二四章 フラン先生の残したもの
ふたりは同時に駆け出した。
広場を出て、曲がりくねった
そこもまた灰色の世界だった。上品で美しい作りのアカデミーも石と化していた。ふたりが
その中庭もいまでは石になっていた。
庭師のサリヴァンが
たまらないさびしさと悲しさが込みあげてきた。ふたりは
そんな弱気の虫を必死に追い払い、顔をあげる。
メソメソ泣きくずれている場合じゃない。
そんなことしたってなんにもならない。いまはとにかくなにが起きたのか、なんでこんなことになったのか、そして、なによりも、どうすれば元に戻せるのか。それを知らなくてはならない。そのことを教えてくれるおとなたちを捜さなければならないのだ。
ふたりは
それだけではない。どの時間に、どの先生が、どこでなにをしているか。そのすべてを
だって、当たり前でしょう? 先生たちの動きを知らなくてどうして目を
「この時間なら、赤毛のフラン先生は
「よし。まずはそこに行ってみよう」
ふたりは
燃えるようなきれいな赤毛が目印だったフラン先生。若くて、きれいで、
だって、あんなにからかいがいのある先生なんて他にいなかった。ちょっと
それが楽しくてたのしくていつもわざと見つかった。それでいて、育ちがよくて
そのフラン先生はいまもたしかに
石となった姿で。
「フラン先生まで……」
エルはさすがに涙ぐんだ。
いつもいつもからってばかりで本当に悪いことをした。一度ぐらい
そう思うとたまらなく悲しかった。すすり泣きはじめた。
ニーニョはフラン先生の手元をそっとのぞきこんだ。フラン先生が石になっているのに元々、生命のない存在であるペンは元のままだ。
『とうとう、事態は最悪の
この世界を守るためにはダナ家とミレシア家のふたつの血が必要だというのに。そのためにこそ両家はこのゾディアックの|街かまちにありつづけたというのに。
三〇〇年にわたって両家のつづけてきた争う振りがとうとう、彼らの心を本物の
もうこうなってはなにがあろうと彼らが協力することなど望めないだろう。《門》を開くためには両家の血とこのゾディアックの
もし、いままたデイモンの
ああ、それにしてもエルとニーニョはどこにいるのだろう? あのふたりは一緒にいるはずだ。はやく帰ってきてほしい。この争いをとめられるとしたら、あのふたりしかいないのだから。
やはり、ケネス先生の言われているとおり、無理やり
校長に言われた通り、伝えるべきことを書いた本は図書室に用意しておいた。受け付けの上に置いてあるからすぐに見つけることはできるだろう。でも、そもそも、その本の存在をどうやって教える? どうやって、その本を読めと伝えればいい? ああ、はやく帰ってきてほしい。この口で
文章はそこで終わっていた。
戦争が間近になり休校となったので記録をつけていたのだろう。その最中、石になってしまった、というわけだ。
「フラン先生。こんなにあたしたちのことで心配してたんだ……」
エルは涙ぐんだ。先生の心を知って胸が痛んだ。自分は本当に悪い子だった。もし、もう一度やり直すチャンスがあればきっと、いい子になるのに……。
「……エル」
ポン、と、ニーニョがエルの肩に手を置いた。
「おれの教室に行こう」
「教室?」
「ケネス先生はこの時間、
「うん、でも……」
――行ってなんになるの?
そう思う。
フラン先生が石になっているのだ。きっと、ケネス先生だって。ううん、このふたりだけじゃない。校長先生だって、他の先生たちだってきっと……。
――なのに、いまさら
エルの心からどんどん力が抜けていった。もうどうなってもいい。そんな投げやりな気持ちになっていた。そんなエルを支えたのはニーニョが悲しそうに言った一言だった。
「フラン先生を見ろよ。自分が石になっていくのがわかっていたと思うか?」
エルはハッとなった。わからないまま石になってしまったのだとしたらあまりにかわいそうだ。でも――。
自分が
それに比べれば自分がいま感じている不安や心細さなんてなんだというのか。少なくとも自分には自由に動く体がある。生きて、動いているじゃない。だったら、きっとなんとかなる!
エルは笑顔を取り戻した。お日さまのような笑顔に力強い生命力がよみがえった。
「うん、行こう、ニーニョ。最後まで
「それでこそエル、おれのきょうだい分だ!」
ふたりは音高く手と手を打ち合わせた。この生きとし生けるものすべてが石になってしまった世界でただひとつの生き物のたてた音だった。
ふたりはニーニョの教室へとやってきた。ニーニョの言った通り、ケネス先生はそこにいた。エルの思った通り、石となった姿で。
ケネス先生は
きっとまっていたのだ。休校になったとはいえあるいは誰かひとりでも生徒がくるかもしれない。そのたったひとりの生徒のために
「……ったく、こんなときまで、らしすぎるよ、先生」
ふたりはそっとケネス先生に頭をさげた。それから、教室をあとにした。
校長室に向かった。きっと、
校長室はある意味、校内で一番ふたりに
校長室の大きくて立派なドアはなんとなく
「失礼します」
校長に呼び出されたときのようにそう言ってドアを開けた。
なかに校長はいた。いつもそうだったように
ふたりは静かに校長室のドアを閉めた。
それからも校内のいたるところを
先生だけではなく、
きっと、急用かなにかでよそにいたのだろう。そこで石になってしまったのだ。もし、石になっていなければなにが起きたのかとここにやってくるはずなのだから。
ふたりはいよいよ
あきらめるつもりはない。
でも、なにをすればいい? なにができる? それがわからない。
誰かに教えてほしかった。誰でもいいから助けて、と
――おとななんて。
そう思っていた。
――あたしたちは自分たちだけでなんだってできる。おとなはバカだからそれがわからないんだ。だから、あんなに口うるさく言うんだ。
まったく、なんて
なんでもできる?
なんにもできないじゃない。なにをすればいいのか
「図書室に行こう」
ふいに、ニーニョが言った。
「図書室?」
エルは目をパチクリさせた。まわりの人はみんな意外に思うのだが、図書室はふたりにとって校長室と同じくらい
そこには世界各地の伝説や英雄物語をおさめた本や、
――きっと、世界をまたにかける
いまではもう
その頃のことを思い出すと涙がにじんだ。
「フラン先生が書いてただろう?」
ニーニョが言った。
「『伝えるべきことを書いた本は図書室に用意しておいた』って。きっと、いまのおれたちに必要がことが書いてあるはずだ」
「そうか! 『受け付けの上』って書いてあったわね」
「ああ。行ってみよう」
「うん!」
ふたりは図書室に向かった。本はすぐにわかった。受け付けの上に一際、大きくて
きっと、この本がフラン先生の書いていた本にちがいない。これを読めばきっとなにが起きたのか、どうすれば世界を元に戻せるのかわかるはずだ。フラン先生は困らせてばかりいた
――ありがとう、フラン先生! それに、ごめんね。世界を元に戻したらきっといい生徒になるからね。
心のなかでそう
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