二九章 大泥棒参上!

 ふたりはマンホールから飛び出し、屋敷やしきに向かった。

 屋敷やしきの門はしっかりと閉ざされていた。かぎもかけられている。門は頑丈がんじょう鋼鉄こうてつぼうを並べたもので、ふたりの背丈よりずっと高い。

 じょうは大きくてがっしりした作りで、子供の力ではとてもこわせそうにない。よほどきたえられたおとなでも無理だろう。というより、錠前じょうまえである以上、人の力ではこわせないようにできているのは当たり前だ。

 「この門は開けられないな」

 「そうね」

 エルはケロリとして答えた。

 「それでなにか困ったことある?」

 「全然」

 エルの質問にニーニョは平然へいぜんと答えた。

 門が閉まっている?

 かぎがかかっている?

 それがどうした。こっちは部屋にこもってお勉強ばかりしているいい子ちゃんじゃない。かぎの閉まった門を乗りこえて脱走するなんていつものこと。こんな門を乗りこえるぐらいお茶の子さいさいだ!

 ふたりは身軽に門に飛びつくとスルスルとのぼりはじめた。あっという間にてっぺんまでのぼりきり、屋敷やしきの庭に飛びおりる。まるで木から木へと駆けまわるリスのような身軽みがるさだった。

 ふたりは着地のあとにポーズまで決める余裕を見せて気取って言った。

 「こんな門、北の丘の一本杉に比べたら子供のオモチャみたいなもの」

 ふたりは玄関げんかんに向けて駆けだした。玄関げんかんから入ろうというのではない。門にかぎがかかっている以上、玄関げんかんだって閉まっているに決まっている。

 わざわざ、わかりきっていることを確かめて時間を無駄むだにする気はない。ふたりの目的は玄関げんかんではなく、ポーチ。玄関げんかんの上の張り出しを支える柱だった。

 ふたりは柱に取りついた。スルスルとのぼった。たちまち張り出しにのぼっていた。そこから屋根やねに移り、開いている二階の窓を見つけて屋敷やしきのなかに入った。

 もし、見るものがいれば誰もが舌を巻いただろう。へたな泥棒とろぼうあたりなら『弟子でしにしてください!』と叫んでいたにちがいない。それほどの手際てぎわのよさだった。

 「へへっ。なあ、エル。おれたちって世界一のおお泥棒どろぼうになれそうだな」

 「悪い魔法使いから、きれいなお姫さまをぬすみだすなら手伝うわ」

 エルも笑ってそう答えた。

 入り込んだそこは客用の広間だった。暖炉だんろの上に羽ペンを見つけたニーニョはニヤリと笑ってみせた。こんなときでも生まれついてのイタズラ心は静まらない。

 「記念に」

 そう言うと、壁に大きく書きつけた。


  おお泥棒どろぼうマッキンファーレイ参上さんじょう! 


 するとエルもすっかりよろこんでペンを手にとった。

 「負けないからね」

 

  おんな盗賊とうぞくエスネ推参すいさん


 ふたりは書きつけた文字を見て笑いあった。

 「よし、決めたぞ、エル。おれはおとなになったら世界をまたにかけて飛びまわり、世界中の人をおどろかせる泥棒どろぼう魔術師まじゅつしになる」

 「それは無理ね」

 「なんでだよ?」

 「だって、そうなるのはあたしだから」

 「お前なんかに負けるか!」

 「あたしこそ、あんたには負けないわよ」

 ふたりはにらみあった。視線がちゅうでぶつかり火花を散らした。ふいに相好そうごうがくずれた。ふたりは腹を抱えて笑いだした。

 「よおし、それじゃ勝負だ。そのためにはこのさわぎを早く終わらせないとな」

 「うん!」

 ふたりは笑いすぎて涙のにじむ目でそう言い合った。

 そして、大捜索がはじまった。部屋という部屋をのぞいてまわり、クローゼットをかきまわし、箱を見つければそれがどんなに小さいものでも必ず開けた。かぎが閉まっていて開けられない場合はたたきこわした。

 そんなことをして、なかに《バロアの天体図てんたいず》がおさめられていだらどうする? 箱と一緒にこわしてしまうのではないか。

 そうも思ったけど、『邪眼じゃがんのバロアの双子の子供が作った代物しろものなんだ。そんなにやわじゃないだろう』ということで 遠慮えんりょなくこわしてまわることにした。おかげで屋敷やしきのなかはたちまち残骸ざんがいの山と化した。

