一三章 カケオチしてやる!(でっ、カケオチってなんだ? byニ−ニョ)
そして、エルは自室に放り込まれた。驚いたことに、窓にはしっかりと木の板を打ち付け、開かなくしてある。どなり散らしている間に使用人に命じてやらせていたにちがいない。今度というこんどは親も本気のようだ。
ニールはおまるを一緒に放り込むと娘に言った。
「自分から
音高くドアを閉め、
怒りが冷めないのだろう。ドスドスと貴族らしからぬ乱暴な足音を立てて去っていく。ドアに耳を押しつけるとどなり散らす両親の声がはっきり聞こえた。
「こんなことになったのも王立アカデミーなどができたからだ。おかげでミレシア家の
「そうですとも。子供の教育は家庭教師を
「その通りだ。それなのに、王家がよけいなお
「ええ、そうですとも。アカデミーなんかに行かせなければ、あの子もきっと
「その通りだ。二度とアカデミーなどには行かせんぞ」
「ええ、まったくですとも」
それを聞いてエルは飛び上がった。
アカデミーをやめさせられる⁉
これはまったくの一大事だった。サボってばかりだったけどでも、アカデミーがきらいだったわけじゃない。
が、
そして、かわりに家庭教師をつけられ、部屋に閉じこめられ、
「冗談じゃないわ!」
エルは叫んだ。ドスドスと乱暴に部屋のなかをうろつき回った。小さな体いっぱいに怒りがみちあふれ、とてもじっとしていられない。頭から湯気を吹きあげながら叫ぶ。
「なんで、あたしがそんな目に合わなくちゃならないの! あたしには自分の人生を生きる権利があるはずよ。こんなのギャクタイだわ、ゴウモンだわ」
怒りのあまり自分でも意味のよくわからないことを口走る。それぐらい、頭にきていた。なにより、これきりニーニョに会えないというのが
――せっかく友だちになったのに、きょうだい分にまでなったのに、どうしておとなの
そんなの
エルはそう思う。
――だいたい、おとなたちだって何でそんなに仲が悪いのかわかってないんじゃない。先祖代々のシキタリかなにか知らないけど、そんなことに
あるわけがない!
エルはキッパリと判断した。
「そうよ。そんなものに
でも、どうしよう?
どうすれば、おとなたちを出し抜けるんだろう?
「そうだ! カケオチしよう」
エルは叫んだ。それはすばらしい考えに思えた。
『駈け落ち』などという言葉の意味を正確に知っているわけではない。それでも、母親の好きな芝居によく出てくる言葉なので『男と女が一緒に家出する』という意味であることは知っていた。
――そう言えば、母さまのとくにお気に入りのお芝居に『いがみ合うふたつの家の娘と息子が恋に落ち、カケオチする』っていうのがあったっけ。いまのあたしとニーニョにピッタリだわ!
親の無理解に負けずに自分の意志を
――そうよ。きっとニーニョだって同じことを考えてる。なんたって、きょうだい分なんだから!
ニーニョと無理やり引きはなされた
「さあ、そうとなったらこの
エルは舌なめずりした。窓には木の板が打ち付けられ、ドアにはしっかりと
「甘いのよね。しっかり閉じこめたつもりでしょうけど、ここはあたしの部屋。一〇年間、暮らしてきた部屋だもの。なにをどうすればいいのかはちゃんとわかってるわ。
言いながらベッドの下から脱出用の道具を詰め込んだ袋を取り出す。
祭りの場に参加するために部屋を抜け出す
でも、さすがにもうすこしまったほうがいい。いまはまだ親やメイドたちも起きているだろうし、人の目があるだろう。もう少し時間がたって、みんなが寝静まった頃に行動を開始するのがいい。
エルはベッドに飛び乗り、大の字になって時をまった。
