六章 超越者の伝説

 エルたちは中央広場のさらに真ん中、つまり、ゾディアックのまちのまん真ん中にやってきた。そこには一体の彫像ちょうぞうが立っていた。

 長い髪をたなびかせ、漆黒しっこくのマントをたらした彫像ちょうぞう奇妙きみょうなことにその彫像ちょうぞうには正面というものがなかった。どこから見ても漆黒しっこくの長髪と漆黒しっこくのマントをたなびかせた後ろ姿しか見えないように作られていた。

 エルたちはあこがれと畏敬いけいの念をもってその彫像ちょうぞうを見上げた。それは単なる飾りではない。三〇〇年前、ドルイム・ナ・テインの地を救った魔王エーバントニアの彫像ちょうぞうなのだ。

 この場合の『魔王』とは『悪魔の王』という意味ではない。『魔法使いの王』という意味だ。

 その強大な魔力をもって異界からの侵略者であるデイモンと戦いつづける世界の守護者しゅごしゃ。次元を越え、世界から世界へと飛びまわる魔法使いの一団。そのなかでも最強のひとりである超越者ちょうえつしゃ。それが魔王エーバントニア。

 三〇〇年前、このドルイム・ナ・テインの地は強大な力をもつデイモンの首領のひとり、邪眼じゃがんのバロアの侵略しんりゃくにさらされていた。

 邪眼じゃがんのバロアはひたいにひとつしか目をもっていなかったけれど、頭の後ろにもうひとつの巨大な目をもっていた。その目には無限の魔力が込められており、その目でにらまれた生きとし生きるものはすべて生命をもたない石にされてしまう。

 邪眼じゃがんのバロアは出会うものは人でも、獣でも、鳥でも、その他でも、生命をもつものならなんでも石にかえた。町々を焼き払い、財貨を奪った。

 いまでもドルイム・ナ・テインのあちこちに点々と散らばる立ち石の群れは、邪眼じゃがんのバロアに石にされた人々が風雨ふううにさらされ、もとの姿を失った姿だという。

 だから、ドルイム・ナ・テインの地では親は誰でも言うことをきかない子供に向かって『いい子にしないと邪眼じゃがんのバロアに差し出しますよ!』と、叫ぶのだ。

 エルも何度そう言われたかわからない。そのたびに『差し出されたっていいもん! 邪眼じゃがんのバロアなんて、あたしがやっつけてやるんだから』と、叫び返したものだ。

 もっとも、内心では『本当にそんなことになったらどうしよう?』とベッドのなかでふるえていたものだけど。

 「魔王エーバントニア、か」

 仲間のひとりがしみじみとした口調で言った。

 「ドルイム・ナ・テインを救った英雄。この魔王エーバントニアをこの世界にまねき、一緒に戦ったのがお前のご先祖なんだよな、エル」

 「ええ、そうよ」

 エルはほこらしげに胸を張り、彫像ちょうぞうを見上げた。

 「その頃、人々は誰もが邪眼じゃがんのバロアを憎み、その破滅はめつを願い、自分たちが救われることを祈っていた。けれど、邪眼じゃがんのバロアはあまりにも強大であり、傷ひとつつけることができない。人々はすべてをあきらめ、滅びつつあった。そんなとき、ひとりの聖女が立ち上がった。その聖女こそダナ家の始祖しそ、エスネ! 彼女は人々に言った。

 『我々がこの世に生を受けたのはあの怪物の目ににらまれ、石とされるためか。否、断じて否! いまこそ立ちあがり、あの怪物をち滅ぼそう』

 『できるわけがない』

 絶望していた人々はそう嘲笑あざわらった。

 『やりたきゃひとりでやるんだな』

 エスネはあきらめなかった。言われた通り、ひとりで戦いをはじめた。騎士の技とドルイド僧の魔法を身につけ、古い文献ぶんけんを調べることでデイモンたちと戦う守護者の存在を知ったかのは、生命をけて召喚しょうかん儀式ぎしきり行った。そうしてやってきたのが魔王エーバントニア。最強の守護者しゅごしゃであり、超越者ちょうえつしゃ。エスネは魔王エーバントニアと共に邪眼じゃがんのバロアに挑み、手にした剣をバロアの邪眼じゃがんに突き刺して、バロアこれを倒した。

 でも、それで終わりではなかった。バロアは不死身。この怪物を殺すことは魔王エーバントニアにさえできなかった。そこで、魔王エーバントニアはその心臓を体から取り出し、封印することで、バロアを永遠の眠りにつかせた。

 邪眼じゃがんのバロアの肉体はドルイム・ナ・テインの地に封じられ、体から取り出された心臓はいまもどこかで復活のときをまちながら脈打みゃくうっているという。

 そして、魔王エーバントニアはエスネにあとをたくし、この世界を去った。またどこか、別の世界をデイモンたちから救うために。

 エスネはバロアの復活を阻止するために、そして、いつかまたデイモンたちが襲来しゅうらいしたときのために、ドルイム・ナ・テインの地を守る砦として『そらまち』ゾディアックをきずきあげた。そして、子供を生み、ダナ家の始祖しそとなった。そう!」

 そこまで言ってエルは自慢じまんたっぷりに自分の胸を叩いた。

 「つまり、わがダナ家こそドルイム・ナ・テインの地をデイモンたちから守った救世主きゅうせいしゅ末裔まつえいということ。そして、バロアの復活とデイモンの襲来しゅうらいそなえることを宿命付けられた聖なる一族。あたしもきっと始祖しそエスネみたいな勇敢な戦士になる!」

 そのために冒険してるんだから!

 エルは胸を張ってそう付け加えた。

 幼い頃から何度、親や一族の他のおとなたちからこの話を聞かされたことだろう。そのたびにワクワクドキドキし、小さな胸いっぱいに誇らしさが広がった。

 ――あたしは救世主きゅうせいしゅ末裔まつえいなんだ。いつか、邪悪じゃあくなデイモンの群れがドルイム・ナ・テインの地を襲うとき、魔王エーバントニアは再び現われる。

 そのときには自分も剣をもってデイモンたちに立ち向かい、魔王エーバントニアと一緒に戦うんだ。そして、今度こそ、邪眼じゃがんのバロアを殺し、デイモンたちを皆殺しにしてドルイム・ナ・テインの地に永遠の平和をもたらすんだ。

 「そのときはおれたちも連れていけよ!」

 仲間のひとりがすかさず言った。

 「お前だけそんな冒険して、おれたちはおいてけぼりなんてまっぴらだからな」

 「そうよ、そうよ。エルだけが魔王エーバントニアさまと肩を並べて戦うなんてズルい。あたしだってご一緒したい」

 「そうだよな。おれたちだってそのためにエルと一緒に冒険してるんだ」

 「はいはい、わかってるって」

 エルは興奮こうふんしはじめた仲間たちを両手をあげてなだめた。

 「あたしたちは名だたるエル冒険隊。デイモンと戦うときだって一緒よ。みんな一緒に魔王エーバントニアとともに戦うの」

 「おおっ!」

 と、仲間たちが|一斉カいっせいに腕を突きあげた。

 そのとき、別の子供たちの声が聞こえてきた。ミレシア家のニーニョとその仲間たちだった。

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