第16話 街の議会


 その日俺は一人、街の議会に召喚された。リーリエは留守番だ。


 街の高台に建てられた会議場は石造りの立派な建物で、俺などは普段近づくことすらできない。

 いかにもな平民がウロウロしてたら警備兵に見咎められるだけという高級な区画の中を、エフラディートに連れられてやってきたのだった。


 そんな会議場の広間。

 長テーブルの議事席には俺の席が設けられていた。


 そこに座らされて、はや一時間。

 目の前では街の領主『クライン・アーゲイ・デムドール』が他の議員に糾弾され続けていた。


「街壁の周囲に広がるスラムも、初期に対処していればこんな大規模なものにはならなかったのです!」

「先代のご領主殿は甘かったのですよ。なのにクライン殿は今回また、森という場をして同じ轍を踏もうとなさっておられる!」

「そうです! S級冒険者だからと勝手している者がいると風聞が立ったなら、我も我もという輩が出るに決まってる!」


 クライン・アーゲイ・デムドール。

 商業都市ヘルムガドの六代目領主。見ればまだ若く、どことなくあどけなさを顔に残した青年だった。

 一年前に急逝した先代に成り代わり、今は彼が議会の助けを借りてこの街の執政を行っているとのことだ。


「あの森は、魔物の森です……。そんな輩はなかなか現れないかと思うのですが」

「クライン殿もお甘いことを仰いますなぁ」


 フォフォフォ、という笑いと共に首を横に振ったのは、パーマを掛けたように髪の毛がくるくる巻きの壮年男だった。歳は40代ほどだろう。

 事前にエフラディートに聞いていた話によると、確か『議会派』の頭目であるデンガルという貴族だ。太った体躯と弛んだ頬肉が、普段の贅沢な生活を想像させる。


「食いつめ者や犯罪者、森に逃げ込もうという理由ある輩は数多くいるのですぞ、クライン殿。S級冒険者ほどの者が街の許可なく住み着いたとあらば、それは無法者たちの御旗になりかねない」

「で、ですから……デンガル殿。今回私は、彼、コヴェル・アイジーク殿の森への居住許可を『ヘルムガドの街』として正式に発効してはどうか、と提案……させて頂きたく思います」


 クライン殿は声が小さいな。

 自信がないのだろうか、周囲に対してオドオドしているようにも見える。


 エフラディートがクライン殿の言葉に合わせて、なにやら書類を皆に配りだした。

 目を通してみると、それはここ一ヶ月の森における魔物数減少の報告資料だった。


 配り終えたエフラディートが口を開く。


「これは今コヴェル殿が森にて行っている魔物撲滅計画の資料であります。ここ一ヶ月で劇的に魔物の数が減っていることがお分かり頂けるのではないかと。彼が森に住んでくれることは街の未来にとっては大きなメリットであると私は考えます」

「ど、どうでしょうか皆さん。これを以て、コヴェル殿の居住権を認めるわけにはいかないでしょうか」


 伏目がちにクライン殿がエフラディートのあとに続けた。

 するとテーブルでいうデンガル側の席に座った議員たちが、一斉に口を開く。


「今からそれを認めるのは、S級冒険者に我が街が屈したと見られるのではなかろうか」

「愚民は面白おかしい話を選ぶものですからなぁ」

「然り。議会の権威を貶めるだけでしょう、ここはS級冒険者の居住など認めるわけにはいきませぬ。そして今の状況を許したクライン殿には責任を取って頂かないと」


 クライン殿が一つ発言すると、二つ三つの反対意見が飛んでくる。


「だいたい、森の魔物など別に放置しておいてもよろしいのです」

「そうですとも! 二、三年に一回、冒険者どもに魔物狩りをさせれば良いだけなのですから!」


 クライン殿を威嚇するような声で、席を揺らす議員たち。

 しかし彼らとは反対側の席、クライン側に座った議員たちが今度は大声を上げた。


「なにを言ってるのですか! 頻度としてはさほど高くないとはいえ、冒険者総出の魔物狩りは街の予算をたくさん使っています。それを安く代行して頂けるなら、ヘルムガド執政部としては願ってもないことです!」