もちろん、眠り込んだわけではない。これからの新生活のことを考えていたのだ。なにをしようか、どう暮らしていこうか。考えれば考えるほど素敵に思えてくる。いくらでもすばらしい考えが浮かんできた。あまりにもおもしろかったので時間を忘れて
「さて、そろそろいいかな」
充分に時間をつぶしてからエルは
大きなザックを取り出し、そのなかに着替え一式と毛布を詰め込む。それから、好きな花の
「そうそう。これは置いていけないわね」
言いながら手にとったのは一冊の本。伝説の英雄の冒険を描いた幼児向けの大きな絵本だ。
エルは幼い頃、この絵本を
――そうか。これこそ、その冒険のときなんだ。
そう思うと
ここはあちこちから子供をさらって閉じこめては自由を奪い、世界征服のための兵士として
でも、自分はそんなものに
見つかれば
大きなザックに大切な絵本を詰め込み、背に
「やった!」
と、エルは小さく叫んだ。
しょせん、安全な
エルは音を立てないよう
最悪の予想にエルは身を
――だいじょうぶ。あたしはそんなドジじゃない。どうすればいいかちゃんとわかってるんだから。
勉強なんかちっともしなかったけど、古代の英雄伝説は大好きでよく読んでいた。そして、その手の物語にはたいてい、敵に
まずはかすかにドアを開ける。誰かが外にいても気付かれない程度に。その
あわてずに、あわてずに。落ち着きが
だいじょうぶ。人のいる
うん、いいぞ。やっぱり誰もいない。
ドアを開き、
ゆっくり、ゆっくり、差し足、抜き足、忍び足。物音を立てないよう静かにしずかに。物音を立てないように気をつければつけるほど胸がドキドキする。
あんまりドキドキするのでその音で誰かに気付かれるのではないかと思うぐらい。
その
思わず笑みが浮いていた。
だいじょうぶ。誰も出てこない。誰も気付いていない。やっぱり、脱走のタイミングとしては最高だった。
さんざん心配させてようやく帰ってきた夜遅く。いや、もう明け方だ。東の空は明るくなりはじめていることだろう。そんな時間に
それでなくてもみんな一晩中、
エルは一階におりるとまず
ああ、それにお湯をわかすためにはヤカンがいるし、料理をするためには
というわけで、エルは
もちろん、そんな必要がないのが一番だし、必要なものは自力で
「でも、
と、
これからはじまるせっかくの新生活。自分たちの力だけで必要なものを手に入れ、暮らしてこそ価値がある。それなのにあまりに色々もっていっては
それに第一、それでは
だから、エルがザックにつめたのはナイフとフォーク、スプーンが二本ずつ、小さな皿が二枚、それにやっぱり小さなヤカンと
それですべてた。最低限、どうしても必要と思えるものだけにした。高価な銀の
とにかく、必要なものを手に入れてエルは
エルの部屋にかかっていたちゃちな
「
エルはイタズラっぽく笑うと
音を立てないようそっと開き、外に出た。やはり、音を立てないよう気をつけて静かに閉める。そのとたん――。
――やったあっ!
心のなかで解放感が爆発した。
これでもうコソコソと抜け出す必要なんてないのだ。思いきり足音を立てて駆け出せる。そうしても、もう誰にもとがめられることはないのだ。
そうだ、あたしは自由だ!
その喜びが体のなかで爆発した。駆け出していた。体のなかにエネルギーが満ちあふれて一時だってじっとしていられない。息をはずませて思い切り駆けた。
思っていた通り、東の空はすでにぼんやり
エルは目指す場所に向かって駆けた。
空に浮かぶゾディアックの
駆けているうちにエルの胸に小さな不安の
――本当にニーニョと会えるの?
ニーニョも同じことを考えるものとばかり思っていた。
でも、本当にそうだろうか?
