第5話 百合を許す、おじさん

 オレの発言に、ティナがあっけにとられる。


「というか、許すも何も、オレは特になにも感じていない。愛し合っている同士の邪魔をしていないか。オレはそっちを心配しているんだぜ」

 

 そろそろ、夕日も落ちてしまう。本格的な夜になれば、野盗どころか魔物さえ出てきかねない。


 チョコミント味のクレープを、一気にむさぼった。


「ごちそうさん、王子。さあさあ、二人共。帰ろう。引き止めてすまん」


「いや。重ね重ねありがとう、ユリウス殿」


「気をつけて帰れよ、トマ王子……あ、親しげにしすぎたか」


「トマでいい。では、ボクはこれで」


 トマ王子は、その場から離れていく。


「ユリウス王子、馬車の支度ができました」


 手綱を握りながら、メンドークサが迎えに来た。


「おう。ありがとう、メンドークサ」


 さて、帰りは馬車で話すか。


 ティナをオレの馬車に乗せて、話を切り出す。 


 女の子が隣に座っているなんて、電車の中でもありえないことだった。


 ティナの様子は、「気まずい」って感じ。ずっと黙り込んでいた。

 

 対するオレは、なんの感情も湧かない。おじさんになりすぎたな、オレは。


 オレは時々、自分をサイコパスかなにかだろうかと思う時がある。ガチのサイコパスにはそんな感情が湧かないらしいから、おそらく違うのだろうが。


 とにかくオレは、女性に対しては「女性同士の交際が尊すぎ」としか感じない。幼少期くらいから、ずっとこんな感じである。

 女性を好きになったことも、女性から好かれたこともない。

 恋愛感情なんて、ずっと創作上のものである。


 前世では、親同士もお見合いだった。

 そのためかオレは、豊かではあるが愛に乏しい家庭で育つ。

 親は何でも買ってくれたし、人並みにオレを愛してはいただろう。だが共働きで、ずっと家にいなかったっけ。


 こんな自分に今更、「婚約者ができました」なんて言われてもなあ。

  

「どうぞ、二人は付き合ってくれればいい。もはやこっそりではなく、堂々と交際してていいぞ」


「ユリウス王子は、わたしに愛想をつかしたのでしょうか?」


 泣きそうになりながら、ティナがオレを見つめてくる。

 

「いや。キミは美しいよ。誰もが振り返る、最高の聖女様だ」


「ありがとうござ――」


「だが、オレの思考はそれだけだ。つまりオレはティナに対して、母国ランプレヒトと同じ感想しか抱いていないってわけさ」


 ティナが、黙り込む。


「だがティナ。キミには、キミを大切にしてくれる人が、そばにいるじゃないか。オレなんかより、ランプレヒトに嫁ぐより、キミを大事にしている人と結ばれなさい」

 

「でも、トマ王子の正体は……」


「知ってるよ。女性なんだろ?」


 オレが言うと、ティナが唇を噛み締めた。


「はい。わたしは、女の人を、お慕いしていて」


「だから、別に構わない。どんとやればいい」


 またティナが、塞ぎ込んでしまった。


「どうして隠す必要がある? 堂々としていなさい」


「でも、わたしにはユリウス王子が」


「オレに愛情を持っていないことくらい、全校生徒が知っている。オレだって、キミに恋愛感情なんて持ってない。家族が勝手に決めた婚約者だ。愛情なんて注げないよ」


 あえて、オレはティナを突き放す。


 ここで嫌われたっていい。それこそ徹底的に。

 その方が、彼女のためなんだ。


「着いたよ。じゃあ、気をつけるんだよ」


「ありがとうございます。おやすみなさい」


 オレは手を振っただけで、ティナを見送った。



 

 帰宅後、オレは着替えもせずにベッドに寝転がる。

 

「王子、不器用ですね。あれでは余計に警戒されますよ」


「知るか。それより、放課後に二人を襲った連中の詳細を探るんだ。場合によっては、こちらから出向くことになるやも知れん」


「承知しました。明日の朝までには、手配いたします」


「さっすが! 仕事が早いな」


「では王子、おやすみなさいませ」

 

 メンドークサが指を鳴らすと、オレの服がパジャマに変わった。魔法でお着替えとか、プライベートもなにもねえんだから。


 それにしても、二人を取り巻く障害が多すぎる。

 まあいい。時間をかけて、一つずつ取り除いていくだけさ。

 望むは、二人のハッピーエンドだ。



 しかし、学級新聞にオレがティナとトマ王子を助けたことが、デカデカと載っていたではないか。 


 オレが目立ってどうするんだっての!



(第一章 おしまい)

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