二六章 ダナ家とミレシア家、その秘密

 そこまで一気に読んでからニーニョは首をかしげた。

 「変だな。おかしいぞ。おれの聞かされてきた話とちがう。ミレシア家に伝えられている話では、魔王エーバントニアと共に戦ったのはミレシア家の祖先そせんであるマッキンファーレイだ。邪眼じゃがんのバロアに子供がいたなんて聞いたこともない」

 ニーニョの言葉にエルもうなずいた。

 「うん。あたしもそう。『ダナ家の祖先そせんエスネは魔王エーバントニアとともに邪眼じゃがんのバロアにいどみ、これを倒した。そして、邪眼じゃがんのバロアの復活ふっかつそなえてゾディアックのまちを守る役目やくめゆだねられた』って、あたしはそう聞いてきた」

 「邪眼じゃがんのバロアの子供なんてはじめて聞く?」

 「うん」

 「それじゃどういうことだ? この本がまちがったことを書いているってことか?」

 「まさか。そんなはずないわ。この本はフラン先生があたしたちのために、わざわざ用意しておいてくれたものよ。まちがったことを書いているはずがない」

 エルは熱心に言った。『フラン先生がうそをついている』と言われたようで腹が立ったのだ。

 エルの言葉にニーニョは腕組うでぐみして首をひねって考え込んだ。

 「だよなあ、それじゃどういうことだ?」

 「先を読めばきっとわかるわよ」

 「そうだな。よし、早く読んでみようぜ」

 ふたりはつづきを読みはじめた。


 『戦いの終わったあと、魔王エーバントニアは再び次元のとびらを越えて旅立っていった。デイモンの侵略しんりゃくにさらされている他の世界を救うために。

 だが、この世界での戦いは完全に終わったわけではない。裏切うらぎられたバロアの怒りと無念むねんはすさまじく、永遠えいえんの眠りにつかされてなお、その復讐ふくしゅうしんのやむことはなかった。

 自分の封印ふういんやぶれる他のデイモンを呼びよせるために、また、自分の配下はいかとなる欲にかれた人間をさがすために、眠りながら夢のなかで思念しねんを放ちつづけていた。

 バロアは年老いたキツネのようにズルがしこく、暗闇くらやみにひそむヘビのように執念しゅうねんぶかい。疲れることも、あきらめることも知らない。何百年、何千年かかろうといつか再びよみがえり、自分を裏切うらぎった双子と、双子の守ったこの世界をほろぼそうとするだろう。

 このままにしてはおけない。放置ほうちしておければ遠からず他のデイモンたちがその思念しねんとらえてやってきて、バロアを目覚めさせようとするだろう。あるいは、よくかれたこの世界の何者かがバロアの思念しねんあやつられ、復活ふっかつのための手をすかもしれない。そして、魔王エーバントニアは旅立つ前、双子に向かってこう言い残していた。

 「君たちが本当に必要とするときがきたのなら、私は再びやってくる」

 これは予言よげんだ。

 双子はそう受けとめていた。いつか再び邪眼じゃがんのバロアはよみがえり、デイモンたちの侵略しんりゃくがはじまる。魔王エーバントニアはそのことを知っていたのだと。

 双子はそのときにそなえることにした。

 双子が第一に考えたことは自分たちの血をこの世に残すことだった。自分たちの血、すなわちバロアの血こそが次元を越える《門》を開き、魔王エーバントニアをまねくことのできる、この世界を守るふだたる力なのだから。

 バロアの血とたましいを半分ずつしか受けついでいない双子は、親とはちがい不死身ではなかった。この世界にバロアの血を残しつづけるためには子供を作る必要があった。

 そこで双子は自分たちに人間としての名をつけた。双子のうち娘はエスネ、息子はマッキンファーレイを名乗った。それぞれに夫、あるいは妻をめとり、家をした。エスネはダナ家、マッキンファーレイはミレシア家をおこした』


