夢の月

 ヨンは何処とも知れぬ道を歩いている。

 足の裏が血でべとつく。振り返ると真っ白な地面に遠く遠く地平線までまっすぐ真紅の足跡がついている。

 ふと違和感を覚えた。目が慣れてくると足跡は一つではない。

 獣の足跡。銀色で、ヨンとは違う形の足跡。

 遠くから来てヨンの足跡に一時並び、交差して通り過ぎ、離れて、また戻ってきて、そして今は。

 ぴたりと添うように私の隣を歩いている。

 銀色の足跡の、あなたは。


 刹那、白い地面が砕けて吹き上がりヨンは平衡感覚を失う。

 空が見える。星はまばら。

 星々が霞むほどにまばゆい満月が、驚くほど大きく輝く。

 それは月神だ、とヨンは知っている。


『お前もようやく月に来るはずだったのに』

『地上の苦しみが終わり一緒に暮らせるのを、皆心待ちにしていたのだよ。それなのに、ああ、悔しい』

『月狼め、ついに我らの妹を呑み込んでしまった!』


 月神は何人もいて交互に話すが、その声に怒りや悲しみはなかった。むしろ優しく笑い合うようなその声は淋しかったヨンの心にふわふわと沁み入る。


『仕方がないわ。あの狼と離れずにいなさい。月狼は、呑んだ月を決して捨てはしないから』

『お前を呑んで全部の呪いが外れ、面食らったようだけれどね』


 ヨンは何処かにゆっくり落ちていく。

 姉神たちはくすくすと笑い合っている。


『まったく、月狼ときたら! 我らの光と見ればすぐ追いかける』

『この子に焚火の席を譲ったのだから、まあ赦そうか』


『楽しみに待っていたのに』


『もう何百年かお待ちよ』



『やがてはここに来る運命だもの』





『ふふふ、楽しみだねえ』





――それまでは、地上の光を楽しんでおいで。






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