「そうだ! クライン殿とエフラディート殿が懸案してくださった、この『小人さんパトロール部隊』計画は正しい。大幅な予算削減になる!」


 エフラディートから聞かされていたことだが、この議会には二つの派閥があると言う。

 一つはクライン派。

 領主殿を盛り立てて、領主殿を中心とした従来の形で街の執政を執り行っていこうとする一派。

 もう一つは、デンガル派。。

 領主として後を継いだばかりのクライン殿を糾弾することで、『議会が』街の執政に口を出せる範囲を広げたがっている一派だという。


 数でいうと、クライン派の方が圧倒的少数派か。

 エフラディートもそちらだ。先ほどからの彼女の態度を見るに、クライン殿とは個人的な親交もある気がする。


 俺はといえば、やはりクライン派となる。

 なにせクライン派が俺の『小人さんパトロール部隊計画』を支持してくれる母体だからな。俺としては、この計画を認めて貰って居住権を頂く方向が丸い解決だと思っていた。


「だいたい、そんな胡散臭い『小人型ゴーレム』などという物の話、聞いたことがない」「そうだ。小さなゴーレムを数十体使って森の魔物掃除をした? でっち上げじゃないのかね?」


 その発言に、エフラディートが片眉を上げる。


「冒険者ギルドがデータを捏造していると?」

「そこまでは言ってない。だが都合のよいトコだけを切り取って数字を見せられているのではないか、と不安にはなりますな」

「うむ。なにせ聞いたことすらない『小人型ゴーレム』などというものが出てくる話ですからな」

「はっはっは、眉唾眉唾!」


 言いたいことを言ってくれるじゃないか、こいつら。

 確かにゴーレムってものは大型化よりも小型化が難しいらしい。

 そういえばエフラディートもこの小人さん目当てに俺たちの家に現れたんだっけ、よほど珍しいのだろうな。


 などと俺が末席で無の表情に徹していると、エフラディートがちらりとこちらの方を見た。


「そこなS級冒険者、コヴェル殿は『アイテムマスター』です。しかも『古代工芸物アーティファクト』と呼ばれるいにしえの魔道具にも詳しい」


 持ってるというだけで、言うほど詳しくないけどな。

 詳しさで言えば、絶対おまえの方が上だ。


「だから私は、皆さんを無知蒙昧とは申しません。冒険者でも研究者でもない方々が『古代工芸物アーティファクト』に明るくなくても、それは当然のことなのですから」「我々を侮辱するのか!」

「取り消したまえ!」


 おー始まった。綺麗に着飾った言葉同士での罵詈雑言がしばし飛び交う。

 そんな中、ふと領主であるクライン殿に目をやると、たまたま目が合ってしまった。


 クライン殿は申し訳なさそうな顔で、俺にペコリと軽くお辞儀した。

 貴族、しかも領主という立場のクセに腰が低そうだな。

 それじゃ舐められても仕方なかろうに。


「やめるのだ、皆」


 と、そのとき甲高い声が議会場の中に響き渡った。

 デンガルだ。

 場が静まり返る。


 パーマ頭のデンガルは続けた。


「エフラディート殿、どうかのぅ。それならば、一度我々にその『小人ゴーレム』やらが動いているところを見せてくださる、というのは」

「そうですねデンガル殿。有用性を示すには、見てもらうのが一番話が早いかと私も思います。大丈夫ですねコヴェル殿?」

「えっ!? あっ、……ああ。問題ないと思うが」


 突然話を振られてビックリしてしまった。

 困るぜ、ずっとほっとかれてからの急襲は。


「ならば決まりじゃな。今から拝見させて頂くとしよう」

「今からだって!?」

「急だと問題があるのかな?」


 デンガルが俺を見る。

 頬と同様に弛んだ目じりで、如何にも貴族然とした感じに俺を見下してくる。


 イヤな目つきだ。人を人とも思っていない奴の目。

 貴族にはああいった目で平民を見る奴が多い。

 まあ、そんなに接点があるわけでもないから偏見かもしれんがね。


 ともあれ俺は、失礼のないよう注意しながらデンガルに答えた。


「急なことですし、皆さんの都合は大丈夫なのか、と思いまして」

「なに。このヘルムガドの未来を憂う我々に、そのような気遣いは無用! なあ皆のもの!」


 そうだそうだ、と倣う議員が多数いた。

 デンガル派としては、頭目がそういうのならどうあっても従うに違いない。


 クライン派議員もまた、頭目であるクライン殿の言葉を待っている。

 皆の視線がクライン殿に集まった。


「で、では……」


 クライン・アーゲイ・デムドールが立ち上がった。

 おずおずと、という感じだ。

 弱腰な印象は、結局ずっと拭えないままだった。


「これより皆で森へとむかいましょう。よろしいですかコヴェル殿」

「わかりました。ご案内します」


 10人を超える街のお偉いさんを連れて、俺は家へとむかうことになったのだった。


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小人さん見学ツアーご一行、ご案内ー。


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