第15話 魔物の森パトロール隊


 ヘルムガドの西森といえば、小さな低級ダンジョンが集まっていることで有名だった。


 とはいえ、旨味はもうほとんどないダンジョンばかり。

 ときおり初心者冒険者たちが腕試しに使う程度のものだ。


 放置されていようとダンジョンはダンジョンなので、そこから魔物が這い出てきて森の中を徘徊する。

 森の中はいつも魔物で一杯、普通の人が入り込むのは危険とされる森だった。


 街から依頼された冒険者ギルドが、二、三年に一回、中級以下のギルド員総出で一斉魔物狩りをして、街への魔物災害モンスターハザードを回避しているのが現状だ。


 そんなに大変ならコアモンスターを狩ってダンジョンを潰してしまえばいい。

 実はこれも成されていたことがある。

 だがすぐに新しい『旨味のないダンジョン』が生まれてしまい、数が減らないのだった。


『出てくる魔物も弱くて旨味のないダンジョン』。

 それでいて、数が多くて減ることがないから魔物災害モンスターハザードの危険がある。

 要は面倒くさい森なのだ、ここは。


「エフラディート、いまポケットの中に仕舞った物を出して貰おう」

「い、一枚だけだ。一枚くらい構わないだろう?」

「いーやダメだね。『小人さん』の数は多いんだ、ぶっちゃけ足りないくらいだぞ」

「くぅぅぅうーっ!」


 不承不承といった顔で彼女がポケットから俺に手渡したのは、先日のダンジョンで手に入れた『岩盤のような硬質物質』だった。

 それを俺は、リーリエの中から取り出した『片手斧』で小さなパーツに切り分けてる最中だった。


「それにしても器用ですね、コヴェルさまは」


 横でそう感心しているのはリーリエだった。

 彼女は俺が薄く小さく切り分けた硬質物質を、『小人さん』の服にペタペタ貼り付けている。

「プラモや工作は得意だったんだ」


 前世の話だ。

 なんのことですか? と聞いてくるリーリエを苦笑でスルーしつつ、俺は手を動かす。握っているのが斧だからちょっとばかり使いにくい。いやだいぶか。


 それでも刃を持ってカシカシと当てていけば使えなくはない。

 自分で言うのもなんだが俺は器用な方なのだ。


 まあ。

 器用でプラモが得意といっても、ミリタリーや船のプラモを作ったりしてたわけじゃない。アニメやゲームのロボットプラモを組んでいたくらいである。

 それでもパテでパーツを成形しなおしたり、スクラッチビルドでアーマーや武器を自作する程度には嗜んでいたっけ。


 その懐かしい技能を生かして今、『小人さん』のアーマーパーツを作っている俺なのだ。

 それはなんのためか。


「本当にできるのか? 小型ゴーレムによる森の自警団だなんて」

「この森のダンジョン等級なら十分できるよ」


 小人さんたちには戦闘モードというモノがある。

 一体ごとに見れば小さくか弱い彼らだが、集団になったときの攻撃力は案外えげつない。


 つまりは小人さんたちにこの森の治安を守って貰うことで、俺たちがここに住むメリットを示そうというアイデアだった。


「まさか小型ゴーレムに魔物を狩らせるつもりとはなぁ」

「うまく行けば冒険者ギルド定例の『森掃除』もなくなるし、一般の狩人も森に入りやすくなるはずだ。これは街の利益になるだろう?」


 利益を主張できるとあれば、領主殿を突き上げているライバル貴族や商人たちを黙らせることができる。


「ところでコヴェルさま。この消費ペースだと、小人さんの三分の一くらいにしか硬質物質による鎧を装備させられなさそうですが」

「強化前衛はそれだけ居れば十分だ、残りは後衛や後方部隊として運用する」


 パトロール隊を前衛と後衛に分けつつ、拠点となるこの家では後方部隊として修理などを担当する衛生兵部隊を編成する。

 これで、修理材料と魔力補給の魔石さえ補充しておけば勝手に魔物を狩り続けてくれる番人たちの出来上がりだ。


「だがどうするんだ? 小型ゴーレムたちは複雑なオーダーを受け付けてはくれないんだろう?」

「各隊には判断担当や行軍担当といった感じに行動リーダーを据えることで、疑似的に複雑なオーダーを実行させる予定だよ」


 比較的単純な命令しかできない小人さんたちの中に幾体かの判断担当を据えて、その処理優先順位を設定する。こうすれば疑似的に複雑なオーダーを組めるはずだ。


「……なるほどな。その発想はなかったよコヴェル、キミは頭が良いな」


 エフラディートは感心した顔で褒めてくれたが、こんなの前世でのアプリプログラム的な思考を応用しただけだ。

 小人さんへのオーダーはデジタル的な指示となるので、もしかしてと思ったら存外ハマってくれた。


「あっと、斧が消えた」


 俺の手の中にあった魔法の片手斧が、光の粒子になってリーリエの胸の中に戻っていった。だいぶ硬いものを削っているので、S級ダンジョンの時と同じくすぐにまた斧を取り出すことができない。これは休憩だな。


