第2話 凡人未満は死に抗う

「じゃ、死んでくれ」


 いくらもがこうとしても身体が全く動かない。


 死にたくない。

 こんな掃いて捨てるほどありきたりな人生でもここで死んだら、悔いしか残せない。


「そうだな。化けて出られても困るから、5秒間待ってやる。その間に死ぬ覚悟を決めろ」


 子どもは躊躇なく殺そうとしたが、俺には時間をくれるのか?チグハグだな。気まぐれなのか、ただの馬鹿か。それとも……


「5」


 カウントダウンが始まる。


 ともかく頭を回転させろ。何とか生き延びる術を見つけ出せ。

 こいつの異能は【固定】だと推測できる。あるいは、それに準ずる何か。人あるいは人を含めた物の動きを止めることができる異能のはずだ。

 対象は1人、今回の場合俺だ。


「4」


 【固定】というからには、心臓が止まり、呼吸もできず、思考ができなくなってもおかしくはない。おそらく、何かしら制限がかかっているのだろう。イメージの問題かもしれない。


「3」


 今は顎すらまともに動かせないが、心臓や肺などと同様に発声器官は機能しているため、腹話術の応用で声は出せそうだ。

 声が出せるなら、できることはある。


「2」


 あまりにも分が悪い賭けでも、他に思いつかないならやるしかない。


「1」


 時間がない。俺は強盗犯の背後を見つめ、恐怖で震える声をできる限りの声量でひねり出す。


「今です!やってください!」


 勿論、強盗犯の後ろにはおばさんしかいない。

 ブラフだ。おばさんはただ突っ立っているだけで、他の人は当然いない。

 ただ、背後に人がいるというだけでブラフだと分かっていても大なり小なり反応せざるを得ないはずだ。


「何!?」


 強盗犯は思わず後ろを振り返ってしまう。

 その瞬間、【固定】が解ける。


 運が良い。非常に運が良い。ダメ元だが、上手くいってしまった。単純過ぎないか?


「オラァ!」


 【固定】が再発動されないうちに、リュックを力の限り投げつけ、更に漫画で追撃する。


「このクソがっ!」


 【固定】の対象は人だけじゃないらしい。リュックは【固定】されてしまったが、漫画の方は【固定】できず腕で受け止める。

 その間にコンビニの外に出ることができた。


「死ねっ!」


バンバンバンバン!


「ぐっ!がぁあああ!」


 デタラメに撃った弾が左腕に当たる。全発撃ち終わったようだ。腕に当たって済んだだけマシだな。肝が冷えるどころの話しじゃない。


 クッッソ痛い!!


 アドレナリンにより、痛覚が麻痺していく。

 力を振り絞って何とか物陰に隠れる。


 【固定】は間違いなく対象選択型の異能だ。対象選択型の異能は、接触や視認などにより対象を認識できなければならない。

 これは射程の問題ではない。どれだけ異能を発動できる距離、範囲が大きかろうが、対象を認識できなければ異能は発動できない。

 物陰に隠れるというのは、それだけで今の状況を乗り切れる手段だ。漫画を投げつけたのも意識を逸らすという理由はあるが、目隠しの代わりにしたかったからだ。


 運が良かっただけだが、上手くいったようで何より。更に都合の良いことに、共犯者もいないようだ。それほどまでに自分の実力に自信があることが読み取れる。


 逃げなければ。


 震える足を何とか動かす。緊張し過ぎて身体の制御が上手くいかない。おばさんや子ども、そしてその父親を見捨てるような構図になり、心が痛むが、非異能者の俺にはどうにもできない。【固定】されたら一方的に殴られて終いだからな。

 助かることを祈るばかりだ。


 痛む腕をハンカチで止血する。


 コンビニが見えない位置まで物陰に隠れながら慎重に移動し、警察に電話を掛け、事情を説明した。何故か強盗犯は追いかけて来なかったが、こちらとしては都合が良い。


 一気に脱力感に襲われるが、まだ安心できない。できる限り現場を離れる。いつの間にか家についたようだ。玄関に入った瞬間、足が崩れる。


 血の匂いが鼻にこびりついて離れない。脳裏に焼きつく生々しい赤色がアレは現実だったと突きつける。吐き気が止まらない。


 ドタドタと足音が聞こえる。多分母さんだろう。


「どうしたの、トキ!大丈夫!?」


「大丈夫……じゃない。救急車お願い、母さん」


 緊張の緩急により、精神が擦れ、意識が朦朧とする。


 その状態のまま救急車で病院まで搬送され、病院での手当てが終わる。それから事情聴取などを終え、ようやく自由な時間がやってきた。


「あぁ、疲れた」


 家に到着し、そのままベッドに入る。暗がりの中、スマホをいじりながら今日の出来事を整理していく。


 偶然近くにいた異能警察官こと異能官が現場にすぐ駆けつけ、強盗犯は逮捕されたらしい。

 店員のおばさんも子どもも無事だったらしいが、父親の方は出血多量で亡くなってしまったとのことだ。


 クソッ


 子どもの前で親を殺すとは、随分と胸糞悪い話しだ。

 そして、自分の無力さにも怒りが湧く。

 頭では理解している。自分のような凡人では、たとえ異能を持っていたとしても、何かできるわけではないことを。寧ろ、下手に犯人を刺激してしまうかもしれない。

 今日を生き伸びることができたのは幸運以外の何物でもないんだ。


 それでも力が欲しい。自分の周囲だけでも守ることができる力が。


 力を得る方法は、異能に限らないのにも関わらず、異能を渇望してしまう。


 自分ながら強欲だな。対価も無しに力を求めるとは。結果だけを得たいと思うのは。


 そんなことは分かっている。でも、人間としての本能が求めて止まない。


 力を。力を寄越せ。

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