ニーニョはそんなことは考えないかもしれない。おとなしく親に
不安は一度、
そう思うとさびしさに胸が押しつぶされた。涙が浮かんできた。思いきり頭を振って
「そんなはずない……!」
小さく叫ぶ。
「ニーニョはそんな子じゃない。絶対、まってくれてる。約束したんだから。きょうだい分になったんだから。ぜったい、ぜったい、あたしと同じことを考えているはずなんだから!」
そして、エルはやってきた。ニーニョと無理やり引きはなされた
なかった。
「場所をまちがえたのかな?」
そう思った。けれど、まちがいない。こここそがつい先ほどニーニョと別れた場所だ。
「見つからないよう隠れているのかも」
そう思ってあたりの
「ニーニョ、どこ? あたしよ、エルよ! いるんでしょ、早く姿を見せて!」
返事はない。あたりは
スンスン、と、泣きじゃくる声がした。
エルが泣いていた。いつも元気いっぱいで
――やっぱり、あたしの勝手な思い込みだったんだ。ニーニョはあたしを選んだりしなかった。親の言いなりになってあたしを捨てたんだ。
たまらないさびしさと悲しさが押しよせてくる。もう家にも帰れない。ひとりっきりで
そう思うと自分がとことん
「おーい!」
エルは飛びあがった。それはたしかに聞き覚えのある声、エルがいま一番、聞きたいと願っていた声だった。
「おーい!」
また声がした。エルは声のしたほうを振り返った。体よりも大きなザックを
「おーい、エル!」
「ニーニョ!」
エルは叫んだ。喜びで体が張り裂けそうになった。
「よかったあ、やっぱりいてくれたな」
ニーニョはエルの
「いや、もう、うちの親ったら本当に
『
だから、おれは言ってやったんだ。
『エルはそんなやつじゃない、
けど、親父のやつもしつこくてさ。
『聖なるミレシア家ともあろうものが
だから、おれは聞いたんだよ。
『なんでダナ家が
そしたら、親父のやつ、
『そんなことはしらん。昔から代々、そう伝えられているのだ』だってさ。
まったく、話にならないよな。なんでそんな昔の人間の言うことを
だから、家を飛び出してやったのさ。きっと、エルも同じことを考えると思ったからさ。そしたら、やっぱりだ。おれたちやっぱり、最高のきょうだい分だよ」
ニーニョはまぶしいほどの笑顔を浮かべた。その笑顔を見たとたん、エルの目に大粒の涙があふれた。ニーニョの首ったまに飛びついていた。両腕で思いきり抱きついた。
ニーニョは真っ赤になって叫んだ。
「お、おい、どうしたんだよ?」
ミレシア家のガキ大将もこんなふうに女の子に抱きつかれたことなんてない。はじめての体験にどうしていいかわからずオロオロするばかり。
もちろん、逆に抱きしめるとか、気の効いた言葉でなぐさめるとか、そんなことができるはずもない。目を白黒させたまま言うばかりだ。
「なんだ、なんだ、どうしたんだよ? ははあん、そうか、お前。いざとなったら恐くなったんだろ?」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
言われてエルもようやくいつもの調子に戻った。もうさびしくなんかない。うん。やっぱり、
ニーニョはニンマリとした
「ふうん、どうだか。おれいがいないもんだからさびしくなってたんじゃないのか? 『捨てられちゃった、どうしよう』なんてさ」
「そ、そんなことない!」
「へえ? でも、そのわりに涙でいっぱいだぜ。やれやれ、そんなことで泣くなんてやっぱり、女の子だなあ」
「ち、ちがうわよ、これは眠くなったからあくびしただけ……」
かなり苦しい言い訳をしながらエルは
「あたしはただ……あんたがママのオッパイ恋しさに家にじっとしてるんじゃないかと思っただけよ!」
「なんだと⁉ おれがそんななさけない男だと思ってたのか!」
「どうだか。男の子って、いくつになっても母親にべったりだって言うじゃない」
「おれはそんな男じゃない!」
「じゃあ、あたしとカケオチするのね⁉」
「もちろんだ!」
ニーニョは胸を張った。それから、真剣そのものの顔付きで
「でっ、『カケオチ』ってなんだ?」
エルはフルフルと首を左右に振った。
「しらない。でも、男と女が一緒に家出して暮らすことをそう言うみたい」
「そうか。なら、おれたちにピッタリだな」
「そういうこと」
「よし、そうとなったらさっそく行動だ。まずは住みかを決めないとな。すぐに見つかるような場所じゃ仕方ないし……」
「あたし、とっておきの場所をしってるわ!
その一言にニーニョはふたつの目を輝かせた。
エルはつづけた。
「まわりにはウサギや
「そりゃすごい! おれは
そこでニーニョは
「準備はバッチリさ。
「あたしの部屋はいつも
「うん、そいつはすてきだ。おれたちはおれたちだけの王国の王さまになるんだ!」
ふたりは話しているうちにどんどん
おとなたちのいがみあいも、向こうが勝手に押しつけてきたルールもすべて無視して、自分たちの力で、自分たちだけの生活を切り開くのだ!
持ち前の冒険心が刺激され、ワクワクしてきた。もう、一時だってじっとしていられない。いますぐ実行に移したい!
「じゃあ、ついてきなさい。あたしの
「ああ、どこまでだって行ってやらあ!」
そして、ふたりは
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