 それでも、天体図らしきものは見つからない。捜索そうさく範囲はんいをさらに広げた。天井裏から地下室、庭にある井戸の底にまでおりてさごした。物語によくあるように井戸の底に秘密の抜け道でもあってそこから天体図をかくした秘密ひみつの部屋に通じているのではないか、と思ったのだ。

 結局、そんなものはなにもなく水にれただけだった。屋敷やしきのなかに戻って壁紙かべがみをはがし、絨毯じゅうたんをはぎとり、秘密ひみつの通路やかく部屋べやがないかさがしまわった。

 なにもない。

 物語には付き物のかべひら仕掛しかけひとつ見つからなかった。

 まあ、そんな仕掛しかけがあったとして素人しろうとに見つけられるようなものではないだろう。だけど、自分たちは素人しろうとではない。毎日のように町中を冒険ぼうけんし、野山を駆けめぐり、やぶのなかに巧妙こうみょうかくされた鳥の巣や、落ち葉の下にひそむアリの巣を見つけ、葉っぱそっくりに成りすました虫たちをってきたのだ。観察かんさつがんには自信がある。

 その自分たちになにも見つけられないのだ。仕掛しかけなどなにもないと結論けつろんするしかなかった。

 「この屋敷やしきにはないみたいだ」

 さすがにつかれはてた様子ようすでニーニョが言った。こちらもつかれた様子ようすで肩を落としているエルがうなずいた。

 「そうね。これだけさがしてないんじゃ……」

 「ミレシア家のほうかもしれない。行ってみよう」

 「うん」

 疲れた体に鞭打むちうって、ふたりは次に行こうとした。屋敷やしき玄関げんかんから顔をのぞかせ、あたりの様子ようすをうかがう。デイモンたちの姿はない。

 「よし。だいじょうぶみたいだ。近くのマンホールまで一気に駆けるぞ」

 「うん」

 ふたりは走りだした。するといきなり、エルが立ちどまった。

 「おい、どうした、エル⁉ とまるな、走れ!」

 ニーニョはさけんだ。けれど、エルの様子ようすを見てまゆをひそめた。

 エルはなにやら深刻しんこく表情ひょうじょうをして考え込んでいる。そのただならぬ雰囲気ふんいきにニーニョも思わず声をひそめた。

 「おい、どうした?」

 「うん」

 エルは答えた。

 「あたしたち、勘違かんちがいしていたかも」

 「勘違かんちがい?」

 「そう。《バロアの天体図てんたいず》はかくされてなんかいないのかもしれない」

 「かくされていないのかもって……どういうことだよ? かくされていないなら、おれたちだって知ってるはずだろ?」

 「そうだけど……でも、おかしいと思わない? アカデミーの図書室で見つけたあの本、まち歴史れきしについても、魔王エーバントニアを召喚しょうかんする方法についてもあれだけくわしく書いてあったのに、肝心かんじんの《バロアの天体図てんたいず》に関してはどんなものか、どこにあるかも書いてなかった。それって当たり前すぎて書くのを忘れたってことじゃないの? ほら、ちょうど料理の本で『水を加える』とは書いてあっても水がどんなものか、どうすれば手に入るのかは書いていないように」

 あっ、そうか、とニーニョも納得なっとくした。

 エルはつづけた。

 「それに、あの本にはこう書いてあった。『える天狼てんろう頭部とうぶに立って』って。ということは、少なくともふたりの人間がその場に立てるほど大きなものということよ。屋敷やしきのなかにかくせるようなものではないはずだわ」

 「そうかも知れないけど……じゃあ、なんでおれたちは《バロアの天体図てんたいず》を知らないんだ? かくされてもいなければ、屋敷やしきのなかに置いておけるほど小さいものでもない。それなら誰だって見ているはずだろう?」

 「そうなんだけど。たとえば、見えているのに見えていないとか……」

 その言い方にニーニョはあきれた様子ようすだった。

 「なんだよ、それ? 意味わからないぞ」

 そう言われてもエルだって困ってしまう。彼女にしてもよくわかっているわけではないのだ。なんと説明していいのかわからず、思わずかみをかきむしる。

 「ええと、だから……天体図は見えているのよ。見えているんだけど、それが天体図だって気がつかない……」

 エルはくちびるみしめた。必死に考えをまとめようとする。そんなエルの様子ようすにニーニョも思わず引き込まれた。エルだけしか見ていなかった。

 この瞬間しゅんかん脱走だっそうのベテランであり、注意深いはずのふたりが自分たちの置かれている情況じょうきょうを忘れていた。人を食らう魔物が空を飛びまわるなかで、身をかく物陰ものかげひとつない地面の上に突っ立っているということを。

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