エケベリアの花
大福吉
第1話 凡人未満は何もできない
いつもと同じように高校へ行き、いつもと変わらず机に向かう。
こんな山も谷もない生活を好む人はそう多くないかもしれないが、俺はそこそこ気に入っている。
「時間過ぎているぞ。さっさと席につけ。今日は……51ページからな」
異能学の教科書を開くが、なんとなく授業に集中できず考え事をしてしまう。
数百年前に突如として異能という超常の力が現れ始めてから、この世界は崩れ始めたらしい。異能は悪用され、既存の法が意味を失くし、世界は混乱に包まれることになる。それだけならまだ良かった。
「_____………」
そのおよそ百年後、異獣と呼ばれる化け物が現れた。異獣は人を喰らい、増殖し、また人を喰らう悪魔のような所業を繰り返す。それ故、異獣は恐怖の象徴として人々の心に刻み込まれている。
「……おーい、時貞〜、聞いているか?問5だぞ、問5」
宙に漂っていた意識が戻る。
やべっ。
「あっ、はい!えー…………」
問5、問5……。
「チッ、これだから無能者は」
確かに即答できない俺が悪いがそこまで言わなくても。
キーンコーンカーンコーン
その後特に何事もなく授業が終わり、帰途につく。
今日は漫画の新刊発売日だしコンビニに寄るとするか。
「お支払い方法は?」
「現金で」
目的のものを買い終わり、コンビニを出ようとするが、目出し帽を被った長身の男が中に入ろうとしており、出ようにも出られない。
「邪魔だ!どけっ!金を出せ、早くしろ!おい、お前ら、動くなよ。変なことしたら撃ち殺すからな」
男は懐から拳銃を取り出す。
マジか。おいおい、勘弁してくれ。コンビニ強盗ならよその店でやってくれ。冷や汗が出てきた。
すぐに店員のおばさんがレジ下に手を伸ばすが、動きが止まる。
何だ?
「ババァ!通報しようとしても無駄だぜ!指1本動けないだろ?ハハハッ!」
その間に強盗犯はレジを漁り始める。
なるほど、この現象は間違いなく異能の効果によるものだ。しかし、こいつはマヌケか?一人一つしか宿らない異能なんて使ったら足がつくだろうに。
「ヒック、ヒック、うぅ。」
それを見ていた女の子がグズり始めた。そばにいた父親と思われる男性が女の子を宥める。
「うるせぇ!クソガキがぁ!」
バンッ!
「キャー!!」
強盗犯が発砲した。
無理に子どもをかばったせいで父親の方に直撃したようだ。あまりにも短気過ぎる。本当に撃つヤツが何処にいるんだよ。
あたりに鉄臭い匂いが漂い始め、床が赤に染まっていく。
血を見るだけで気分が悪くなる。吐き気が止まらない。
「み……お………い……きろ」
俺は見ているだけでいっぱいいっぱいで何もできない。いや、下手に動かないほうが良い。
動悸が一段と激しくなり、呼吸も乱れる。
落ち着け。落ち着け。冷静になれ。
震える手を何とかして鎮める。
「外しちまったか」
動きを止める異能があるのに狙いがズレたのか?
おばさんに異能を使っていて、子どもやその父親に使えなかったと考えると筋が通らないこともない。
おそらく、一度に異能の対象にできる数は一つといったところか。確実にそうだとは言えないが。
「あ?」
何か気になることでもあったのか、子どもから父親を引き剥がす。
どうやら弾が貫通していたらしい。位置関係的によく見えないが、子どもは息をしているようだ。
「こりゃあ『当たり』じゃねえか!」
何が当たりなのだろうか。弾が当たっていたことか?それにしては言い方が変な気もするが。
「…_________……………………」
ブツブツと呟き始めたが、全く聞き取れない。
何でもいいからさっさと帰ってくれ、マジで。俺は小心者なんだ。このままじゃ、他人を心配するどころか、過呼吸でこっちの身がもたない。心臓の鼓動がさっきから五月蝿いんだ。
「………一応、目撃者は消しておくか」
防犯カメラを銃で撃ち抜く。今更じゃないか?そもそも何のために?
今度は俺に銃を突きつけられる。
「エッ’’」
急な方向転換に思わずカエルを潰したような声が出てしまう。さっきまで震えていた手が嘘であるかのように止まった。
マズい。
これは異能だ。手どころか身体全体が【固定】されてしまった。確実に殺すという強い意志を感じる。
「じゃ、死んでくれ」
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