焚火

 崖の手前、風の防ぎやすいところに焚火がある。焚火は自然に生まれない。人がいる。おかしいな、とヨンは思った。人のほうが雑音雑気が多くてすぐ気付くものなのに、ヨンは初め焚火だけを

 人ではない?

 近寄るのは危険?

 でもヨンはあまりにも冷え切っていて、焚火の熱は魅力的過ぎた。

「こんにちは。旅のお方でしょうか? どうか少しだけ焚火に当たらせていただけませんか。凍えて倒れそうなのです」

 返事はないが、そこにいる人間のようなものが少し位置を変えたのが分かった。ヨンが一瞬動作を躊躇ためらうと、初めて声がする。

「あんた、目が見えないのか。どこに行く?」

「山奥の神殿に参るところです」

「こんな季節にもの好きだな……そこに座れ。右足をもうちょっと出すと丸太に触る。そいつが椅子代わりだ」

 言われた通り、探り探り丸太に腰を下ろす。抱えていた荷物を左側に置く。焚火のぜる音と熱、そして人間の気――これは狼男だ、とヨンは感じ取った。どうしよう。巫女は魔族を退ける力を持っているはずだが、使い方も教わったことがない。

 狼男は人間にとって危険だ。凶暴で、月の夜に出会った人を食い殺す。それに、狼男たちは常に月を追いかけて噛み殺そうとしているという。そしてヨンは月の巫女だ。

 でも寒い。逃げるのも難しい。ヨンは走れない。

 何も考えられないのだ、私はバカだから、とヨンは思い、諦めた。

 他にどうしようもなく、緊張しながら平静を装い火に当たろうと両手を差し伸ばす。その瞬間、横ざまから両の手首を掴まれてヨンは思わずギュッと見えない目をつむった。

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