二八章 脱走なら任せて!
世界を
それはある意味、太陽の輝く青空以上に美しい空だった。その空の下に広がるのは
「……なんだか、シュールな絵のなかに入り込んだみたい」
「ああ、おれもそう思う。なんか、こういうのもいいなって思っちまうな」
「うん」
エルも心からうなずいた。
それも体のなかに流れるバロアの血によるものか、それとも、この世界が実際に人間の目から見ても美しいものなのか。
それはわからない。とりあえず、ふたりには関係のないことだった。関係があるのは別のことだった。
ギャア、
ギャア、
ギャア!
ふたりは空を見上げた。
そこには多くの生き物が
だからと言って、ふたりはとても喜ぶ気にはなれなかった。それは怪物だったから。コウモリを子供ほどの大きさに引きのばし、人の姿に
「あれが……デイモン」
「だな。本で見たことがある。たしか『スカヴェット』って書いてあったな。
「……もうデイモンたちが現われるほどになっちゃってるんだ」
自分の大好きな世界、どこもかしこもキラキラと
その世界が少しずつ、でも、確実にかわっていってしまっている。その現実を見せつけられてエルは涙がにじんだ。そして、もし、自分たちがやるべきことをできなければ世界は二度と元の姿に戻ることはないのだ。
「スカヴェットはデイモンのなかでは一番の下っぱだってさ。非力なもんだから自分では戦わないし、
「最低の連中ね」
「そうだな。でも、おれたちを殺すぐらいの力はあるよ、きっと」
「こっちは、なんの力もないただの子供だもんね」
エルは
「こんなとき、英雄物語なら魔物を倒せる聖なる武器とかが手に入るようになってるのにね」
「現実はそれほど甘くないってことさ」
エルが思わず吹きだすぐらい、ニーニョはおとなぶって答えた。
「あいつらはデイモンたちの
「そんなのがきたら、バロアの
「だろうな」
そこでエルははっきりとほがらかな笑顔を浮かべた。晴ればれとした口調で言う。
「じゃあ、その前に《バロアの
「そう、単純。というわけでさっそく行こうぜ」
「うん!」
そうは言ったものの
まだ一〇歳の子供にすぎないふたりだが
なによりもまずあわてないこと。まわりをよく見て、自分の位置と相手の位置を計算し、相手の行動を予測してから動く。それが大事だ。あせって飛び出せば、たちまち見つかり敵の手に落ちることになる。
ふたりは物音をたてないよう静かに歩きだした。
スカヴェットたちはなにをしているのか。ただ飛びまわっているだけなのか、なにか目的をもって行動しているのか。それがわからなければこちらも行動しようがない。それがわかるまでじっと
スカヴェットたちの目的はすぐにわかった。
だが、
スカヴェットは、心をもたないと言われるデイモンたちのなかでも一番の下っぱと言われるだけあって知能も低いらしい。爪も牙も立たないというのに、あきらめることなく
ニーニョはホッと
「とりあえず、
「……うん」
ニーニョの言葉にエルはうなずいた。
まかり
エルはあわてて首を横に振り、その
「あいつらは食うことに
「そうね。でも、忘れないで。ということは、
「ああ、わかってるさ。とにかく静かに、音を立てずに、
アカデミー
ゆっくり、ゆっくり、物音を立てないように。もちろん、
「……なあ、エル」
エルの手を引きながらニーニョが言った。
「なに?」
と、こちらも視線を
ニーニョの声は笑いをかみ殺しているような
「こんなときだけどさ。おれ、すっげえ楽しくなってきた」
「あたしも!」
エルは思わず
――自分は
そんな空想をしながら抜け出したことは何度もある。いまはそれが現実となっているのだ。見つかれば殺される。自分たちが殺されればこの世界は二度と元の姿を取り戻すことはない。レジスタンスの仲間どころか世界の命運そのものが自分たちにかかっているのだ。
なんというスリル。
なんという
「やっぱり、冒険っていいよな」
「うん、最高」
ふたりは
勝手知ったる下水網。
このあたりにはもともと人通りがなかったらしく、
「よし、行くぞ」
「うん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます