一一章 いやだ、いやだ! いやだ‼
なんでも話し、聞いているうちに相手に対する
ニーニョが心から
「なあ。なんでおとなたちは、あんなにいがみあってるんだろうな?」
「知らない。理由なんて聞いたこともないし」
「おれもだよ。とにかく『ダナ家の連中は
「あんたこそ。レットウシュゾクなんかじゃない。立派な
「だよな。なのに、なんでおとなたちはあんなこと言うんだ?」
ニーニョは心の底から
エルはフルフルと首を左右に振った。
「知らない。でも、どうだっていいじゃない。おとなたちの都合なんてあたしたちには関係ない。でしょ?」
「そうだな。おれたちはもう、きょうたい分になったんだ。その
「そうよ。ニーニョ、
「ああ、もちろんだ」
ふたりはお互いの心にはっきりと
ふたりは《バロアの丘》をくだり、坂道をのぼり、空に浮かぶゾディアックの
そこで見た光景にふたりは息を
それ以外はまったくの
このときばかりはまるでちがった。
騎士団だ。
「うわっ。なんだ、なんだ? 騎士団が
ニーニョは表情を引きしめてそう言った。事情を聞こうと騎士団に駆けよろうとした。そんなニーニョをエルがあわてて引きとめた。
「ちょっとまって、ニーニョ!」
ニーニョはいぶかしそうに振り返った。少しばかりイラッとした口調で
「なんだよ、エル? 騎士団がこんなに
「いや、あの、その大変なことって……」
「なんだよ?」
ニーニョはイライラと腕組みしながら
エルはバツが悪そうに小さな声で答えた。
「あたしたちのことじゃない?」
「おれたち?」
ニーニョはなんのことかわからなくて、目をパチクリさせた。
エルは首をすくめながらニーニョに説明した。
「う、うん。だって、ほら、あたしたち、こんな時間までいなくなってたわけだし、それも、
ニーニョはしばらくの間、ポカンとしていた。それでも、ようやくエルの言葉の意味を理解すると頭を
「あ、ああ~!」
ようやく、わかった。自分たちこそが、まぎれもない、このエルとニーニョのふたり組こそが、騎士団の探している『大変な事件』なのだと言うことが。
考えてみれば当たり前だ。ふたりの子供が夜の夜中まで帰らないとなれば誰だって心配する。騎士団に捜索願いを出す。
まして、エルとニーニョは
そのふたりがそろって
そんなことにも気付かなかったニーニョはまったくうかつと言うしかない。もっとも、ニーニョにしてみれば、エルとふたりの帰り道があんまり楽しかったので、自分のしでかしたことがおとなたちを心配させる大問題だとは、まったく、ちっとも、かけらほども考えられなくなっていたのだけど。
「ど、どうしよう、エル! おれたちだけでバロアの
ニーニョがそんなことを言いながら跳びはねるものだから、エルもすっかりあわててしまった。
「あ、あたしだって! ううん、
「げえっ、それは
「あたしだってそうよ! 今年こそは夏祭りに参加してやろうって決めてたのに……」
「ああ、そうだ! それもあった! どうしよう、エル? なんとかごまかさないとおれたち、今年も祭りに出られないぞ!」
「ごまかすって……どう、ごまかすのよ⁉」
「そこをなんとか考えるんだよ! ほら、考えろ、早く、はやく!」
「なんで、あたしに押しつけるのよ⁉」
「お前は女だろ! こういうずる
「調子のいいこと、言わないでよね!」
「いいからほら、なにか考えろ! いま、考えろ。すぐ、考えろ。ほらほら、早くはやく。なにか考えついたか?」
「え、ええと、それじゃあ……このままこっそり家に帰って、部屋に
「バカだなあ。おれたちの部屋なんて真っ先に探したに決まってるだろ。そんなんで、ごまかせるもんか」
「じゃあ、どうしろって言うのよ⁉」
「それを聞いてるんだろ、バカ!」
「バカとはなによ、バカとは⁉」
「いいから! とにかく、なにかもっとましなことを考えろ!」
「いちいち
エルは叫んだけど、もう遅かった。バタバタと人の一団が駆けつけてくる音がした。ふたりのどなりあう声を聞きつけてやってきたにちがいない。
「いたぞ、こっちだ!」
「やべっ! 捕まっちまうぞ」
「逃げよう、ニーニョ! いま捕まったらお尻ペンペンじゃすまない!」
「あ、ああ、そうだな……」
エルの
ふたりは回れ右して走り出した。ところが――。
一日中歩きまわったばかりとあって、さしもの元気者のふたりもいつもの
「エルお
「ご無事でしたか、ああ、よかった」
いくら元気いっぱいでもしょせんは一〇歳の子供。
