一五章 王立騎士団

 エルとニーニョ。ふたりの家出は当人たちが想像もしなかった事態へと、まち全体を放り込みはじめた。

 ダナ家とミレシア家、双方の当主とうしゅは話を聞くと、『一族の一大事!』とばかりに配下はいかの全騎士団に号令をかけ、総出そうで街中まちじゅう探索たんさくさせた。

 まちのなかをよろいをまとい、やりを構えたいかつい騎士たちが走り回り、似顔絵を描いたポスターを張ってまわり、人々に尋問じんもんする。赤と白のよろいをまとった騎士同士が小競こぜりいを起こす。そんな姿があちこちで見られるようになった。

 穏やかな天空のまちはただならぬ喧騒けんそう緊張きんちょうかんに包まれるようになった。なにしろ、騎士たちにとっても当主とうしゅ直々じきじき厳命げんめいだ。見付けだせないことには自分の身が危ない。というわけで人々への尋問じんもんはどうしてもうたがぶかく高圧的なものとなった。

 少しでもあやしいと思えば店でも、家でも、住人の反対を押し切ってなかに入り、捜索そうさくした。当然、人々の評判は悪く、なかには堂々と反抗して喧嘩けんか沙汰ざたに発展することもあった。平和で穏やかだったまちは一夜にして戦乱状態におちいったように思えた。

 そして、もうひとつ。両家におとらず、いや、それ以上にこの事態に危機感を抱いた組織があった。王立アカデミーだ。

 校長室にエルの担任であるフラン先生とニーニョの担任であるケネス先生が呼ばれ、校長先生から事情を聞かれていた。

 「ふうむ。やっかいなことになりましたね」

 ふたりから事情を聞き終えた校長はふたりに背を向け、窓から外を見ながら言った。

 「申し訳ありません!」

 フラン先生が燃えるような真っ赤な赤毛を勢いよくさげた。

 「まさか、あのふたりがこんなことをしでかすなんて……やはり、わたしが甘かったようです。ケネス先生のおっしゃっていたとおり、監禁かんきんしてでも必要なことを教えておけば……」

 「いや、フラン先生」と、ケネス先生。

 「こんな事態を予想もしていなかったのは私も同じです。それに『監禁かんきんしてでも』と言ってはきましたが、考えてみれば、そんなことをしていたらもっと大変なことになっていたでしょう。ダナ家もミレシア家も、もともと王立アカデミーに一族のものを通わせることに反対でした。監禁かんきんしようものなら騎士団を総動員してでも取り戻しにきたでしょうし、そのまま両家が激突していたかもしれない。そんなことになったらなにもかも台無しです」

 「たしかに」

 と、校長先生。しみじみとうなずいた。

 「ダナ家もミレシア家も『一族のものの教育は一族の手で行なう。よそ者の手など必要ない』の一点張りでしたからね。それを説得し、通わせるようにするのは大変なことでした。それを考えると無茶はできないところです」

 「ああ、でも、なんでこんなことに……」

 フラン先生はいまにも泣きだしそうだ。自慢の赤毛を振り乱し、なげいてみせる。

 「両家とも、この世界を守る使命をもつ特別な一族なのに。その一族同士で争うなんて……」

 「皮肉なものだ……」

 今度はケネス先生がむっつりと言った。

 「両家の血は決して交わってはならない。同時に、このゾディアックのまちにありつづけなくてはならない。その矛盾むじゅんする命題めいだいを両立させるために両家は昔から憎みあい、争う振りをしてきた。その振りがいつのまにか本物となり、本心から憎みあい、争うようになってしまうとは……」

 「その通りです」と、校長先生。

 「いまや両家は本当の歴史を忘れ、自分の家系のみに都合のいい話を作りあげ、子供たちに伝えています。国王陛下はそれをうれいたからこそ、両家の子供たちに本当の歴史を伝えるために、この王立アカデミーを開設かいせつしました。だからこそ、あれほどの無理をして子供たちを通わせるよう両家を説得したのですが……」

 校長先生は深いふかいため息をついた。

 「ともかく、我々は我々のすべきことをなさなくてはなりません。フラン先生、ケネス先生。エルくんとニーニョくんは一緒にいるのですね?」

 「はい。おそらく……」

 と、フラン先生。九割までは自信があるけど、残り一割に自信がもてない。だからつい、言葉をにごしてしまう。そんな言い方だった。

 「あの子たちの仲間に聞いたところではみんなで《バロアの丘》に向かい、あのふたりだけが最後まで残っていたそうですから」

 「しかし、一度は帰ってきた。まさか、校長先生。あのふたりがすでに邪眼じゃがんのバロアに意識を乗っ取られているということは……」

 「それならとうに《門》は開いていることでしょう。ダナ家とミレシア家の人間が操られたとなれば、普通の人間が操られた場合とは危険度がちがいます」

 「たしかに。となると、その点だけは安心してよさそうですな」

 やれやれ、と、ケネス先生は深い息をいた。

 「とにかく、一刻いっこくも早くふたりを見付けださなくてはなりません。あのふたりが見つからないことには両家の争いをとめることはできないでしょう。全面戦争とまではいかなくてもまち分断ぶんだんし、自分たちだけで生きていこうとするかもしれません。そんなことになったら終わりです。

 ダナ家、ミレシア家、そして、《バロアの天体図》。この三つは守られつづけなくてはいけません。どれひとつ欠けても『その時』にそなえられなくなります。なにより、あの両家の血が交わることだけは防がなくてはなりません」

 「ふたりはまだ一〇歳です。血が交わる心配はないと思いますが……」

 「子供はすぐに成長するものですよ、フラン先生。おとなが思っているよりずっと早くね」

 「はい……」

 「ふたりの仲間にくわしいことを聞いてはみますが……」と、ケネス先生。

 「正直、人手がありません。教師として、他の生徒を放っておくわけにもいきませんし……」

 「そうですね」

 校長先生は深々ふかぶかとため息をついた。やがて、禁断きんだんとびらを開くような重々しい声で言った。

 「国王陛下に王立騎士団の派遣はけんをお願いしましょう」

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