第2話

 結局、あれから朱莉には会わずに高校入学式を迎えていた。入学式の会場でお互いに目が合っても、朱莉は嫌な顔をするでも、にこりと作り笑いをするでもなく、まるで怖い人と目があってしまったとでもいうように、見ていなかったふりをして顔を逸らした。それが不自然にゆっくりと首を動かすものだから、私の方も緊張して何だか体が上手く動かなかった。自分からメッセージを送るにも、なんと書けばいいのかわからなくて、朱莉も何も言ってこないから、結局私たちの間には奇妙な沈黙ができていた。最後のメッセージは、会場外で撮った二人の卒業式の写真で終わっていて、春の陽光のように暖かく笑い合っている笑顔が余計に私の心を乱した。

 結局お互い膠着状態のまま、高校生活を送って一週間経っていた。附属高校とはいえ、新しい顔も数人分あって、新鮮な雰囲気がまだ教室に漂っていた。外部から来た女の子を、既にできていたお友達グループがまるで匿うように輪に入れていて、それは弁当の時間により明確になった。

 高校生にもなったのだから自由にグループを作らせても大丈夫でしょう。という先生のよくわからない配慮で、弁当の時間には教室内にいくつも島ができた。一番大きな女子グループの島が教室の真ん中にできて、その周りにちょこちょこと小さな島ができる。教室の隅に隠れるようにして、中くらいの男子グループの島ができる。その割には、机を動かすのを面倒臭がった男子が、窓辺に座って弁当を食べたりして、ほとんどの教室の男子はそこに群がっていた。

 私は、同中の二人の女子と机をくっつけあって、弁当を食べるのが当たり前になっていた。その内の一人の友美が「ねぇ、朱莉と何かあったの?」と声を潜めて聞いてくるまで、私は朱莉が一人教室の隅で食べているのに気づかなかった。

「ん〜、なんか色々」

「色々って何? 気になるじゃんね?」

 ね? と陽菜にも同意を求める。

興味を持たれているのが気持ちよくて、私は何があったのか話した。もちろん第二ボタンを投げたところは言わないで。

「え〜、何それ漫画みたい。でも、それじゃあこうなるよね」と言いながら二人とも私の話をおかずに弁当を平らげていく。

「いやでも、相手は私も好きって知らなかったからさ」

「何それ可哀そう。気遣ってたんだ? 優香は優しいね」

 陽菜の言葉に友美がすかさず「でも普通、そういうのって気づかない?」と危ういことを言った。あ。

「わかるわかる。意外とわかりやすいよね。そういう誰が誰を好きかってやつ。特に親友同士ならね」

「てか第二ボタン貰うのとか古くない?」

「さぁ? まぁロマンあるんじゃない? わかんないけど」

「なんかそういう漫画みたいなことしたかった的な?」

 会話が川のように流れていく。特に何が起きたというわけではないのに、何故か徐々に輪が強くなっていくのを感じた。何かが目的を持って一定の方向に向かって進んでいく。一見、大したことなさそうなのに、その流れに逆らうのには何故か物凄い抵抗があって、そもそも抵抗する意義もわからなくて、ただ流れに乗って私は黙って弁当の残りを食べていた。卵焼きがいつもより美味しく感じて、冷凍の小さなハンバーグも味がいつもより濃い気がした。

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