「リーリエ、いま鎧を貼り付けた強化前衛は何体だ?」

「そうですね。丁度10体です」

「一部隊を任せるには良い数だな。休憩を挟んで一回テストをしてみるか」


 リーリエが用意してくれた軽い昼食を挟み、俺たちは小人のテスト準備をした。

 まず幾つかの個体を、わかりやすいように塗装する。


 全体の行動指針を決めるリーダーは青、クールな司令塔だ。

 戦闘時の行動指針を決める戦闘長は赤、熱血のファイティングカラー。

 移動、索敵を担うのは緑、森の目利きであるレンジャーのイメージ色。

 後衛部隊、レッドと連携して遠距離隊を率いるのはブラック。暗黒の飛び道具使いたちの長。


「よし、各オーダーのインプットも完了した。テスト開始だ!」


 ブルーに状況開始の命を下すと、雑に転がしておいた三十体の小人さんたちが、整然とした列を作った。


 ブルーを中心とした前後陣。

 十体の強化前衛隊と、十五体の後衛飛び道具部隊だ。

 各リーダーはブルーの傍に位置して指令を出す。


 俺たちが見守っていると、グリーンが移動指示を出したようだ。

 彼らは連なって森の中を歩き始めた。


「せ、成功ですかコヴェルさま!?」

「まだまだ。ここからが本番だよ」


 小人さんたちはトコトコ。

 石を避け岩を避け、草木を避けながら行軍していく。

 その速度は早くもなく遅くもなく、人がのんびり歩く程度のものだ。ときおり隊列を再整列させながら彼らは森の中を進んでいった。


「なあコヴェル、もうちょっと近くで観察したいのだが」

「ダメだ。これはあくまでテストなんだから、俺たちが近くにいると状況に支障が出る」

 それでも10メートルも離れていない場所を、後ろからついて行ってるのだ。

 本当はもっと離れておきたいくらいなのだけれど、小人さんたちを見失いそうなので妥協したこの距離なのだった。


 三十分も歩いただろうか。

 エフラディートが目を細めて言った。


「魔物の気配がするな」


 どうやらエンカウントだ。果たしてオーダーは十全に機能するだろうか。


「……小人さんたちの隊列が少し広がりましたねコヴェルさま」

「良い観察眼だ、リーリエ。小人さんたちが戦闘モードに入ったぞ」


 泉のほとりで休んでいた魔狼に、小人さんたちがトコトコ近づいていく。

 そのうちリーダー隊と後衛部隊が歩みを止め、強化装甲を施した前衛部隊だけが魔狼に接近した。


 小人さんたちはカチャカチャと音を立てながら近づいていくので、程なく魔狼はその存在に気が付いたようだ。唸り声を上げて小人さんを威嚇する。


 しかし当然、小人さんたちにはその威嚇は効かない。

 次に魔狼は吠えた。

 離れていても耳をつんざくその遠吠えには、人の心を竦ませる魔力が乗っている。実際リーリエは、「ひっ!?」と小さく身を竦めた。


「だ、大丈夫なのでしょうか小人さんたちは」

「まあ見てろ」


 十体の前衛が、小さな剣を構えて魔狼に突貫していく。

 プスプスプス、と刺す。ザクザクザク、と斬る。ピョンピョンと跳ねる。


「ウォオオォオーーン!」


 吠える魔狼を物ともせずに攻撃する前衛たち。

 噛まれ、振り飛ばされ、地面に踏みつぶされても、彼らは怯まない。向かっていく。


 そして魔狼の目を釘付けにした彼らは見事な連携で一瞬だけ退き、その瞬間を狙って後衛から光の槍が飛んでいった。


 ――光の槍?

 気取った言い回しをしてしまったが、どちらかと言えばレーザー光線といった方が俺の感性には正しい。

 十五体からのレーザー光線はなかなかに強力らしく、一撃で魔狼は動かなくなった。


 倒れた魔狼に群がる十体の前衛。

 プスプス、ザクザク、と。その身体を切り刻む。

 彼らは魔狼にトドメを刺したのだった。


「おいコヴェル、こいつらカワイイなりして割とやることはえげつないぞ」

「お褒めに預かったと思っていいのかな?」

「……まあ、確かにこれなら」


 森のパトロール部隊として仕立てられそうだな、とエフラディートが苦笑する。

 その後俺たちは5時間ほど小人さんたちの後ろをついて歩き、ぐるっと回って家まで帰り着いたのだった。


 その間に倒した魔物は、魔狼を始めとしてコングエイプ三匹、フルムーンベア一匹、スライム二匹、ストライクバード一匹の計八匹。


「驚いた、なかなかの戦果じゃないか。まさかフルムーンベアまで倒すとは」

「後衛部隊の火力が高いみたいだ。前衛は、もうちょっと敵の強さに応じて攻勢と防衛の比率を組み直した方がよさそうだったな。一考の余地ありだ」

「それならコヴェル。先制で後衛部隊の火力を有効活用することも考えていいんじゃないか?」

「確かに。戦闘アルゴリズムはもっと最適化していく必要ありそうだ。――だがまあ」

「そうだな。だがまあ、十分に可能性を示してくれた」


 エフラディートは満足そうに頷いた。


「部隊を増やして、当面これを繰り返していくつもりだよエフラディート。計画を説明して、領主殿たちからいったん時間を貰うことはできそうか?」

「これだけ見せられたんだ。まかしておけ、悪いようにはせんよ」


 よし。決まりだ。


「リーリエ、二日で残りの部隊を仕上げるぞ」

「はいコヴェルさま」


 二日後、小人さん部隊5つが本格稼働。二十四時間体制での森林パトロールが始まる。

 二週間後、冒険者ギルド組織のレンジャー隊による調べにて、森の魔物数の減少を確認。


 ――そして一ヶ月が経ち。


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案外戦闘力の高い小人さんです。数は力だよ兄貴。

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