一〇章 きょうだい分になろう
いつまでそうしていただろう。
月の光は木々の葉に
誰もいない。そこには本当に誰もいない。いつもいばり散らしてうっとうしい親も、なにかにつけて『勉強しなさい!』と叫んでは捕まえようとする教師も、いかつい
いるのはふたり、ふたりきり。
たったふたりの子供だけ。
たったふたりきりの子供は
最初はワアワアと大きく
その小さくか
ふたつの小さな泣き声がまるで、
ふたつの泣き声のうち、ひとつがとまった。
ニーニョだった。ニーニョが先に泣きやんだのだ。
「起きろよ」
やさしく言った。
「おれが
コクン、と、エルは涙でクシャクシャになった顔でうなずいた。
「おれがバカだったんだよ。くだらない意地を張ってこんな所まで連れてきて。もう帰ろう。おれたち、
「うん……」
エルは小さくうなずいた。ニーニョの手をとった。その手は
「……ごめんなさい」
「なにが?」
「あたし、あんたにひどいこと言った」
「いや、こっちこそ
「ううん。やっぱり、
「あのさ……」
「なに?」
ニーニョの問いにエルはキョトンとした顔で答えた。
ニーニョは真顔で尋ねた。
「レットウシュゾクって……結局、なに?」
問われてエルはフルフルと首を横に振った。
「だから、知らないって」
「知らないのに言ってたのかよ⁉」
「だ、だって、しょうがないでしょ! 意味なんてわからないけど、とにかく、父さまがよく言ってたのよ! 『ミレシア家の
「それで、意味も知らずにレットウシュゾク、レットウシュゾクって繰り返してたのかよ」
ニーニョがさすがにあきれたように言った。
エルはコクンと頷いた。
「うん」
ニーニョはまじまじとエルを見た。
エルもニーニョを見返した。
ふたりはしばらくの間、そうして黙って見つめ合っていた。やがて――。
「ぷぷ……」
「くくく……」
「あはははは!」
「あはははは!」
今度はそろって笑いだした。
泣いていたとき以上に顔中をくしゃくしゃにして、お腹を抱えて、それこそ、顔中を口のようにして笑い転げた。
おかしくて、おかしくて、恐いのや
さすがに笑い疲れてへたり込んだ。笑いすぎてハアハアと息を切らしていた。
それでも、気分はなぜかやたらと
さっきまであんなに怖かったのが
……もちろん、そんなバカなことはもうしないけど。
ニーニョが立ちあがった。尻のあたりをパンパンとはたいた。座り込んだままのエルに手を伸ばそうとして、ふと気付いた。ポケットからハンカチをとりだして――一応、
「さあ、帰ろう」
「うん」
エルはうなずいてニーニョの手をとった。
ニーニョが自分に手を差し出す前に気をつかってハンカチでふいてくれたのがうれしかった。なにしろ、ゾディアック一のおてんば娘にしてガキ大将とあって、いままでこんなふうに
――意外といいところあるじゃん。
と、ちょっとばかり好意をもった。子供でもこんな
ふたりは並んで夜の山道を帰りはじめた。その手をしっかりとつなぎあったままで。
「でも、お前、
ニーニョが感心した声をあげた。
「まさか、こんなとこまでついてくるとは思わなかったよ」
「あんたこそ。すぐに逃げ帰ると思ってたのに最後まで意地を張ってたもんね。大したもんだわ」
「そうだよな。おれたちは勇者だ」
「そうよ。
さきほどまでの不安と恐怖もどこへやら。ふたりは堂々と、
「そうだ! おれたち、きょうだい分にならないか?」
「きょうだい分?」
「そうさ。おれたちが手をめば無敵だぜ。デイモンの大群がきたって追っ払ってやれるさ」
「素敵! でも、どっちが上?」
「もちろん、おれが兄貴に決まってるだろ」
「なんで決まってるのよ。あんた、いつの生まれ?」
「一〇月二八日。クルミの日さ。つまり、おれはなにかを立派に成し遂げることのできる人間なんだ」
ニーニョは誇らしげに胸をそらした。
ニーニョが言ったのは、古代から伝わる『ツリーサークル』、木のカレンダーのことだ。
一年を三五の月と四つのシーズンにわけ、それぞれに
たとえば、ブナの日に生まれた人間は
クルミは四月二一日から四月三〇日まで、そして、一〇月二四日から一一月一一日までの
「あたしは八月二日。イトスギの日の生まれよ」
エルは張り合って言い返した。
「イトスギの日に生まれた人間は、
フン! とばかりにエルは胸をそらした。
「あたしの方が先に生まれたんだから、あたしがお姉さんよ」
「生まれ
「なんで男が先に立つのか当然なのよ!」
「男の方が
「この時代遅れの
「言ったな、おてんば! おれこそグウの
ふたりはまたも
ふたつの手がほどかれることはなかった。手と手を握りあわせたまま、ピッタリとよりそったままだ。
山道は相変わらず暗かったし、フクロウの鳴き声や
もうちっとも恐くなかった。自分の手のなかにある
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