星の砂漠で狼と

鍋島小骨

面紗の巫女

 冷えた左右の足枷からは同じ側の手枷にも鎖が繋がっていて、木靴はかたく、抱えた捧げ物は重い。

 木々の匂いや風の感触を頼りにヨンは森の中をとぼとぼ歩いていた。ヨンは目が見えない。月に一度の神殿詣では冬には辛い務めだ。銀糸の縁取りがあるという専用の面紗ヴェイル頭巾ウィンプルも寒さを防ぐにはあまり役立たない。

 ヨンは月の巫女である。この国では百年に一度、銀の髪と爪、紺青の瞳を持ち盲目の娘が現れ『月の巫女』となる。巫女は森の奥の神殿へ通うことを義務付けられ、豊穣をもたらす水の安定を祈り神託を得る。だがその道のりが盲目の小娘には厳しい。

 もう歩けないとうずくまればここで死ぬだろう。今日は危険だからと城に戻れば王命にそむき国に災いをもたらす者として厳しく罰せられるだろう。ヨンが望んで得た役目ではないのにこの役目を全うする責任が当然あると言われ、代役もいない。何か逃げ道があるのかもしれなかったが、ヨンは元から頭がゆっくりしていて長くものが考えられず、うまい方法も分からない。

 重い。寒い。風のない雪が降り森の音が聴きにくい。手も足も凍えて痛み鼻先も氷のよう。厳しい凍気の中では呼吸もし辛くなる。泣けば涙が凍るからそれも我慢しなければならない。

 今度こそ私はこの雪山で死んでしまうのかも。

 ヨンがそう考えた時、薄い面紗ヴェイルを通してほんのわずか、焚火の匂いが漂ってきた。

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