第3話 恐ろしき異獣

「ゴホッゴホゴホ、ア"〜」


 咳で目が覚めてしまう。

 額に手を当てるが、異常な高熱だ。


 頭が回らない。今日がいつなのか、昨日は何があったのかすら思い出せない。


 風邪を引いたようだ。何とか立ち上がるが少しでも動くと頭痛が酷くなる。


 ふと制服が目に入る。そうだ、俺は高校生だ。


 制服のポケットに入っていた学生証を見て記憶が蘇る。俺の名前は、森 時貞(モリ トキサダ)。高校3年生17歳。数少ない非異能者だ。好きな食べ物は唐揚げ。特技はストップウォッチを狙った時間に止めること。


 少しずつ思い出してきた。

 それにしても記憶が曖昧になるほどとは、かなりヤバい症状だな。病院に行ったほうが良いだろうな。行かないけど。


「トキ〜、朝ごはんできたわよ~」


「今行く〜」


 言葉を発するだけで頭が針を突かれたような痛みを感じる。

 壁を支えにしてリビングに着く。


「ちょっと、大丈夫?」


 体調が悪いのを見抜いたのか、母さんはそう言いながら額に手を当ててくる。


「子どもじゃないんだからそんなことしなくていいって」


「そう、ならいいけど。今日は休みなさい」


「いや、大丈夫だって。それより、ほら、受験勉強の方が大切だから」


「……無理しないようにね」


「分かってる分かってる」


「それにしても昨日は本当に大変だったわね」


「昨日?」


「ほら、あそこであったコンビニ強盗に巻き込まれたじゃない?」


「…………?あっ、アレね」


 自らへの怒りが再燃するが、表情には出さない。


「もう忘れていたの?切り替えの早さだけは一流ね」


「うーん、まぁね」


 軽い雑談をしながら朝食を食べ終える。雑談の間にある程度体調は快復し、記憶はかなり戻ってきた。支度を済ませて家を発つ。




 実のところ、かなり休みたいが、今日だけは休んではいけない気がする。何か嫌な予感がしてならない。運命の分岐点が今日であると感覚が訴えている。


 太陽が眩しい。寝不足のせいで余計に光が強く感じる。


「あぁ、家で眠っていたい」


 この謎の焦燥感がなければ風邪を理由に休むのに。

 これが受験勉強のストレスというやつか。

 気分転換を兼ねてか、自然といつもとは違う道を選んでしまう。


ドン………ドン………ドン………

キャー!キャーー!!


「んっ?なんの音だ?それに悲鳴?」


 かなり近いようだ。無意識のうちに足が音の発生源へと向かう。


 ある程度進むと人混みの中央に空間が開かれる。

 中心には化け物がおり、その足下には男の子がいる。

 今にも男の子に襲いかかろうとしているようだ。

 化け物は二足歩行で肌は鱗で覆われており、顔は醜悪で、大人でもトラウマになりそうなほどだ。骨に皮膚を貼り付け、その上に鱗が生えているように見える。

 こいつは異獣か?見たこともないが。

 そんなことはどうだっていい。今は男の子を助けなければ。


 いや、何故俺が助けなきゃいけない?無駄死にするだけだ。やめたほうが良い。


「うっ、うわ〜ん」


 昨日のことがフラッシュバックする。

 自分の不甲斐なさに対する怒りが足を前へ進ませる。


「チッ」


 俺もまだまだガキだな。感情で動いてしまう。素人が関わっても二次災害を生むだけなのに。


「おい、化け物!!こっちだ!そこのガキはここから逃げろ!」


 言葉が通じるはずもないが、大声で異獣の注意を引く。

 こちらに身体を向ける。どうやら挑発は成功したらしい。

 徐々に近づいてくる。


「グゥウウウウウゥゥ」


 異獣を観察していく。

 2mを超えるような体格だが、一般的な異獣よりも小さい。それに細身だ。筋肉量が少なければ力も小さくなる道理のはず。

 一発は耐えられるかもしれない。


 倒せるとは全く思わない。

 ほんの数秒でも時間を稼いでやる。


 集中しろ。


 感情の感度を低下させ、恐怖や焦燥をかき消す。

 思考を停止させ、相手の動きのみを捉える。


 今だ!避けろ!


「グゥアアアアア!!」


ブゥン!!


「フッ!」


 何とか避けられ、異獣の大振りの拳が空を薙ぎ払う。そのまま異獣はバランスを崩し、転ぶ。


ドクン!ドクン!ドクン!


 心臓が激しく鼓動する。


 異獣の動きがぎこちないせいか、思っていたよりも遅い。おそらく異獣と化したのは最近のことなのだろう。

 だからといって全く余裕はないが。


「グガ」


 異獣が起き上がったため、次に備える。次もフックか?それとも足蹴か?


 いや、タックルだ!


「グゲガガガガが、グガッ」


「ヤッバすぎ!」


 フェイントを掛けて横に避けるも、異獣の爪が掠ってしまい左腕の肉が抉れる。


 イテェェッ!!


「ガッ!!クッソ!」


 痛みで集中がかなり切れた。

 死までのボーダーが迫っているのを感じる。


「グォォォオオオオ!ガガガガ」


 急に暴れ始めた。先ほどとは違い、誰を狙うわけでもなく腕を振り回している。

 こっちは見えていないようなので距離を取ることに成功する。

 理由は分からないが、都合が良い。

 ここらで、逃げることはできるか?


 先に助けた男の子が手招きしているのが目に入る。


「お兄ちゃん、こっち来て!」


「バッカ!無闇に大声出すんじゃねえ!」


 これじゃ俺が無駄死にになっちまうだろうが。


「グギャギャギャギャァア」


 案の定、異獣は男の子の方を向く。


「あぁもう!!」


 ピンチはチャンス!やるしかねぇ!動き出した瞬間が好機だ!


「グギィ!」


 背を向けて走り出した今がチャンス!


「オラァ!」


 全体重をかけて背後からぶつかり、転倒させる!!


「グゲ?」


 これだけしても倒れないだと!マジかよ?ただの人間と異獣にはこれだけの差があるのか。


 絶望に触れてつい身体を硬直させてしまう。


「グギャ!!」


 至近距離で腕が振るわれる。


 マズイ!!せめて心臓と頭だけは守らねば!

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エケベリアの花 大福吉 @tofu-mental

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