八章 《バロアの丘》
《バロアの丘》に行く。
その一言に――。
子供たちの
エルでさえ、いつも元気いっぱいで恐いもの知らずのおてんば娘でさえ、息を
「あんた、正気⁉ なに言ってんの? あそこがどういう場所かわかってんの?」
「もちろん」
と、ニーニョは胸を張った。口元に
――こいつは《バロアの丘》を怖がっている。でも、おれは怖がってない。おれの勝ちだ。
エルの態度がニーニョにそう確信させていた。
「ゾディアックの
ニーニョはニヤニヤ笑いながら声をひそめた。自分の言葉でダナ家の
ゴクリ、と、エルは
「
「そうさ」
と、ニーニョ。会心の笑みを浮かべる。
「魔王エーバントニアによって心臓を体から取り出され、永遠の眠りにつかされたデイモンの
そこにはいまもバロアの肉体が眠っている。しかも、完全に眠っているわけじゃない。
『心臓を返せ、心臓を返せ』ってな。
《バロアの丘》にのぼると、どこからともなくそうささやく声が聞こえるっていう……」
エルをのぞく女の子たちが小さく
なにしろ、物心つく前からその
エルだって本音を言えば
でも、だめ。そんなこと、絶対できない。みんなの前でリーダーである自分がそんな格好悪いところは見せられない。リーダーはいつだって堂々として胸を張っていなければならないんだ!
なにより、ニーニョ。この
ともすれば逃げ出そうとする足を押さえつけ、両手を腰に当てる振りをして、尻を思い切りつまむ。その痛みでどうにか心の奥底から
「そ、その通りね。山道が簡単にはのぼれない迷路になっているのもそのため。へたに近付くと
「そうさ。お前たち
「あんたはちがうとでも言うの?」
「もちろんさ。なんたっておれはドルイム・ナ・テインを救った英雄、マッキンファーレイの
「ふん。口だけならなんだって言えるわ」
「だから、実際に《バロアの丘》に行って証明してやろうってんじゃないか」
「どうする気?」
「岩屋のなかに入る」
「岩屋のなかに⁉」
さしものエルが飛びあがった。大声で叫んだ。
「そんなことできるわけないじゃない! 岩屋には出口も入り口もなくて、誰も入れないのよ⁉」
「お前たち、
そうすりゃおれたちミレシア家こそがゾディアックの
そう言ってニーニョはせせら笑う。
その表情を見ているうち、エルの胸のなかでムカムカする思いが込み上げてきた。
許せない。
そう思った。
――こんなやつに、バカにされるのは耐えられない!
その思いの方がずっと強かった。
もし、ここで『行かない』なんて言おうものなら自分の負けだ。どんな理由をこねたところでニーニョは『恐くて逃げ出した』と思う。そう言いふらす。そして、これから先ずっと、バカにされつづける。
『
エルはニーニョがそうすることを
自分がそうするんだからニーニョだって絶対、同じことをする。そんな毎日には耐えられない!
「……いいわ。行ってやろうじゃない」
エルはついにそう言った。震える体を押さえ付けるために両腕を体を抱きしめなくてはならなかった。そうとはっきり見せるわけに行かないので腕組みの格好をした。
仲間たちが
その返事にニーニョの表情がかすかにかわった。それはほんの一瞬のことですぐにふてぶてしい笑みに戻ったけど、エルはその変化を見逃さなかった。ニーニョはあの一瞬、たしかに不安と恐怖の表情を浮かべたのだ!
「へ、へえ、本気かよ? つまらない見栄ならやめといたほうがいいぜ。
今度はニーニョが腕組みした。ふんぞり返って、見下すように言った。でも、エルはもうだまされない。あの不安と恐怖の表情を見たからだ。
――本当はこいつこそ恐いんだ。
そう確信した。
――本当は恐いのに意地を張っているだけ。あたしが恐がって逃げ出すと思ってこんなことをもちかけたんだ。でも、おあいにく。あたしは
相手の本音が見えた分、エルは余裕をもてた。
「そんなこと、あるわけないでしょ。なんたってあたしは
「言ったな! なら、さっそく行こうじゃないか」
「望むところよ!」
お互い、もう後には引けなくなっていた。あわてたのは他の子供たちだ。それぞれ自分たちのリーダーを取り囲み、引きはなし、ささやきあう。
「まってよ、エル! 本気なの?」
「危ないよ、
「そうだよ。もし、伝説が本当だったら……」
みんな、不安そうだった。声も
それを見ているうちにエルは腹が立ってきた。いつも『ハラハラドキドキする冒険がしたい』と言ってついてまわっているくせに、こんなことでビビるなんて!
実のところ、エルだってみんなに負けずおとらず恐かった。できることなら《バロアの丘》なんかに行かずにすませたかったのだ。
みんなの恐がっている姿を見ているうちに逆に度胸が座ってしまった。
エルは仲間をにらみつけるといつも通りの親分口調で
「なに言ってんの、しっかりしなさい! ミレシア家の小僧なんかにバカにされていいの⁉」
「で、でも……」
「あんなの、ただの伝説よ。本当に
逆に、もし、伝説が本当なら、ダナ家が魔王エーバントニアからゾディアックを任されたというのも本当ってことよ。つまり、そのダナ家の一員であるあたしには
「でも、《バロアの丘》は遠いし……。いまから行ったら帰るのは真夜中になっちゃうよ」
「そうよ。第一、子供だけであんなところまで行ったら後でどんなに
その言葉に子供たちは
エルはさらに言った。
「なに言ってんの。
「でも……」
「でもじゃない! みんな、いつも言ってたじゃない。『ハラハラドキドキする冒険がしたい』って。学校をサボって毎日まいにち、
「忘れてはいないけど……」
「いまこそ、そのときがきたってことよ。ここで逃げ出したらあたしたちはただの
「うっ……」
エルに
エルの言葉を聞いているうちに冒険への
伝説のデイモンの
その怪物を自分たちの手でしとめる。
それはたしかにゾクゾクする空想だった。
もし、成し遂げたなら自分たちは英雄だ。ゾディアックの
いままで自分たちを『わがまま』だの『身勝手』だのと言ってきた連中だってそんなことは言えなくなる。それどころか、足元に這いつくばらせて靴を
その光景を想像して子供たちは未来の栄光に
「……よし、行こう」
ひとりがついに言った。
「エルの言う通りだ! ついにおれたちが冒険の旅に出るときがきたんだ。エルと一緒に
「おおっ!」
と、子供たちの叫びが満ちた。仲間たちのその
それからニーニョたちの方を見た。どうやらニーニョたちも同じようなやりとりがあったらしい。ニーニョを中心に腕を突きあげ、
ニーニョが
「ようし、それじゃ行くとしようじゃないか。おれたちミレシア家こそが聖なる一族だと思い知らせてやる」
「こっちの
ニーニョに負けまいと思いきり、ふんぞり返って答えるエルだった。
「よおし、それじゃ出発だ。あとでせいぜい
ニーニョは『ふん!』とばかりに
ニーニョと仲間たちの声が重なり、広場中に歌声が響き渡る。エルはその歌声を聞いてムッとなった。自分の仲間に合図し、対抗して歌いはじめた。
われらがこの
それぞれの家の
二組の子供たちは行進をはじめた。
絶対なる
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