第17話 小人さんのおうち探訪


「こちらが『小人さんパトロール部隊』の拠点となっております」


 そういってリーリエが一行を案内したのは、森の家に併設した『小人さん小屋』だった。

 ここでは衛生兵役の小人さんが、傷ついたり壊れたりしたパトロール隊員の修理を行っている。


 故障した小人さんたちは、床に並んで衛生兵の処置を待つ。

 並ぶ修理待ちの小人さんを、テコテコ歩く衛生兵たちが複数人で直していく様を見て、総勢10人を超える見学者が一斉に声を上げた。


「な、なんだこの光景は……」

「あのちっこいの、これがゴーレムだと?」

「まさか、自分たちで仲間の修理をしているのかこれは!」


 それらはどれも驚きの声だった。

 自動修理の様は相当インパクトがあったようだ。


 小人さんの自動修理機能。

 なに簡単なものだ。

 ゴーレムである彼らは、心臓部に内臓されたコアを破壊されない限りは動ける。だから壊れた手や足を、エポキシパテのような速乾性粘土で作り直していけばいい。


 修復機能は特に俺が命令を考えたわけでなく、最初から備わってた機能だった。

 なんならコアと材料さえあれば、身体を全て作り直すなんてことも可能とするのが彼らなのだ。

 地下室の改築で故障した何体かは、身体の一部が金や銀で出来ていたりもするから、ちょっと困る。あそこは加工できる素材がそれらしかなかったからな。


「想像してた以上に、かわいいですね!」


 興奮気味に目を輝かせているのはクライン殿だ。

 やはりこの方、見た目同様にだいぶお若いのではなかろうか。

 小人さんをカワイイという彼の仕草が、俺にはカワイイよ。


 彼が見守る先では、修理された小人さんから順に隊列を組み直していた。

 ピョコピョコと歩きながらも、整然とした列を作っていくことに、クライン殿はまた驚く。


「こんなにカワイイのに、なんと洗練された動きでしょう。訓練された兵士でも、なかなかここまでのレベルには至りません。これは、コヴェル殿が指示を?」

「ええはい、まあ」


 クライン殿は、俺みたいな平民にも腰が低いのだな。

 却って心配になってしまい、思わず苦笑してしまいそうになった。

 横にいるエフラディートが冷ややかな目でこちらを見ているのは、俺の状況を察したからに違いない。


 ともあれ笑いたくなった衝動を抑えながら、クライン殿に説明をしていく。


「ですが、ゴーレムというものは人と違って忠実に命令を再現してくれるものです。洗練された集団行動は特別俺がどうこうしたわけじゃありませんよ」

「……そういうものですか。浅学失礼しました、小さいとはいえゴーレムをこんなにたくさん見るのは初めてなものですから。素晴らしいですね」

「いえ、恐縮です」


 整列した小人さん部隊は、30体集まると俺たちの足元をすり抜けながら小屋の外へと出ていった。


「こうやってメンテナンスを終えた部隊はまた森へと魔物狩りに向かいます。挙動は半自動、俺はゴーレムたちの修繕素材を補充しているだけですよ」

「むむむぅ……!」


 デンガルが目を細めて唸った。

 突然前に出てきたかと思えば、小人さんたちの方へと向かって走っていく。


「こんな小さいものが本当に強いのか!? 私自ら試してくれよう!」

「あ、いけません!」


 リーリエが叫んだものの、遅い。

 小人さんたちが迎撃態勢を取った。人間の妨害にも、大事にならない程度の防衛オーダーを組んであるのだ。


「あひっ! いたい、いたい! これやめぬか無礼なっ!」


 前衛装備の小人さんたちに小さな剣でつつかれて、退散させられるデンガル。ぶよぶよな足から、ちょっと血が出ている。


「なんだこ奴らは! 私を誰だと思っている!」

「大丈夫ですかデンガルさま! 申し訳ありません、これはこの子たちの防衛機能でありまして……」

「小娘! 私が悪いとでも言いたいのか!」


 自分の迂闊さを棚に置いてリーリエに当たりやがって。

 俺は言いたいぞ、おまえが悪いと。

 だが街のお偉いさんに向かってそんなことを言えるはずもないので。


「デンガルさまはお強そうですから、小人たちも警戒してしまったのでしょう」

「むむむ?」


 俺の言葉にデンガルは満更でもなさそうな顔をする。

 そんな奴に追従するデンガル派の議員たち。


「確かに。デンガル殿はお若いころ武勇で鳴らしたらしいですしな」

「溢れ出るツワモノのオーラに、こやつらもつい反応してしまったのでしょう」

「むむむむむぅ」


 鼻の穴を大きくして、ふしゅーと満足げな音を鳴らすデンガルだ。


「そうか。まあそういう話なら仕方ないかもしれぬな。そもそも私も若い頃はゴーレムマスターとして名を馳せ戦場を駆け巡り――」


 デンガルの長話を一通り聞いた俺たちは笑顔を崩さずに頷いてみせた。

 エフラディートがデンガルに言う。


「小人たちはデンガル殿の実力のほどを見抜いて警戒したわけでありますな。つまり小人たちも、それを見抜くほどには能力があるということ。違いますかな、デンガル殿」

「む。そうなるな」

「どうでしょうデンガル殿。これだけの力を持った小人の集団です、もうしばらく森の様子を経過観察するというのは。魔物がさらに減るならヨシ、減らぬならばコヴェルS級冒険者に森から出ていって貰い、クライン殿が責を取る」

