九章 邪眼のバロアだぞ!
ゾディアックと
お互い相手に負けまいと知っているかぎりの歌を唄いつづける。
最初の頃は元気いっぱいだった。『英雄になる』という空想に身を
けれど、坂道はあまりにも長かった。歩いているうちに声が
お腹もすいた。
当たり前だ。午前の授業を抜け出してきたから給食も食べていない。給食の時間までには学校に戻ってなに食わぬ顔で食堂に飛び込むつもりだったのだけど……。
日が
もうそろそろ夕食の時間だ。
お腹が減った。グウグウ言っている。屋台で買い込んだフィッシュ&チップスとミルクティーはとっくに食べ尽くしてしまったし、もう食べるものも飲むものもない。
ただし、そのための金がない。なけなしの
というわけで、子供たちはすきっ腹を抱え、唄いすぎていがらっぽくなった
足も痛い。いつも
坂道はのぼるよりもくだるほうがつらい。ふくらはぎがまるで石になったように固くなり、ひどく痛んだ。一歩、歩くごとに泣きたくような痛みが走る。
「気をつけろよ、この
「お前だってさっき、ぶつかってきただろ!」
「ぶつかってない!」
「ぶつかった!」
「
「
「おれの仲間を
「こっちの台詞よ、あんたたちなんてさっきから転びそうになってはぶつかってきてるじゃない! わざとなんじゃないの⁉」
「なんだと⁉」
そんな調子でたちまちグループ同士の
夜はどんどん近付いている。太陽はもう半分以上、隠れている。空を
冷たい風に打たれて体が冷える。みんな、身をちぢこませ、冷たい風に耐えなくてはならなかった。
カア、と、西の空から大きなカラスの鳴き声がした。みんな、ビクッとして飛びあがった。その声はまるで『よくきたな、まとめてとって食ってやる』という人食い鬼の叫びに聞こえた。
それでもようやく坂をくだり終えた。目の前に
大きい。
ゾディアックの
あまりに大きくなりすぎたせいで一歩も動けなくなり、背中の
ニーニョは《バロアの丘》を見上げた。引きつった笑顔を浮かべてエルを見た。
「ふ、ふん。いよいよだな。どうだ?
「だ、誰が
「むりすんなよ。ここまできたんだ。
「ふん。そんなこと言って。あんたこそほんとは恐いんでしょ。つまらない意地を張ってないで
「誰が恐いもんか! さあ、行くぞ」
「もちろんよ」
エルは
エルの仲間の女の子がついに言った。
「あ、あの……あたし、弟の面倒みなきゃいけないから、これで帰るね。ごめんね!」
そう言うなりゾディアックの
エルたちは
「ふん。ざまあないな。やっぱり、お前らダナ家の連中は
「あ、あのう……」
と、今度はニーニョの仲間の女の子ふたりがそろって手をあげた。
「あたしたちもその……家の手伝いをしなきゃいけないから……」
「そ、そうそう。うちは妹が生まれたばかりで母さんが
「うちも家族が多いから手伝わなきゃいけないし……だから、ごめんね!」
ふたりそろってそう叫び、先に逃げた女の子を追って駆けていく。
今度はニーニョが
「ほら、見なさい。あんたたちなんかまとめてふたりも逃げだしたじゃないの。あんたたちミレシア家こそ口先だけの
「ふ、ふん、なんだあんなやつら」
ニーニョは無理やりふんぞり返った。
「女の子なんていざとなったら役に立たないってだけさ。おい! お前たちはだいじょうぶだろうな? 逃げ出したりしないだろうな?」
「あ、ああ、もちろん……だよ」
ニーニョに言われて残った三人の男の子たちは自信なさそうにうなずいた。
エルも四人の仲間を振り返った。
「あんたたち! まさか、この
「あ、ああ……」
「それはもう……」
みんな『もう
「ようし。さあ行くぞ。ダナ家の
「行くわよ。レットウシュゾクのミレシア家にダナ家のすごさを思い知らせてやるんだから」
子供たちは《バロアの丘》をのぼりはじめた。
《バロアの丘》はしっかりと
何度もなんども行ったりきたりしなくてはならず、気が
ひとり、またひとりといなくなり、いつの間にかエルとニーニョのふたりだけになっていた。それでもふたりは山道を進んでいた。
『ふたりきりになってしまった』という
ふたりとも顔色が真っ白だった。丘のなかで冷たい夜風に吹かれているというのもある。それよりなにより、不安と恐怖で押しつぶされそうになっていた。
冒険好きのエルとニーニョだけど、さすがにこんな時間まで街の外にいたことはない。普段ならとっくに暖かいベッドのなかに
空が
ふたりの歩く山道は真っ暗と言ってよかった。目のよさには自信があるのにどんなに目を
まるで、罰として地下迷宮に放り込まれた
恐かった。
木々の間からいつなにが飛び出してくるかわからないと思うと気がきではなかった。
――もし、見つかったら。
子供ふたりで武器もない。そんな所を野性の獣に襲われたら……。
そのありさまを想像してしまい、エルは
帰りたい。
このまますぐに回れ右して飛んで帰りたい。でも、だけど……!
――こいつより先になんて帰れない!
その意地が
にっくきミレシア家のニーニョはまだ意地を張っている。歯を食いしばって前に進もうとしている。そうである以上、エルとしても逃げ帰るわけにはいかない。
――バカ、バカ、バカ! 恐いくせに意地張っちゃって。いつまでこんなことつづけるつもりなのよ。なにかあったらどうする気なの?
エルはとうとうニーニョに対して腹をたてはじめた。
どんなに入り組んだ
――なかに入らなきゃいけない。
それはほとんど純粋な恐怖だった。
――それだけはいや! そんな恐いことできない。
心のなかで
誰かに助けてほしかった。いつもはあんなに
もし、誰かおとながやってきて『子供たちがこんなところでなにをしてるんだ! さっさと帰れ』と言ってくれたら。
そうしたら堂々と帰れるのに。
――だいたい、みんなはなにをしてるのよ⁉ あたしたちがここにいるってこと、親にも言ってないの? 親に言っていれば捜しにくるはずなのに。捜しにきてくれれば帰れるのに。気がきかないんだから!
『仲間がどこにいるか、決しておとなには言わないこと』
という
「おい……」
ふいにニーニョが言った。いきなりの声にエルは飛びあがるところだった。必死に
「な、なによ……」
「お前、バカだよな」
「な、なにがよ」
「のこのこ、こんな所までついてきてさ。おれがなんでこんなことをもちかけたと思ってるんだ?」
そう言ってエルを見る顔には不気味な笑みが浮いていた。
「と、どういうことよ?」
「最初からお前を連れてくるのが目的だったってことさ。なぜって……おれはとっくに
「
「
「
「
「
「本当さ。そうでなかったらなんでこんなことに誘ったりするもんか。
恐いぞ、苦しいぞ。
「うそ……」
「本当さ。でも、まあ、おれだって聖なるミレシア家の人間だ。
「
「
「いいえ。絶対、
「だって、なんだよ?」
「
「
「本当よ! このあたしが
そして、そのなかで眠っていたのよ、
「
「あたしよ!」
「牙だらけの口で食っちまうぞ!」
「
ふたりは叫んだ。にらみ合った。そのまましばらく黙ってにらみつづけていた。
ふいにふたりの表情がくずれた。どちらからともなく涙があふれだした。口からかすかな泣き声がもれた。
限界だった。
ふたりは
ふたりの子供はワアワア泣きつづけた。
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