第28話 百合は遠い日の花火ではない

 夕方まで、水着姿の百合を楽しんだ。


「来てよかったですね、マーゴット様」



 ティナとマーゴットは、海を見ながらソフトクリームを食って、たそがれている。誰にも邪魔できない空間だ。


「生徒会に誘われたときは、正直抵抗があったけど、入ってよかったね」


「そうですね。ユリウス様もいますし」


 オレへの世辞はいい。


 この場所は、二人で勝ち取った百合空間だ。

 

 オレは壁、いや砂浜でいい。モブとして、この百合を愛でようではないか。


「キミの謙虚さには惚れ惚れするよ、ユリウスくん」


「先輩」


 自分で砂の中に埋れながら、ガセート先輩は寝そべっていた。隠密のつもりなのか、少しでも百合の側にいたいという不純な動機なのか知らんが。


「僕なんて、一ミリでも百合の側に近づきたいって思いが募って、ついつい変装や隠密スキルばかり上げてしまっているというのに」


 不純な動機の方だった。


「このギリギリのチキンレースがいいのさ。百合の近くにいたい。しかし干渉してはならぬ。でも、少しでも匂いを嗅げたら」


 わかる。


 オレだって、百合ゲーを楽しんでいるときは、その香りを堪能したいと思ったものだ。


 しかし、それはダメである。


 百合に男が混じってしまえば、生臭さが際立ってしまう。


 オレたちは無用の長物。


 百合に挟まれたい願望は、駆逐されるべき存在だ。


 オレたちは、産まれてきてはいけなかったのである。 



 

 夜は、使用人たちが釣ってきた魚をさばいて、刺身にした。


 この世界で、マグロやハマチが食えるとは。


 若い肉体に転生して、油ものに抵抗はなくなった。それでも、生の魚が食いたいときもある。こんなところで食えるなんて、番外イベントとはいえ大盤振る舞いではないか。


 刺身は絶品だった。ふぐ刺しまである。コリコリしてウマい。


 百合ップルはというと、珍しい生魚に躊躇しながらも、お互いに食べさせ合っている。

 刺身しょう油に抵抗があったのか、女性陣はカルパッチョにしていた。


「ティナもマーゴットも、生魚は初めてか?」


「はい。でも、おいしいです」



 食後、みんなで手持ち花火を楽しむ。


 普段から自分を押さえて行動しているせいか、生徒会は大はしゃぎしている。


 一方、ティナとマーゴットは、お互いの線香花火をくっつけ合っていた。


 ゲーム世界の娯楽用花火は、現実世界のものとあまり変わらない。複雑なものは流石に作れないようだが、昭和っぽくてオレは好きである。


 それがまた、百合空間に映えるのだ。


 ブワッと燃え盛る勢いと、チリチリと力を失っていく儚さが、実に百合を表現しているではないか。

 

 

 ドーンと、海の向こうで音がした。

 遠くの国で、花火が打ち上がっている。


「アレは、ヤンディーネンくんの国の方角だね」


「そういえば、ヤン王女の結婚式があるとか、言っていました」


 ガセート先輩に続いて、メンドークサが話を進めた。


 学校を追われたヤン王女は、学業をあきらめて籍を入れたらしい。

 かなり裕福な男性だというが、素性はわからないそうだ。


「そのための、里帰りだったのか」


 聞いたこともない国の王子と、結ばれたというが。

 


「百合は遠い日の花火ではない」


「まったくだよ、ユリウスくん。オレたちで、守り抜こうではないか」




 だが、その状況を脅かす事態が発生した。


 学校が、二学期に突入したときのことである。


「転校生を紹介するぞ」


 黒髪長髪で太眉の男が、担任の隣に立つ。


「アッシェ・シュタウプといいます。この度は学生ながら、ここに通っていたヤンディーネン嬢の夫となりました。よろしく」


 

 転校生は、半魔族の男だった。

 しかも上位種、吸血鬼である。


(第四章 おしまい)

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