一七章 野暮らし、満喫中!
その言葉通り、ふたりは楽しい日々を
なんで、他の人たちはこんな暮らしをせずに
食べられるハーブや
キノコもあちこちで見付けたし、野性のイモ類も見つかった。これはありがたい発見だった。イモはおいしいし、なんといっても草とちがってお腹にしっかりたまる。
野性のイモは小さくてヒョロヒョロしているけど味がギュッとつまっていておいしかった。エルもニーニョもそのことに感動して思わず声をあげたほどだった。
とくにおいしい
そんなわけでふたりはちっともお腹を
ただ、何日かすると問題や心配な点も目立ってきた。
第一にトイレの問題があった。これは
――英雄物語には森や無人島で過ごすシーンもよくあるけど、トイレの問題だけは出てこないのよね。その辺、どうなってるんだろ?
エルは真剣にそう
結局、近くにある小さなほら穴をトイレにすることにした。その奥に穴を
いずれは壁に穴を開けてほら穴同士をつなぐことにしよう。そうすれば雨が降ったときも
壁に穴を開けるのは大変な作業だし、時間もかかる。でも、問題はなかった。時間はこれから先、いくらでもあるのだから。
トイレの問題が片付くと、次にほら穴の入り口にとりかかった。ドアがなくて開けっ放しなので風や
そこでふたりは入り口にドアを付けることにした。ドアそのものは落ちている木の小枝をひろって
そのときは『こんなこと!』なんてバカにしていたけれど、いまになってみれば感謝、感謝だ。世の中、どんな経験が役立つがわからない。と、
ドアはできた。でも、どうやって取りつければいいかがわからない。単に立てかけただけではすぐに倒れてしまいドアの役には立たない。
といって、ほら穴の土壁に直接、取りつけることはできない。そのためには普通の家に使われているような
ふたりであれこれ考え、話しあった
これなら多少ぎこちないとはいえ開くことができるし、普段はちゃんと閉まっている。まだ少し
入り口のもう一方の
これで風に吹かれることもなくなるし、夜中に動物が勝手に入り込んでくるのを防ぐこともできる。
もちろん、大きくて力の強い動物までは防げない。でも、ゾディアックの
ニーニョは男の子らしく、エルのような食器類や着替えはなにひとつもってきていなかったけど、野外生活のための道具はたっぷり用意していたのだ。
ただ、ドアをつければ当然、外の日差しは入らなくなる。ただでさえ暗かったほら穴のなかは一層、暗くなった。地面の下の
とりあえず、小さなランプを
それでもそう何日ももたないだろう。近いうちになんとか油を手に入れる必要がありそうだ。
そんなこんなで着ている服はどんどん汚れていった。家にいる頃は服の汚れなんてちっとも気にしなかったのに、こうしてだんだん汚れていく服を着ているとなんだかひどく気になる。みじめな気分になってきた。まるで
なにしろ、家にいる頃はどんなに服を汚しても翌日は洗いたてのきれいな服を着ることができたのだ。
汚れっぱなしの服を着ていることなどなかった。それもこれも家のメイドが毎日、洗濯してくれていたから。
『汚れなんて!』なんて、のんきなことを言って飛びまわっていられたのはすべて、
とにかく、汚れっぱなしにしておくわけには行かないので
池の
たった一、二枚の服を洗っただけでこれだ。
――うう。あたし、屋敷のメイドたちにとんでもない仕事を押しつけてたのね。
エルは生まれてはじめてメイドに
そう
ともかく、服を洗って広げてみた。ガッカリした。あまりきれいになっていない。石にこすりつけたせいでヨレヨレになっただけで、汚れはほとんどそのままだ。とくに
「……だいたい、ここまで汚れたのだってわざと汚すような食べ方をしていたからなのよね。家で言われていたみたいなきれいな食べ方をしていれば、ここまで汚れずにすんだのに」
マナーにはちゃんと意味があったのだ。エルはいまさらながらにそのことに気がつき、ため息をついた。
とにかく、一度ついてしまった汚れは放っておいても消えてはくれない。
メイドが作っているのを見たことがあるし、おもしろそうなので一、二度、手伝わせてももらった。だから、作れないことはないだろう。ただ、
「
ニーニョはそう言っていたけど、林のなかを
「やっぱり、着替えをもってくるべきだった」
と、くやしそうに言いはじめた。
けれど、一番の問題になったのは食べ物だった。緑の丘は食べ物豊富だからお腹を
でも、『お腹が
「パンが食べたいよなあ。こう、大きくてフカフカでさ。丸かじりすると
ニーニョがある日、そう言った。エルも思わず頭のなかに真っ白なパンを思い浮べていた。たちまち、口のなかいっぱいに
「焼きたてのパンの香りってそれだけでうれしいもんね」
「それにチーズ。じっくり寝かせた
「うちのメイドがよくパンケーキを作ってくれたの。小麦粉とミルクと卵を
「コーヒーにチョコレート」
「甘いミルクティー」
「おいしかったなあ」
ふたりは声をそろえて言った。
一度、口に出すともうとまらなかった。頭のなかにパンやら、チーズやら、
口のなかいっぱいに思い出の味が広がり、いてもたってもいられない気分になった。この暮らしでは手に入らないものばかりだとわかっているから、なおさらほしくなる。
何がなんでも手に入れたくなった。でも、どうやって?
