第3話

 二週間もすると皆、授業風景にも慣れてきて、友人の輪も定着していた。私たちはお互いに、それぞれの生徒がどう分かれたかが、もう何となくわかる。

 私はあれからお弁当を一緒に食べた友美と陽菜と行動を共にしていた。みんなで一緒にお弁当を食べるのが当たり前の毎日で、放課後はただただ教室に残って雑談したり、時々自転車を飛ばしてカラオケに行ったりする。それは全て私が朱莉と一緒にしてきた事だったけれど、朱莉じゃないから楽しくないなんてことは全くなかった。けれど、朱莉と過ごした記憶の破片がチラついて、桶に張られた水が波立つような思いだった。それでも朱莉のいない学校生活は、砂に染みる水のようにゆっくりと、徐々に私の中に浸透していった。

 

 いつの間にか体育祭が間近になって、自習時間は何のダンスを踊るかという話し合いに使われた。一年生は各クラスごとに何かを踊って、発表しなければならないと決まっている。体育館の半分に、一年生が躍るための特別スペースを設けて、境界線のコーンの列の反対側には、誰でも二階席から降りてきて、間近で踊りを見ることができるフリースペースを作るらしい。正面からも上からも、全校の高校生たちにじろじろと見下されながら、私たちは彼らを楽しませるパフォーマンスをしなくてはいけない。

 自習時間の間、クラス委員長と副クラス委員長が教卓に立って、意見をまとめようとしている間、担任の先生は教室の角にある空席に座って、クラス全体の様子をただ見守っていた。

 朱莉の席が空席だということが、いつの間にか珍しくもなくなっていた。

 どこの輪にも入れてもらえないとこうなる。

 自然の摂理によって定められていることのように、誰もそれを疑問には思わなかったし、誰も気にする様子ではなかった。

 いくつか候補を見つけてきたという一番大きな女子グループが、今だけ特別に授業中の使用が許可されているスマホを使って、クラスのグループチャットに動画のリンクを三つ送った。

「女子はこのうちのどれかを踊るのが良いと思いまぁす」

 誰もが聞いたことのある洋楽が、小雨のように教室のところどころから流れてくる。小さな音量で私も動画を流すと、動画では綺麗なお姉さんが慣れた様子でダンスを披露していた。ぴったりと張り付いたヨガパンツと、腹筋が見える短いシャツを着て、活発に踊る女の人に、私は眉を潜めた。この人が踊っているから可愛いのであって、私が踊ったらきっと笑われちゃうんじゃないかな。どうして人前で強制的に踊らされなきゃならないんだろう。しかも下ネタばかりで、セックスや理想の女の外見ばかり話しているような男子高校生たちの前で。

 人前で踊るというのは、その人たちに自分がどれだけ性的魅力があるのか評価して、と示唆する行為のようで、どうしても体育祭が楽しくなるとは思えなかった。

「あと男子はこの曲でいいと思います」

 そういってすぐ、新たな動画のリンクが送られた。今度はノリのいい洋楽に合わせて、キャップを目深に被った白人が踊っていた。数人の男子が不服そうに顔を顰めたけれど、それ以上何もしなかった。

 結局その女子グループと、クラス委員長の間だけで話は盛り上がっていった。私含め、まるで勝手に決められたかのような状況に、クラスの間で不満が生まれているのは何となく肌で感じたけれど、誰も代用案など出せないので、ただ話を聞いていた。そもそも体育祭自体が、私と同じように皆不満なのに違いない。

 踊る曲が決まって、振付も動画の通りにしようと決定されたところで、先生が時間だから、と教卓に戻った。

「思ったより話が上手に進んで、先生抜きでみんなで話をまとめられて良かったです。今日休んでいる朱莉さんに、誰かダンスのこと教えてくれますか?」

「あ、朱莉ちゃん、クラスのグループチャットにまだ入ってなくて」と女子の一人が戸惑いながら言った。誰か連絡先知ってる? と言う先生を他所に、何人かの生徒が私を横目で見たけれど、私はそれを無視した。私が朱莉ともう仲良くないのは、皆も知っていたので、誰も私が知っているかもとは発言しなかった。

「じゃあ、先生の方から伝えておくね。何より、話がスムーズに進んでよかったです。なんだか、クラスみんなでまとまってきた感じがするね」

 そう無難に喜ぶ先生に、私はどこかで、先生という部外者には、やはり何も見えていないのか。と思った。

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