神託

 礼を言って狼男と別れ、ヨンはようやく月の神殿に辿り着く。折から濃い吹雪が始まって、目の見える人間ならば恐らく前後左右も分からないだろうが、ヨンは風や木々の音から足元の形を読み取って進んできた。

 祭壇を前に、教わった通りの祈りを捧げる。月神は水神でもあって、雪氷は水の霊力の高まったものと言われていた。猛吹雪や雪崩が人々を苦しめないように、冬季の重要な道である湖面の氷が割れて人馬を死なせないようにとヨンは祈る。今代の王は領地拡大に熱心で、近々、東方へ出兵したがっているからだ。

 それから祭壇前に改めてぬかづくと、ヨンの心の内でまた知らなかった本が一つ、ぱたりと開く。


   奪われる者の叫びが上がる

   追いつき、噛みつき、そして全てを得るがよい


 つとめを終えたヨンはまた苦労して森を下り王城へ戻ると、休む間もなく王の御前に参上し神託のことばを報告した。王はかねて準備の東国征伐に神の加護が得られたと勇んで出兵の命令を下す。真冬の大規模な進軍は歴史に類を見ないことでいさめる家臣も中にはいたが、いにしえの領土を奪った簒奪者どもを討つ信託であると王が言えば結局は逆らうことができなかった。

 十日の後に軍隊は王城を発して東進し、そして五日後、主力部隊が大雪崩に遭ったとの伝令が王城に届いた。

 慌てた神官たちによってヨンは再度の神殿参りに出されたが、雪まみれで戻ってきた彼女の報告は王と重臣たちを激怒させる。

 神殿に納められた神鏡が無くなっていた――氷のように青白い顔をして震えながら、ヨンはそう言った。

 月の神殿に立ち入れるのは月の巫女とその侍従のみである。

 王城の神官たちに引きずられるようにヨンはたび神殿へ向かわされ、数年ぶりに同行した神官たちはそこで確かに神鏡が消失し、神殿内のどこを探しても無いという事実を確認した。


「つまりこうか」

 凍え死にそうになって帰り着いた巫女ヨンと神官たちを前に王は、怒りのあまり真っ赤な顔で怒鳴り散らす。

「お前は月の巫女と言いながら、我が国に神の力をもたらす神鏡を紛失した――まこと紛失したものか誰ぞに売りさばいたのかは分からぬがな! そうして神託と言って余に偽りを申し、災いの降りかかる進軍に誘導したのだ。あるいはお前が神の力を悪用し我が軍を雪崩に遭わせたか!? とんだところに謀反者がいたものだ。巫女を装い余と我が国を破滅に陥れんとする邪悪な魔女め、必ずや相応ふさわしい報いをくれてやる!」


 こうして月の巫女ヨンは投獄され、窓の内側に氷柱つららが下がるような極寒の石牢に何日も閉じ込められるうち、王城には出立した軍の被災や敗戦が次々と伝えられて王はいよいよ逆上する。

 巫女の神殿詣でに同行せず神鏡紛失や虚偽信託を招いたと糾弾されることを恐れた神官たちは、これ幸いと巫女の反逆を言い立て王の怒りを煽りながら誘導した――これはヨンがもたらした災い。神鏡を盗まれ力を悪用された神もお怒りのはず。元凶のヨンをもっと責め、神鏡のありを吐かせて取り戻し、生贄に捧げることで神の怒りを鎮めることができるのではないか、と。

 王はそれを良しとし、石牢の一室で『魔女』ヨンに対する拷問が始まった。

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