「ふむ……」


 デンガルは考え込む素振りを見せた。

 なにかを計算しているようだ、勝手な想像だが禄でもないことを考えている気がする。

「クライン殿も、それでよろしいのか?」

「は、はいデンガル殿!」

「ならばそうしよう。一ヶ月後の経過により、議会はこの問題を判断することとする。皆々様、そう心得られよ!」


 ◇◆◇◆


 一行が家から去り、夜。

 窓からは森の木々に隠され気味な月が見える。


 食卓に、リーリエが今日の夕食を運んでくれた。

 野菜を裏ごししたスープに、鶏肉を香草で焼いたもの。ちょっと高級な白いパン。そこに果実水が加わる。


「今晩はこの程度のメニューで申し訳ありません」

「いや構わないぞ、リーリエが作ってくれているんだ。毎日ありがたいよ」

「買い物に行けませんでしたので……」

「いや。その話は俺が悪かった。まさか今日突然にウチに見学にくることになるだなんて思っていなかったんだ」

「可能性として考えておかなかった私の不手際です。昨日もう少し多めに食材を買い込んでおくべきでした」


 ここに家を建ててからこちら、毎日の食事はリーリエが賄ってくれている。

 最初こそ俺も手伝おうとしていたのだが、彼女の料理の腕と手際はとてもよく、台所に俺が居る方が却って邪魔になっていることに気づかされてやめた。


 彼女の料理はシンプルだが、美味しい。

 塩加減が丁度いい。

 これは前世の料理と比べたときの話だが、この世界ではだいたいの料理が強めの塩加減になっている。


 身体を動かす者が多いからだろうな。

 俺も身体を動かすことが多いので、そういう味は嫌いじゃない。だけどそこまで大きな運動をしていない今日みたいな日には、ちょっとしょっぱく感じることもある。


 リーリエの塩加減が丁度いいのは、たぶん俺の労働量に合わせて毎日塩加減を変えてくれているからだ。いやはや、なんとも気が回る子だ。


「うまい。こういうのでいいんだよ」

「美味しいのは、コヴェルさまが台所に置いて下さった『冷蔵庫』なる氷室があってこそです。あの冷たい箱は、肉やミルクの鮮度を保ってくれます」

「すごいだろ。あれもダンジョンで見つけたレアアイテムなんだぜ?」


 ダンジョンの隠し部屋には、案外装備や金品以外のお宝も眠っていたりする。

 小人さんこと、あのゴーレムたちもそういった物の一つだ。


 あれは、宝石としてジャラジャラと宝箱に入っていたんだっけ。

 魔力を感じたからこっそりと一粒調べて貰ったら、ゴーレムのコアだと判明した。


 実は小人さん、あの大きさと形に加工して最初のボディを作ったのは俺である。

 コアが動かせる大きさを探りながらボディの大きさを調整した結果、あの小人さんとなった。


 俺が3体ほど作ったあとは、小人さんにオーダーを組んで似た素体をたくさん作らせたんだっけ。

 あの小人さんゴーレムには、自分たちで自分たちの仲間を作る機能があったので、ゴーレムコアの数だけ彼らは増殖した。おもしろい奴らだよ、アレ。


 おっと脱線した。

『冷蔵庫』もそういった形で、ダンジョンで見つけたお宝だ。

 前世の知識があった俺には一発でわかったね、あの箱の使い道というものが。


 とはいえこれも、一人暮らしで金にも困っていなかった俺は外食ばかりだったので、使い道がさしてなかった。

 リーリエと生活するようになって、ようやくその機能が花開いたというわけなのだ。


「コヴェルさまは、本当にたくさんの便利な物をお持ちですね」

「はは。これまで使ってなかった物が、活躍の場を得られたのは良いことだ」

「ふふ。私自身もここに来て、活躍の場を得られた気がします」

「リーリエは俺のところに来てからずっと活躍してくれてるよ。ありがたい限りだ」

「そう仰ってくださるのは嬉しいですけど、スープを啜りながら喋るのは行儀悪いですよ?」


 怒られた。

 マナーというほど本格的なものではないが、彼女は行儀に少しうるさい。

 聞くところによると、エルフは食べ物に感謝する心が強い種族なのだそうだ。


「はいはい。お父さんが言ってたんだろう? 食べるときは感謝の心を忘れずに、って」「そうですよ。コヴェルさまも、その心を忘れないように」


 リーリエの父。

 その話はこのまえ聞いた。母の話が出てこないので、死別でもしたのかと最初は思っていたのだが、そうではないとのことで。


 ――彼女は拾われ子だったのだそうだ。

 まだ赤子だったリーリエを拾った彼女のお父さんは、里の掟を破ったとされてエルフの里を追放された。

 旅の末、やっと受け入れてくれる人間たちの集落を見つけてそこで長らく暮らしていたのだが、その集落が野盗の集団に襲われて彼女は捕まり、奴隷になったという。


 ……大変だったんだろうな。


「はい? なにか仰いましたかコヴェルさま」

「いや、なんでもない。おまえのお父さんも料理が上手かったんだろうな、と思ってな」


 俺はそう言って苦笑した。

 と、外でホゥホゥ鳴いていた夜鳥の声が止まる。


「……コヴェルさま」

「しっ、わかってる」


 耳を澄ます。

 葉を踏む音。足音だ。

 一人……、いや二人か? こんな暗くなった森の中に?


 俺は静かにテーブルから離れると、息を殺して入口のドアへと近づいた。

 ――が。


「私だコヴェル。そんな緊張するな客人を連れてきたんだ」

「エフラディート……?」


 もう暗いってのに、いったいなんなんだ。客人だって?

 俺は家のドアを開いた。するとそこには。


「こ、こんばんは……。コヴェル、さん」


 オドオドとした青年、この街の領主であるクライン殿が、エフラディートと共に立っていたのであった。


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おうち、というよりは基地。秘密(秘密ではない)基地!


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