「まったく、心配しましたぞ。元気なのはいいですが、こんな時間まで出歩くというのは
「まったくです。ご両親にむやみに心配をかけてはいけません」
「お
口々に言う騎士たちを前にエルは口をはさむ
そのとき、ニーニョが小さな体で騎士たちの
「おい、ちょっとまてよ!」
「うん? なんだお前は?」
騎士のひとりが
「なんだ、お前。ミレシア家の
「たぶらかしただと⁉」
言葉の意味はよくわからなかったけど、ひどい
ニーニョは
「どうせ、上の連中に言われてお
「ちがう!」
「ニーニョは、そんなことしたんじゃない! あたしたちはただ……!」
その叫びに騎士は大げさな身振りを交え、『
「おお、お
「ニーニョはレットウシュゾクなんかじゃないわ! 取り消して!」
エルは
「どうなさったのです、お
「それは……」
エルは
「それは……それは、ミレシア家の人たちのことを知らなかったからよ! ミレシア家の人たちはレットウシュゾクなんかじゃない! 少なくとも、ニーニョは立派な
「おお、なんと
騎士は言いながらエルの手をひっぱり、連れ戻そうとする。エルは
「いや! はなしてよ、あんたたちとなんか行かないんだから!」
両足をふんばり、騎士の手首をつかんでひきはがそうとする。でも、一〇歳の女の子の力で
エルはそれでも
騎士はかまわずにエルを引っ張っていく。エルの叫び声が夜の
「おい、よせよ!」
たまりかねてニーニョが叫んだ。騎士の腕に飛びついた。
「いやがってるだろ! エルは
「
騎士は腕をふるった。彼も騎士。いくら相手が
でも、なにしろ、体重がちがう。
「ニーニョ!」
エルは叫んだ。必死に騎士の手を振りはらい、駆けつけようとする。騎士もさすがに気まずそうな表情になった。それでもしっかりとつかんだエルの腕をはなそうとはしなかった。
「……お前たち、その
そう他の騎士に指示したのはせめてもの騎士としての
「さあ、行きますぞ、お
「はなしてよ! ニーニョ、ニーニョ!」
「
ミレシア家に
ニーニョを
「きさまらがニーニョ
「ほざくな、
「なんだと⁉ そっちの
「
「
「なんだと⁉」
「なんだ!」
騎士たちはエルとニーニョそっちのけでののしり合いをはじめた。エルとニーニョはあわてて口をはさんだ。
「ちょっとまってよ!
「そうだ! おれたちはたぶらかしたとかなんとか、そんなことをしたわけじゃない! ただ、
ふたりは必死に叫んだが騎士たちは聞く耳をもたない。叫べばさけぶほど後ろに追いやられ、のけものにされてしまう。
騎士たちのにらみ合いは
すでに半数以上の騎士が手にした
いつ殺し合いがはじまってもおかしくない。
そんな
――どうして?
その
――どうして、ここまで
わからなかった。
ちっともわからなかった。
たしかに自分だって、いままでずっとミレシア家を悪く思っていた。ケンカもしてきた。でも、それは単なる子供同士の意地の張り合い。本気で相手を傷つけようなんて思ったことはない。ましてや、殺そうなんて……。
それなのに、騎士たちは本気で相手を
――殺そうとしている。
その思いにエルはブルッと身を
もちろん、いままで人が殺されるところなんて見たことはない。いままでにたくさん読んだ騎士物語のなかでは何度となく人が斬られるシーンを見たし、空想のなかで伝説の勇者や英雄になりきって空想の敵を切り捨てたこともある。
でも、現実に人が人に殺されるところなんて見たことはない。見たくもないその光景を見せられるのかも知れない。それも、ひとりやふたりではない。何十人もの騎士が入り乱れた血みどろの殺し合いを……。
その予感にエルは凍りついた。胃袋がひっくり返りそうな
――どうして? どうしてここまで
エルにはまるでわからなかった。
「ふん、まあいい」
「
「ふん、こちらの
「ふん!」
「ふん!」
騎士たちは思いきり
どうやら、殺し合いはおきずにすんだらしい。そのことにホッとしたのもつかの間、エルは騎士団にしっかりと腕をつかまれ、無理やり引きずられていった。必死に振り返って後ろを見ると、ニーニョもやはり、
それでもニーニョは必死に
エルは身をひねった。自由な方の手をニーニョに伸ばした。必死に叫んだ。
「ニーニョ!」
ニーニョも振り返ってエルを見た。エルに負けない必死な声で叫んだ。
「エル!」
ふたりは
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