三章 王立アカデミー、その意義

 その同じ頃。校舎こうしゃのなかでは深刻しんこくな空気がただよっていた。校長室に、エルの担任であるフラン先生とニーニョの担任であるケネス先生が呼ばれ、校長先生から事情を聞かれていたのだ。

 「なるほど。あのふたりは、またまた脱走しましたか」

 事情を聞き終えた校長はふたりに背を向け、窓から外を見ながら言った。

 「元気なのはすばらしいことですが、困ったものですね」

 「そんな呑気のんきなことを言っている場合ではないでしょう、校長先生!」

 体育会系のケネス先生がデスクを叩きながら叫んだ。

 「もっと厳しくすべきです! 無理やり部屋に閉じこめてでも教えるべきことは残らず教えなくては! さもないと……」

 「でも、ケネス先生」

 と、フラン先生。不満そうに唇をとがらせている。

 「それではまるで牢獄ろうごくです。学校という場にふさわしい態度ではありません」

 「そんなことは私だってわかっている。しかし、あのふたり、いや、ダナ家とミレシア家の人間は特別だ。この世界の運命を握っている存在なんだ。普通の生徒と同じ扱いはできん。無理やりでもなんでも教えるべきことは教えなければ。そうでしょう、校長先生」

 「たしかにその通りです」

 「校長⁉」

 校長先生が窓の外を見つめながらしずかにうなずくと、フラン先生は悲鳴のような抗議こうぎの声をあげた。校長先生はその声をうわべばかりは無視してつづけた。

 「ダナ家とミレシア家の血は決して交じわってはなりません。ふたつの血が交じわるとき、世界をほろぼすとびらが開くことになる……」

 「でも、校長……!」と、フラン先生。

 「あのふたりはまだ子供です。そんな心配をするのは早すぎます。それよりまず、立派なおとなになるよう教育を……」

 「だからこそ、厳しくしつけなければならないと言っているのだ!」

 と、今度はケネス先生が叫んだ。つばを飛ばしながらの大声に、フラン先生はあからさまに顔をしかめてみせる。両手を腰に当てて言い返す。

 「お言葉ですが、ケネス先生。そんなふうに押しつけるだけでは自分ではなんの判断もできない、人形のようなおとなになってしまいます。教育の目的は判断力のない子供を、自分で正しい判断ができるおとなにすることです。そのためにはあくまでも本人たちのやる気を引き出し、納得する方法で教育を……」

 「だから、そんな呑気のんきなことは言ってられんと言うのだ! もし、あのふたりがなにも知らないままおとなになってみろ。まかりまちがって血が交わるようなことになったら、この世界は……」

 「だから、そんな心配をするのは早すぎます!」

 「子供はすぐ、おとなになる! おとなになってから後悔こうかいしても遅いんだ!」

 ふたりの声と主張が真っ向からぶつかりあい、視線と視線が火花を散らす。フラン先生も、ケネス先生も、どちらも一歩も引かずににらみ合う。

 校長先生がそっと片手をあげてふたりの先生を制した。

 「そこまでです。自分の教育論で相手をやり込めるのが教師の仕事ではないでしょう」

 「校長……」

 「それはそうですが……」

 フラン先生がつぶやくと、ケネス先生もバツの悪そうな顔付きになった。

 校長先生は穏やかにつづけた。

 「ケネス先生。あなたの懸念カけねんはもっともです。子供はいつでもおとなが思うよりも早く成長するもの。いま、子供だからと言って、将来の心配をするのが早すぎると言うことはありません」

 校長先生の言葉にケネス先生は勝ち誇った笑みを浮かべた。そんなケネス先生に、フラン先生は心のなかで思いきり舌を出す。

 「ですが、フラン先生の言うこともたしかです。なんといっても我々は教師であって看守かんしゅではないのです。私たち教師はなによりもまず、生徒にとっての利益りえきを考えなくてはなりません」

 今度はフラン先生が『ふん!』とばかりにケネス先生をにらみつけた。ケネス先生は歯をむいてうなった。

 「大切なのは、なぜ学ぶ必要があるのかを本人に納得させ、自ら勉学に励むよう指導することです。頭ごなしに押しつけるだけではいけません。そんなことをすれば、ますます反発して逃げ出すだけでしょう」

 「しかし……」

 と、ケネス先生。なんとも歯がゆそうに顔をしかめてみせる。

 「その最初の指導ができないのです! こうも毎日まいにち逃げ出されては。一度はとっ捕まえて、閉じ込めてでも教えるべきことを教えなくては……」

 「子供たちのことも考えてください!」

 耐えきれない、といった様子でフラン先生が叫んだ。

 「あの子たちはまだほんの子供です。自分たちの血の秘密を知ったらどれほどショックを受けるか……」

 「そのとき支えるために我々、教師がいるのだろう!」

 「ですから。そのとき、ショックを受けた子供を支えるためには信頼関係が必要だと言っているんです。失礼ですが、ケネス先生のやり方では信頼関係をきずけるとは思えません。それでは、大事なときに支えてあげられません」

 「信頼関係とはお互いが歩み寄ることで成り立つものだ! 向こうにその気がないなら強制もむをまい」

 「あのふたりは学校や教師をきらっているわけではないと思います。それなら、わざわざきたりしないはずです。でも、あのふたりは脱走は繰り返しても学校を休んだこと自体は一日もないんですよ」

 「だからと言って……」

 ケネス先生が言い返そうとしたときだ。校長先生がおだやかに割って入った。

 「まあまあ。おふたりの教育談義は興味深いものですが、いまは優先すべきことがあります。とにかく、エルくんとニーニョくんを見付けて、連れ戻してください。すべてはそれからです」

 「はい!」

 フラン先生とケネス先生は同時に叫び、校長室を飛び出していった。

 ふう、と、校長先生は窓の外を見ながら小さく息を吐いた。

 「ダナ家とミレシア家の血は決して交わってはならない。同時に、この両家の血はこのゾディアックのまちに残りつづけなくてはならない。その相反あいはんする命題めいだい両立りょうりつさせるためにこそ、王立アカデミーは創設そうせつされた。いままではなんとかやってきましたが……」

 校長先生は深いふかいため息をついた。

 「エルとニーニョ。あの元気すぎるふたりが同時に、しかも、男女として生を受けるとは。これからはより一層いっそうむずかしい舵取かじとりが必要になりそうですね」

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