一二章 黙ってなんかいられない!

 家に帰りつくと果たして予想通りの展開がまっていた。両親そろってこっぴどくしかられたのだ。

 ふたりそろって顔を真っ赤にして頭から湯気を吹き出し、とくに母親などは最高級のきぬのハンカチを何枚も手にして泣きながら怒っている。さすが、しかられ慣れているエルにしてもうんざりする光景だった。

 「まったく、なんという悪い子なんだ、お前は! 親にこんなに心配をかけて!」

 「お父さまのおっしゃるとおりです! 母さまがどんなに心配したかわからないの⁉ ああ、こんな子に育つなんてなにをどうまちがえたのかしら。ご先祖さま、申し訳ありません」

 ――ちょっと、やめてよね。あたしの生まれる前に死んだご先祖なんかに、あたしのことであやまらないで。

 げんなりして、そうなげくエルの心の声はもちろん、怒り狂っている両親に届くことはない。

 「しかも、よりによってミレシア家の小僧こぞうと一緒だったとは! なにを考えているのだ、お前は⁉」

 父のニールが一際大きい雷を落とした。

 その一言にエルはカッと目を見開いた。思い切り背を伸ばし、猛然もうぜんと叫び返した。

 「ちょっと! やめてよね。なんで、ミレシア家の人と一緒にいちゃいけないのよ⁉」

 「な、なんだと……?」

 思わぬ反撃にニールの方が思わずたじろいだ。目をパチクリさせて娘を見つめる。

 エルは父親をにらみつけたまま叫んだ。

 「そりゃあ、心配させたのは悪かったと思ってるわよ。こんな夜遅くまで勝手に出歩いてごめんなさい、すみませんでした! 学校をサボったのもあやります! もうしません! ……たぶん、しばらくの間は。でも……!」

 エルはキッと父親をにらみつけた。

 「ニーニョと一緒だったのをめられるのは納得なっとくいかない! なんでニーニョと一緒にいちゃいけないのよ、ニーニョはあたしの大切な友だちなのよ!」

 「と、友だち? 友だちだと? よりによってミレシア家の小僧こぞうを友だちと呼んだのか⁉」

 「そうよ、悪い? ニーニョはあたしの大切な友だちよ! 世界一、すてきな相棒あいぼうなんだから!」

 「な、なな、なんと言う……」

 あまりの怒りにニールは声も出ない。顔色が赤から白になり、青にかわって、また赤くなる。

 「な、なんという恥さらしなことを! アカデミーをサボッた? 夜遅くまで勝手に出歩いた? そんなことはいい! そもそもわしは、あんなところに通わせること自体、反対だったのだ。親に心配をかけるのもかまわん。子供とはそういうものだ。だがっ! ミレシア家の劣等れっとう種族しゅぞくと関わるのだけは断じて許さんぞ!」

 そのどなり声にエルのなかで怒りがはじけた。これ以上、父親を怒らせたら大変なことになる。それはわかっている。でも、だからって黙ってなんていられない。こんなふうに言われて言い返さなかったら友だちじゃない! 

 大きな目のなかに怒りの稲妻いなずまをほとばしらせ、叫び返した。

 「取り消して! ミレシア家はレットウシュゾクなんかじゃない! 少なくともニーニョはちがう! 立派な紳士しんしだったわ」

 「黙れ! お前はまだ子供だからわからんのだ。やつらがどんなにおろかでけがれているか……」

 「じゃあ、説明してよ! ミレシア家の人たちがなんでレットウシュゾクだって言うのよ⁉」

 「そんなことはしらん! 先祖代々、そう伝えられているのだ。やつらは劣等れっとう種族しゅぞくだ。えあるダナ家たるもの、決して関わってはならんとな」

 「ほら、見てよ! 理由なんてないんじゃない。昔の人たちの言うことだからってほいほい従うなんてバカみたい」

 その言葉に今度は母親のアンナが卒倒そっとうしそうになった。全身から血の気が引いて、ただでさえ屋敷やしきのなかでばかり生活しているせいで白い肌がより一層、青白くなる。

 「まあ、なんということでしょう⁉ 偉大なるご先祖さまのことを悪く言うなんて。ああ、ご先祖さま、こんな娘に育ててしまって申し訳ありません」

 最高級のきぬのハンカチを何枚もまとめて握り潰してさめざめと泣きくずれる。

 エルはエルで頭を思いきり噴火ふんかさせた。

 「母さま! あたしのことでいちいちご先祖にあやまるのはやめてっていつも言ってるでしょ⁉」

 「生意気なまいきを言うな、子供のくせに!」

 「おとなのくせにバカなことばかり言わないで!」

 「ええい、口のへらん娘だ。いったい、誰に似たのか……」

 「あたしはあたしよ。誰に似る必要もないわ」

 両手を腰に当て『ふん!』とばかりにそっくり返るエルだった。

 「ええい、もういい。とにかく、ミレシア家のものと関わることは二度と許さんぞ。なんとかいう小僧こぞうはもちろん、その他の誰ともだ」

 「いやよ! ニーニョは大切な友だちよ。きょうだい分になったんだから。これからだって一緒にいるわ」

 「なんてことを言うの、この子は⁉ ご先祖さまから代々、伝えられてきた禁忌きんきを破るつもりなの⁉」

 信じられない!

 と、ばかりにアンナが叫ぶ。かのにとっては先祖の言い付けを破るなど、神につばするにも等しい行為だった。

 エルは胸を張って答えた。

 「あたしはいま生きてるのよ。とうの昔に死んだ人たちにどうこう言われる筋合いなんかないわ」

 キッパリと言い切った。アンナはとうとうその場に倒れ込んだ。ニールはむっつりと黙り込んだ。その様子は空の彼方から真っ黒な雲が徐々に広がってくる様子によく似ていた。

 「……よし、よくわかった」

 肚の底から押し出すようにして声をしぼり出す。

 「いままで私が甘かったようだ。今度というこんどは許さんぞ。反省するまで部屋に閉じこめてくれる!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る