二章 エル冒険隊出発!

 エルは校舎こうしゃ内に戻って三段跳びの勢いで階段を駆けあがっていた。すでに授業時間なので彼女を邪魔じゃまするものはいない。小さくてもエネルギーのつまった肉体を思う存分、使って駈けあがっていく。

 こうして暴れるのが楽しくてたのしくてしょうがない。そういう表情。見ているだけでこちらも元気が出てくる表情なのは確かだった。

 それにしても、冒険仲間と落ち合う場所を校舎こうしゃ内にしたのは我ながら見事なアイディアだったと思う。まさか、逃げ出したはずの生徒が校舎に戻ってくるなんて先生たちだって考えるはずがない。外ばかり探して中なんて見向きもしない。おかげで見つかる心配なしに集まれる。

 ――頭はこんなふうに使わなくっちゃね。先生たちみたいな決まり切った発想しかできないおとなになるなんてもったいないわ。

 なんたってあたしは、世界をアッと言わせる大物になるんだから!

 それはもう決まっていること。夢でも、理想でも、願望でもない。必ず、絶対に、まちがいなく、そうなる。

 なぜって?

 だって、あたしがそう決めたんだもの!

 沸き立つ心に突き動かされるままに肉体を駆使し、階段のてっぺんまで一息に駈けあがる。屋上に出る扉が目に飛び込んだ。蹴破けやぶるような勢いで押しあけて、そのまま屋上に飛びたした。

 ブワッ、と音を立てて強烈な風が吹き付ける。エルは思わず顔を腕でおおった。短い髪が勢いよく乱れ、帽子が吹っ飛びそうになる。いつもながらの荒っぽい風の出迎えにエルは片目を閉じて笑ってみせる。帽子を両手で押さえて、風に負けないようにしっかりかぶる。浮かぶ笑顔はお日様のよう。

 そのまま駈け出した。ハシゴをのぼり、王家の旗が立てられた塔へとのぼりつめる。その場に立ち、両腕を思いきり、広げた。胸をいっぱいに張った。叩きつけてくる風を全身に浴びる。風にあおられた服がバタバタと音を立てている。

 頭の上では太陽が輝き、雲が流れ、鳥が舞う。そして――。

 眼下がんかに世界が広がっていた。草が生え、木々の生い茂るドルイム・ナ・テインの美しい大地がどこまでもつづいている。

 ゾディアック。

 それはドルイム・ナ・テインの大地の上、空高く浮かぶ円盤上の大地。北と東西の三方向は緑なす丘、南側はやはり緑の平原が広がり、それらに包まれて円形のまちが築かれている。南の平原からは三本の坂がのびていて下界とゾディアックの街とをつないでいる。

 王立アカデミーはゾディアックの真北、まちを囲む丘が一番、高くなった場所に建てられている。ゾディアックでもっとも高い位置にある建物なのだ。

 そして、その北側にはなにもない。ただひたすらに空が広がっているだけ。だから、塔にのぼると下界のすべてが見渡せるのだ。

 なんて爽快そうかいな気分。まるで、神さまかなにかになったかのよう。ゾディアックの住人とはまさに天の住人だった。

 エルは腹の底から声を出して思い切り歌った。のびやかな歌声が風に乗り、ドルイム・ナ・テインの大地の上を流れていく。それに合わせるかのように風が吹いて伴奏ばんそうをかき鳴らし、鳥たちが舞い踊る。街のなかでは人々が日々の暮らしに精を出していた。

 パン屋がこれから焼くパンの生地をこね、洋品店では新しい服を作るために店員が客のサイズを計っている。買い物に出た主婦があちこちの店をのぞいては店員たちとやりとりをしている。荷を運ぶ馬車が、昼のいまはついていないガス灯の並ぶ街道を通り、長い槍を構えた騎士たちがあちこちに立っている。

 穏やかな何気ない日常。特別なことなんてなにも起こらないけれど、ささやかな幸福に包まれた世界がそこにあった。

 「おーい、エル」

 下から呼びかける声がした。エルは我に返った。歌うのをやめ、端に駆けよった。下から五人の仲間が見上げている。

 「呑気に歌ってないでおりてこいよ。さっさと抜け出そうぜ」

 「あー、ごめん、ごめん。すぐに行くね」

 エルが『すぐ』と言ったら本当にすぐだ。いちいちハシゴをおりて時間をかけることなんてしない。そのままパッと飛び降りる。

 エルのことを知らないおとなが見たら心臓がつぶれる思いをするだろう。でも、エルはあくまで余裕の表情。塔の高さはせいぜい五メートルほど。エルにとってはなんていうことのない高さだ。空中で一回転して、きれいに着地。サーカスの曲芸師きょくげいしよろしくポーズをとってみせる。おおっ、と、仲間たちの歓声があがり、拍手の音が鳴り響く。エルは得意そうに笑ってみせた。

 「さあ、行こう! 新しい冒険のはじまりよ」

 エルが右腕を突きあげて叫ぶと、五人の仲間も一斉にときの声をあげる。元気いっぱいの声が青い空に吸い込まれていった。

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