第14話 S級ダンジョンを封印した二人、注目される
俺たちがS級ダンジョンを封印してから一週間が経った。
元々は二人だけで攻略などという予定はなかったダンジョンだ。この『予定外』の出来事は、冒険者ギルドでも相当話題になったらしい。
一応まだ公にされては居なかったダンジョンの話なのに、である。
人の口に戸は立てられぬとは言ったものだ。
――ざわっ。
俺とリーリエがギルドに顔を出すと、中の空気が一瞬凍った。
後ろに従っていたリーリエが、モゾモゾと居心地悪そうに身じろぎをする。
「コヴェルさま。注目されております」
「気のせいだろ」
「そうでしょうか。どう見ても、皆さんの視線がコヴェルさまに集まっておりますが」
「それを言うならおまえにも集まってるんだぞ、リーリエ」
「気のせいではないこと、わかってらっしゃるではないですか」
”おい、あれが”
”おう聞いた。たった二人でコアモンスターを……”
”S級ダンジョンだろ? そんなことありえるのか?”
「こ、これはコヴェルさん……!」
「やあアムド」
「お久しぶりですね。今日はギルドに何用で?」
「ああ、ギルド長にちょっとな。聞きたいこととかあって」
A級冒険者のアムドが、俺に揉み手で擦り寄ってくる。
最近はずっとこうだ。立場が逆転してしまった。
「さすがコヴェルさんです、あのギルド長に面会できるなんて! で……この間の話の件ですが」
「アムドたちのパーティーをS級に推すって話か? そうだな考えておくよ」
「あ、ありがとうございます!」
A級からS級に上がるには、S級以上からの推薦が必要となる。
つまりこれがどういうことかと言うと。
「だけど俺はまだS級に昇格したばかりだ。そのうち折を見て、な」
俺はD級から一足飛びにS級へとランクを上げられていた。
エフラディート曰く、偉業を為した冒険者がD級だなんてギルドの沽券に関わる問題だとのこと。
確かにそれもそうだ。
そんなの、このギルドに見る目が無かったと大声で喧伝するようなものだろうしな。
大慌てで俺の昇格処理をしたらしい、S級を断っても却下された。
ちなみにリーリエはB級冒険者としてのライセンスを取得した。
同じような理由による措置でもあるのだが、こちらは俺がエフラディートに捻じ込んだ面もある。
リーリエの秘密を守るためだった。
相応の能力があるとギルドに認めさせておけば、彼女が俺に同行してダンジョンに潜ったことも不自然じゃない。
周囲に、彼女の中に存在する『隠し部屋』のことを悟られたくないからな。
「コヴェルさま。エフラディートさまのご用意が整ったそうです」
カウンターで手続きをしてくれていたリーリエが俺のことを呼ぶ。
「じゃアムド、俺は奥に用があるから」
「はい! ご苦労さまですコヴェルさん!」
アムドと別れ、その変わり身の早さに苦笑する。
気分が良いというよりも戸惑ってしまうというのが正直なところだ。
俺が彼に敬語を使わなくなったのも、俺の意思でなくアムドからの申し出だった。
敬語を使っていたら「S級がA級に敬語なんかトンデモない」と口調を改めさせられたのだ。
俺がS級になったらちゃっかり媚てくる辺り、逆に俺は彼を見直してしまう。
冒険者ってのは強いものだよ、と。
「あんな約束してしまってよろしいのですか? 推薦だなんて」
「約束? なんのことだ、俺は考えておくと言っただけだぞ」
「もう。ずるい方ですコヴェルさまは」
俺はリーリエを従えてギルドの二階奥へと向かった。
ギルド長エフラディートの部屋に。
ノックをすると内から返事があったので、中に入る。
「よお、エフラディート」
「やあコヴェル、それにリーリエも。二人とも、とりあえずソファに座ってくれ」
焼き菓子とお茶を勧められた。
ただし今日のお茶は、この間と違って苦すぎない。
「今日はエルフ流のもてなしじゃないんだな、エフラディート」
「もうキミたちを値踏みする必要もないからね。まあ、エルフ殿が居る前で言うのもなんだが、あれは変なもてなしだよ。美味い茶を出した方が良いに決まってる」
エフラディートは、しれっとした態度で肩を竦めた。
ちょっとの嫌味くらいじゃ、この見た目15、6歳の若さに見える老女をやり込めることはできないらしい。
「はいはいわかった。おまえには敵わないよ」
「ふふふ、まだまだエフラディートさまとは役者が違うようですねコヴェルさま」
「おい、こういうときは主人の味方をしてくれるのが従者たる者の姿じゃないのか?」
「申し訳ありません、ですが第三者的視点は大事なものかと」
リーリエは口数が多くなった。
ああ言えばこう言う。そんな場面が増えた。明るくなった、とも言える。
この一週間で、色々と話したのだ。
彼女は『タイプ:リーリエ』を名乗ったときのことを何も覚えていなかった。
だから聞いたのは彼女が奴隷になった経緯。父親のこと。リーリエがまだ若い理由などだ。
だがまあ、その辺の話は機会を見ておいおい。
今はエフラディートがニヤニヤしていることの方が気になる俺なのだった。
「なんだエフラディート。言いたいことがありそうだな」
「いやぁ、仲良くおなりになりましたなぁ。リーリエ、コヴェルに良くして貰えてるかい?」
「はい、エフラディートさま」
ニコニコ笑顔で答えるリーリエだ。
だが俺はこんな正面から言われるのは好きじゃないので、エフラディートの言葉に仏頂面で応じていく。
「うるさいぞエフラディート。お茶がなくなった、おかわり!」
「おうおう、テレてしまってるなぁご主人さまは」
「ふんっ!」
エフラディートが肩を竦めて笑い、リーリエもそれを受けて一緒になって笑った。
