第30話 百合おじ、ラスボスに土下座される

「ユリウス・ランプレヒトさんで、間違いないですね?」


 オレの隣に座り、アッシェが語りかけてくる。


「ああ。たしかにな。それで」


 話しかけようとして、オレはアッシェに止められた。


「百合は、すばらしいですよね」


 オレにケンカを売ってくるのかと思いきや、いきなりティナとトマ王子に視線を向ける。


 あの二人、もう店に入っていたのか。


「女性同士の交際、素敵ですね。華があって。男女交際とは違った、趣があります」


 彼の目には、仲睦まじくパフェを楽しんでいる二人しか見えていない。


「ただ、我ら男子は入り込めない。一度踏み込んでしまえば、たちまち『百合に挟まれる男』として罵られる! その点、あなたはわきまえていらっしゃる。実に見事な立ち振舞かと」


 なんだコイツ? 急に力説し始めたぞ。

 

「百合の風景を見るのが、好きなのか?」


「我は男所帯なので。使用人まで、男性をあてがわれてしまいます。なにかといえば『さっさと結婚しろ』と、せっつかれていましたよ。最近、ヤンディーネン嬢と籍を入れました」


 魔王の一族も大変なんだろう。ましてヴァンパイア族となると、相手によっては昼夜逆転の生活になる。

 アッシェはデイウォーカーだから、昼間でも活動できるが。

 

 

「オレになんの用だ?」


「ユリウス・ランプレヒトに、というより、【あなたプレイヤー】さんに用事があるのですよ。ハヤシ 勇利ユウリ殿」


 オレは、イスを弾き飛ばすほどに立ち上がった。


 

 コイツは、オレがプレイヤーであると知っている!

 

 その上でオレに、何をさせようとしているんだ?


 取引、か? オレになんらかの頼み事をして、引き受けなければペナルティを課すと?


「要件を言え。返答次第では、ここで決着を……」


「お願いします!」


 ジャンピングする勢いで、アッシェがオレの側で土下座した。


 マジか。こんなイベント、見たことないぞ。



 

「ユリウス・ランプレヒト殿! どうか、お願いします、ボクを、あなたの弟子にしてください!」



 

「ええ……」


 魔王ともあろう人物が、オレに弟子入りを懇願してきた。


「弟子って、なんの?」


「鍛錬はもちろん、百合のいろはなども詳しく」


 トレーニングしろって言っても、コイツはラスボスじゃん。

 おまけに、百合の文化についても教えろとは。

 

「我は、百合のすばらしさを表面的にしか捉えておりません。もっと奥ゆかしい、あなたならではの支点がおありなんだろうと」 


「待て。どういうつもりなんだ? オレとお前は、天敵のはずだ!」


 オレはプレイヤーであり、アッシェはゲーム上ではラスボスに位置する。

 決して相容れない存在のはずだ。


 事情が、まったく飲み込めない。


「そもそもお前、ラスボスだろうが」


「そのことなんですが、実はもう我は、ラスボスではないのです」

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