 「なんだって⁉」

 ニーニョは絶叫ぜっきょうした。

 「それじゃおれたちは、邪眼じゃがんのバロアの子孫だって言うのか⁉ そんな……」

 表情が青ざめている。そうと知ってさすがにショックだったのだ。

 「静かに、ニーニョ。とにかく最後まで読んでみよう」

 「……ずいぶん、落ち着いてるな。この本に書いてあることが正しいならおれたちは邪眼じゃがんのバロアの血を引いてるんだぞ。かつて、この世界を侵略しんりゃくし、人々をさんざん苦しめた怪物の血をだ。ショックじゃないのかよ?」

 ニーニョはムッとした様子で言った。口調くちょうにかなりのとげがある。

 エルはこのおてんば娘らしくもない冷静れいせい態度たいどで答えた。

 「充分じゅうぶん、ショックよ。でも、先にあんたにそんなふうにさわがれたら落ち着くしかないじゃない」

 言われてニーニョは言葉につまった。しかめっつらをしてみせた。

 「とにかく、先を読んでみよう」

 エルが重ねて言った。

 ニーニョはしぶしぶなずいた。


 『そして、双子は魔王エーバントニアを召喚しょうかんするために、ふたつのものを残した。

 ひとつは自分たちの血を混ぜ合わせるために作った《ちかいの炎》。

 もうひとつは《バロアの天体図てんたいず》。

 ふたりの体に流れる血も長い年月の間に多くの人の血がまじわり、うすれ、力を弱めていくだろう。そのとき、弱まった力を増幅ぞうふくし、次元を越える《門》をひらけるように。

 そのために双子はゾディアックのまちを築いた。自分たちの子供に対し、ゾディアックのまちに住みつづけ、協力きょうりょくして世界を守りつづけるよう言い残した。

 『そのときがきたなら《バロアの天体図てんたいず》のなかのえる天狼てんろう頭部とうぶに立ち、《ちかいの炎》にふたつの血を燃やせ。そして、ねごえ』と。

 しかし――。

 そこにひとつの問題があった。

 双子はバロアの血を半分ずつしか引いていない。だから、人の心をもった。だが、もし、ふたりの血がまじわれば? ダナ家とミレシア家の間に子供が生まれれば?

 その子はバロアの血を完全に受けつぐ純粋じゅんすいなバロアの後継者こうけいしゃとなる。

 そんな子を生み出すわけにはいかない。まちがっても両家の血をまじわらせてはならない。だからと言ってはなればなれに暮らす、というわけにはいかない。

 魔王エーバントニアを再び召喚しょうかんするには両家の血とゾディアックのまちが必要なのだから。

 同じまちに住みつづけながら、決して両家の血がまじわらないようにしなくてはならなかった。

 そこで両家は一計いっけいあんじた。わざとにくみあうふりをし、あらそってみせることにした。そうすることでお互いに相手の一族に対して好意こういいだかないように仕組しくんだのだ。

 だが、なんということだろう。あまりにも長い間、にくみあい、争う振りをしてきたために、両家のなかで相手をにくむ気持ちが本物になってしまった。

 両家ともに歴史をねじ曲げ、自分たちだけが魔王エーバントニアと共に戦った一族だと主張しゅちょうし、相手を見下みくだすようになった。子供たちにもそう伝えるようになった。そのために両家の間では代を重ねるごとに相手に対する怒りとにくしみは強く、はげしいものになっていった。

 あるいはそれもバロアの影響えいきょうだったのかもしれない。復活ふっかつへの執念しゅうねん思念しねんとなって放出ほうしゅつされ、自分の血を引く末裔まつえいたちを争いへとりたてたのかもしれない。

 いずれにせよ、このままで全面戦争に突入するのは時間の問題だ。まかり間違まちがってどちらか一方だけでもうしなえば、この世界はデイモンたちに対抗たいこうする手段しゅだんを失うことになる。いつか再びデイモンの侵略しんりゃくがあったとき、すべなく蹂躙じゅうりんされることになる。なんとしても両家の怒りとにくしみをかなくてはならない。

 そのために、王はゾディアックのまちにアカデミーを創設そうせつした。ダナ家とミレシア家の子供たちに本当の歴史を教え、新しい歴史をはじめるために。

 だから、この本はいったん、ここで終わりとなる。これから先はアカデミーで学んだ両家りょうけの子供たちによってしるされるべきものだから……』

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