ほら穴の上の丘は広い草地だから、小麦をまけば小麦畑にすることはできるだろう。でも、
第一、
ハチミツは手に入る。林のなかには野性のミツバチがいるからだ。でも、ジャムやバターやチーズは無理だ。ジャムに関しては原料となる果物は手に入る。でも、加えるための
バターやチーズを作るにはミルクが必要だ。そのためには
どうしても必要ならウシかヤギ、せめてヒツジをどこかの農場から
まして、お茶やコーヒーやチョコレートは遠くから運ばれてくる
つまり、『満足のいく生活』を送るためにはいやでも買い物をしなくてはならない、ということだ。
――自分たちだけで暮らしていけると思ってたのに……甘かった。
自分がいままでなに不自由のない暮らしをしていられたのはすべて、どこかよそで他の人が働いてくれていたからなのだ。そのことを思い知らされ、落ち込むエルだった。
――銀の
そうも思った。
でも、銀の
第一、服やパンはこれから先、ずっと必要なのだ。いくら銀の
それに、いまになって気がついたけど、銀の
なにしろ、エルもニーニョも毎日のように町中を冒険していたおかげで町中の人に顔と名前を知られているのだ。
そして、ふたりが家出したことはとうに町中にしらされ、探されているはず。そんなところへノコノコ出ていけばたちまち捕まってしまう。そうなればもう二度とこんな暮らしはおくれない。
いくら、おとなたちがバカだって、自分たちがどうやって逃げ出したかぐらいはわかっているだろう。今度こそ絶対に逃げられないよう完全に閉じこめるはずだ。
そうなったら
エルはその不吉な
いくらおいしいパンケーキのためでもこの暮らしは捨てたくない。
でも、パンケーキは食べたい!
そのふたつの思いに
解決策を考えついたのはニーニョだった。ニーニョの
その日からふたりの新しい仕事が加わった。魚や貝やキイチゴをとれるだけとってはせっせと
「あんたって、こういうこと、ほんとによく知ってるわよね。ミレシア家のお
上流階級ではこんなことは教えないはずだ。教えることと言ったら
教えられること言えばそんなことばかり。野外料理なんてひとつも教えてもらえなかった。
少なくとも、自分はそうだ。
ミレシア家ではちがうのだろうか? それとも、ダナ家でも男の子はやっぱり、こういう生き延びる
エルが感心するとニーニョは思いきり胸を張った。素直な
「へへー、すごいだろ。実は冒険家のおじさんがいてさ。そのおじさんからいろいろ教わってたんだ」
「へえ、そんなおじさんがいたんだ」
「ああ。若い頃に『一生、
「うわっ、なにそれ。超カッコいい! いいなあ、そんなすてきなおじさんがいるなんて」
「へへっー。そうだろ、そうだろ。父さんは『一族も故郷も捨てたろくでなし』なんて言ってるけどさ。おれはこのおじさんが大好きなんだ。いつかはおじさんみたいに世界中冒険したいと思ってるんだ」
「うん、わかるよ、それ。すごくわかる。やっぱり、ひとつの
「ああ、その通りさ。おれはやるぜ。おとなになったら
「あたしも一緒だからね! ひとりでそんな楽しいことしたら許さないわよ!」
「わかってるって。おれたちは一緒だよ、
「よっしゃ、
ふたりはパアンと音高く手を打ち合わせた。
干し魚や
見つけるのはむずかしくもなかった。花の咲いている所に行って、しばらくまっていれば、ミツバチの一匹や二匹はすぐに飛んでくる。そのあとを追いかけていけば巣は見つかる。
そうして見つけた巣は見事なぐらい大きなものでズシリと重そう。これならなかにはたっぷりと
ふたりはそれを見て『しめしめ』と舌なめずりした。
そして、作戦ははじまった。ミツバチたちを
生のハーブなので火をつけても燃えあがらない。
ふたりとも
大きな音を立ててミツバチを
ミツバチは
ミツバチたちは
ニーニョはその
これでもうだいじょうぶ。
ふたりは
「さあ、これでこれからはパンだってケーキだって食べられる。替えの服だって手に入るぞ」
「うん、楽しみだね」
ふたりは目を輝かせてうなずきあった。
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