まあ別に、こうした平和な笑いが嫌いなわけじゃあないから別にいいがね。
お茶のおかわりを貰い、ひとしきり茶と焼き菓子を楽しんだ頃、エフラディートが足を組み直して俺の顔を見た。
「で、コヴェル。今日はなんの用だったんだい?」
「……件の、紋章の話についてちょっとな」
リーリエから出てくる全ての武器に刻印されている鳥の紋章のとこだ。
あのあと、何回挑戦しても結局魔導粒子砲を彼女の中から取り出すことはできなかったのだが、きっとアレにも刻印されていたことだろう。
「構わないが、私にも話せることは少ないぞ? なにせ言った通り、由来は不明だ。古い古い、いにしえの紋章であろうことしかわからない」
「そもそもそれは、どこの情報なんだ?」
「書物だな。この街の領主殿は、邸宅に大きな図書室を持っていてな。そこで研究手記の本を読んだ」
「なるほど。俺たちもそれを読んでみたい、領主殿と親しいのなら仲介を頼めないか?」
俺がそういうと、エフラディートはなんとも言えない微妙そうな表情を見せた。
なんだ? 俺はそんな彼女が困るようなことを頼んだのだろうか。
「いやまあ、おまえも領主殿も、忙しい身の上だとは思うのだが」
「違うんだコヴェル、そういうのじゃないんだ」
エフラディートは珍しく困った顔で、「うーん」と唸った。
俺の横に座っていたリーリエが、そんな彼女に首を傾げてみせる。
「どうなさったのですかエフラディートさま。言い淀むなどと、エフラディートさまらしからぬ事ではないかと」
「そうだな、私もそう思うよ」
「エフラディートさまも、私の出自には興味津々だったご様子かと思いましたが」
「そうなのだがね」
腕を組んでしばらく天井を見たあと、エフラディートはチラリと俺の方を見た。
「まあ……大したことでもないのだが」
こほん、とわざとらしい咳払い。
これは大したことであるフラグだな。
「キミら二人に対し、丁度いま領主殿はお怒りなのだ」
「はぁ?」
「どういうことでしょうか」
俺とリーリエは顔を見合わせた。
領主殿を怒らせるようなことを、なにか俺たちはしただろうか。
「十分大したことある話だと思いますが……。説明をお願いできますか、エフラディートさま」
「正確には、領主殿を補佐している方々がお怒りなのだがね」
そう言って彼女は肩を竦めてみせる。
「おまえたちが西の森に勝手に家を作ったことが議会で問題にされて、いま領主殿は周囲のライバル権力者たちから突き上げを食らっている」
意味がわからない。
俺は首を傾げながらエフラディートに訊ねた。
「どうしてだ? あそこは魔物が多く住まう森として領主殿は昔から統治権を放棄していたと思ったが」
家を勝手に作ったとしても、自己責任という形で問題にされない土地のはずだ。
ヘルムガドの城門周辺に勝手に住み着いて商売をしている、流浪の民たちとは違う。
「門外バザーの連中が問題にされているのは知ってるが、それとは話が違うだろ?」
「だってキミたち、もう有名人だもの」
エフラディートの答えは簡潔だった。
「放棄してるとはいえ、あの森だって一応は領内だ。そこに『S級冒険者』が勝手に住み着いたというのは、いかにも『この森は俺たちのものでござい』と主張されてるように思われて外聞が悪いのさ」
そんなつもりはないし、住み着いたときはD級だったんだが。
「言いがかりじゃないか?」
「言いがかりだよ」
口の端で笑うエフラディートだった。
リーリエがぼそり、と繋ぐ。
「つまり、議会内で領主さまに難癖をつけたい者がいて、私たちはその材料になった、ということでしょうか」
「そういうことだね。注目されてしまったから」
リーリエに大きく頷きながら、エフラディートは一枚の書面を出した。
「ほらみろ。丁度先日、ギルドの方にもこの問題をどうにかできないか、という打診が領主殿からきた。どうだいキミたち、また引っ越す気はないかね?」
そうすればなんの問題もなく俺たちを領主殿に紹介できるのだが、と彼女は肩を竦める。
「そうだなぁ……」
俺は考える。
ぶっちゃけ、あの家は気に入っている。
場所も、森の中の隠し部屋という秘密を守る上で安心だ。留守のときでも
「どう思う? リーリエ」
「コヴェルさま、その問いは形式的に聞いていらっしゃるものでしょうか。それとも、私の気持ちとして自由に答えてよいものなのでしょうか」
「後者だ、自由に頼む。あそこは二人で作った二人の家だからな」
それでしたら、とリーリエはコホン。
咳払い一つ。
「私はコヴェルさまと作ったあの家を気に入っております。できればこのまま住みたいと思っているのですが……」
「エフラディート悪いな、引っ越すわけにはいかなくなった」
「まあ、そうなる気はしてた」
エフラディートは苦笑しながら腕を組む。
「だが現実問題として、どうするつもりだ? 領主殿たちに名指しで問題視されてる案件だ、ギルドとしても看過できない。まさか領主陣営と冒険者ギルドを敵に回したいわけじゃないのだろう?」
それはそうだ。
その辺は言わばここ周辺の権力中枢、険悪なムードになったならそもそも住み着いてなんか居られない。だから。
「俺たちが森に住み着くことで、街が得られるメリット。それを示して存在を許して貰う必要がある」
「なにかいい案でもあるのかい?」
「なくはない」
へえ、と興味を示した顔でエフラディートは身を乗り出してきたのであった。
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新章開始です。また頑張って書き溜めていかないと!!
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