます」
「リーリエ、お酒がもっと欲しいぞ!」
「は、はい。エフラディートさま、今すぐに!」
「エフラディートはちょっと遠慮してくれてもいいんだが」
俺がわざとらしく肩を竦めてみせると、クラインとエフラディートは楽しそうに笑ったのだった。
◇◆◇◆
「それでは、議会派というのは最近台頭しだしたのですね」
お酒に弱いリーリエが、果実水を口に運びながらいった。
頷いたのはエフラディートだ。
「そういうこと。先代が急逝したからな、なんの下準備もなくクラインが跡を継ぐことになったんだが……」
土台が固まってないのを良いことに、デンガルを始めとした数人が議会の力を強めて街の利権を貪り始めたのだという。
「たとえば有力商人と手を組んで税を優遇してたりな」
「そんなのよくあることなんじゃないか?」
「多少はな。だがデンガルはあからさまにそれを行う。あれを続けられたら、あっという間に街の信用はガタ落ちだ」
「じゃあ許しちゃダメだろう。この街の法はどうなってるんだ?」
「どうなってるんだ? クライン」
エフラディートが酒を飲みながらクラインの方を見た。
クラインは俯く。
「すみません先生。僕が不甲斐ないばかりに」
「そうだな。おまえが不甲斐ない」
いま街の執政は、議会の助けを借りてクラインが最終的な決断を下しているらしい。
それなのにクラインがデンガルを排除できないのは、単純にデンガルの方がクラインよりも力を持ってしまっているからなのだろう。
力というのは、武力であったり経済力であったり、周囲への影響力のことだ。
「僕に父上のような力があれば……」
「ちがうぞクライン、キミに必要なのは力じゃない。自信だ」
「先生……」
クラインはなにかを言おうとして、口をつぐんだ。
力なく肩を落とし、俺の方へと伏せ気味な視線を向ける。
「……コヴェルさん。小人小屋を見てきてもよろしいでしょうか?」
「ん、ああ。それじゃあリーリエ、クラインに付き添ってやってくれ」
「わかりました。ではクラインさま、参りましょう」
二人が出ていくと、エフラディートは果実酒を一気飲みし。
「クラインの家は、先代急逝の折に幾つかの事業で失敗を犯し、大幅に財産が減ってしまってね」
街への影響力がだいぶ落ちてしまったのだという。
「そこをデンガルに突かれてしまった」
「まあ、金はこの世界においてわかりやすいチカラの一つだからな。それを失ったというなら、政敵はさぞ喜んだことだろうさ」
「コヴェルの言う通りだ。議会のパワーバランスを一気に塗り替えられたよ。いまクラインが自由な裁量をしようとすれば、領主であったとしても立場を脅かされることになるだろう」
「エフラディートは何故こんなことになるのを座視してたんだ?」
「私はその前後、国からの要請で仕事をしていた。街に、なんならこの国にすら居なかったんだよ。間が悪かった」
はぁ、と溜め息を突く彼女だった。
こんなにわかりやすく落ち込むエフラディートの姿を見るのは初めてだな。
それだけクラインとは長い付き合いなのだろう。
俺も力になれれば、と思わなくもないが、一介の冒険者ごときが首を突っ込める話でもなさそうだった。
「クラインも頑張ってはいるんだ。今日ここに連れてきたのも、精霊を使った新機軸の自動清掃システムを開発できないか、という研究の為でな。地味だが、こういう発明は金になる。新規事業も起こせるしな」
「事業……事業か」
金になる、事業。
俺にもアイディアで応援できる、なにかがあればいいのだが。
「ところでコヴェルよ」
「あん?」
「デンガルのこと、気を付けておけよ?」
「……あーな」
「失敗したらクラインが責任を取るとなった以上、奴は目的の為に暴力も辞さないだろう」
エフラディートに言われるまでもない。
あいつはなにかを画策してくる気が満々だった。
「S級冒険者であるキミ自身が狙われることはないと思うが、リーリエや小人さんを狙った直接工作程度ならすぐにも仕掛けてくるに違いない」
「わかってる。当分はリーリエから目を離さない、一緒に行動することにしよう」
「小型ゴーレムの方は大丈夫なのか?」
「そっちは、……どうだろう。少し対人オーダーを変更して警戒を強めておくか」
間違えて狩人などが攻撃などしてきたときなどの為に、対人対処プログラムはなるべく人に害が及ばないよう、逃げを基本とした命令にしていた。
しつこい攻撃に対しては、段階を経てから手痛く反撃をさせても良さそうだ。
「頼んだぞ、警戒しておいてくれコヴェル」
◇◆◇◆
夜更け。
ここはデンガルの館、応接間。
デンガルが座る椅子のデーブル越しに、一人の男が座っていた。
「つまり、コヴェル・アイジークに一泡吹かせることができるのだな?」
「そうだ。バックアップも手配するし、金が足りないなら追加で出そう。とにかく奴の計画を邪魔して、失敗に終わらせて貰いたいのじゃよ」
「コヴェルの奴に手痛い打撃を与えられるというなら、俺への報酬はこのままでいい。それよりもバックアップだ。金を出すならそこに使ってもらいたい」
「ははは。聞いていた通りだ、貴公はあのコヴェルとやらによほどの恨みがあるとみえる」
愉快そうに笑うデンガル、正面の男は苦々しい顔で眉間にシワを寄せる。
「くっ……! デ、デンガル殿には関係ない話だ……っ!」
――正面の男。
黄金鎧に身を包んだS級冒険者、ニード・ギブナス。
元リーリエの主人だった彼は今、裏の仕事に手を染めようとしていた。
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再び登場黄金鎧(・ω・)
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