第4話

 踊る曲も振付も決まれば、あとは個人でダンスの練習をするというのが流れなので、私たちは放課後、雑談するかわりにダンスの練習に励んでいた。スマホの小さな画面を睨みながら、ダンスを試しに踊ってみようとしたけれど、周りの目が気になって、へらへら笑いながら、ふざけることしかできない。すると、友美がこうじゃない? と動画を一度流し見したあと踊りだした。

「え、すご。才能じゃん」思わず言葉が出る。

「え、そう? 簡単だよ。誰でもできるって」といらない謙遜をされる。

 てっきり振付を習得するのに、体育祭に間に合うかどうかギリギリなのではないかと思ったけれど、友美がダンスの講師代わりになることで、何とか乗り越えられそうだという希望が見えた。


 次の日、朱莉は学校に登校してきた。

 まだらに出席と欠席を繰り返していたので、その事自体に驚きはなかった。けれど放課後、朱莉が入学して以来ほとんど初めて私たちに話しかけてきた。

「私にも、ダンス教えてくれない?」

 ちょっと俯き気味に言う朱莉に友美も陽菜も、いいよ。と何ともなさそうに返答した。けれど、雪が降る直前の空模様のように、私の心は重く不穏だった。

不思議なことに、それから放課後だけは朱莉が私たちのグループに入ってくるようになった。移動教室も、弁当を食べる時もいないのに、放課後のダンスの練習だけは朱莉がいる。けれど、友美が主にダンスを指導してくれているおかげで、私は朱莉と積極的に話す必要がなかった。だから、何となく二人で時間と領域を共有する時間が増えるばかりで、心は一向に通わないままだった。

 そして今日の放課後もダンスを踊る。振付を大体覚えた今になって、いくつかの振付が妙に気取っている事に気づき気に障る。腰を揺らしたり、体をうねらせたり、体の曲線を強調させるような振付を踊るたびに心が荒んだ。正直羞恥心を押し殺して踊るのが苦痛だった。それでも、本番で一人だけ踊れないのはもっと恐ろしいから、嫌でも必死に踊り続けた。

 横目で朱莉を見ると、ダンスもわかりやすく下手くそで、きっと朱莉も私と同じ気持ちに違いないと確信した。その共通点が、隙間風のような寂しさを私に思い出させ、私の心をより乾かした。

 陽菜が休憩しようと言って椅子に座ったのを筆頭に、私たちは踊るのを一旦やめた。

「今日カラオケに行かない? 昨日バイト代貰って、お金あるからどうかな?と思って」

「私はいいけど、みんなはどうする?」と友美が言う。

「いいよ。最近ダンスしかしてないし」

「朱莉はどうする?」と友美が聞いた。私は朱莉の顔を見れなかった。

「え、いいの? 行きたいな」

「じゃあ、5時半にカラオケ集合でいい?」と陽菜がみんなに確認をとる。

「あ、私一旦家に帰らないとなんだよね」と友美が言う。

「じゃあ、一旦みんな帰って、カラオケ先に来た人から始めない? どうせフリーだし」と言いながら陽菜がいつものカラオケ店の料金表を調べ始めた。

「いいよ。じゃあカラオケ行った人から部屋番号グループチャットに書いといて」と友美が言って、話は終わった。

 久々のカラオケに高揚して、親にカラオケに行くから遅くなると即座に連絡を入れた。本当はまだダンスの練習をしたかったけれど、友美と陽菜が今から帰るというので、私もそうすることにした。朱莉と二人きりになりたくなかった。

 一人で田んぼに囲まれた道を自転車でかけていく。空が曇っていて、雨が降りそうだから丁度帰って良かったと安堵した。家で制服から普段着に着替えて、小さなカバンに財布と折りたたみ傘だけ突っ込んでまた自転車に乗る。そのままカラオケ店に向かって、着いた頃には六時前になっていた。携帯を確認してみると既にグループチャットに部屋番号が書いてあって、店員にそれを伝えて会計を済ませる。コップにコーラを入れてから部屋に行くと、友美と陽菜が二人で流行りの曲を歌っているところだった。部屋に朱莉はいなかった。私は気にせず、ソファーに座って選曲し始める。持ってきたコーラの炭酸が抜けてきた頃に陽菜が「朱莉来ないね」と唐突に言った。

「あ、そう言えばそうだね」

「あれ、てか朱莉グループチャットにいないよね? ヤバ、どうする?」と友美が言った。

 驚くほどすらりと出てきた、どうする? という問いに、誰も眉を顰めなかった。みんな中学から同じなのだから、朱莉の連絡先を持っていないということはほぼあり得ない。だけど、誰も朱莉に個人的にメッセージを送ろうとしなかった。

「まぁ、いっか。もう結構時間過ぎちゃったし、今更来ても損だよね」と友美が開き直った。

 それを最後にカラオケは続行された。ころころと移り変わる彼女たちの関心が、時に残酷なほどに、関心事以外のことなど気にかけもしなかった。

私は急に美佐が抜けたグループのことを思い出して、今になって、もうちっとも誰かが欠けているような気なんて起きなかった。

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