「虎太、監督とコーチが、メンタル安定して来たって、褒めてたって」

「マジで?」

「女神様のおかげだな」

「……かもな」


 道着から制服に着替え、部室を後にする虎太郎と親友の松永まつなが 朋希ともき


「せっかく水浴びシャワーしたのに、汗が引かねぇ」

「俺も」


 Yシャツをパタパタと煽ぎながら、駅へと向かう。



 高校生以下の空手は無差別級のため、対格差があっても対戦する。

 虎太郎は、年に1回(8月)行われる全国中学生空手道選手権大会全中で1勝2敗と朋希に負け越している。


 実力はほぼ互角なのだが、幼少期に体が小さかった虎太郎にとって、メンタルな部分が組手になると途端に浮き彫りになる。

 それがこのところ、大分安定して来たのだ。


 朋希が言う『女神様』とは、雫のことである。


 オリンピックメダリストの父を持つ虎太郎は、物心ついた頃から空手をしている。

 けれど、どんなに大盛りのご飯を食べても体格が大きくならず、俊敏さはあっても、同じ年の子たちに気合で負けていた。


 自宅道場に通う子たちは勿論のこと、他の道場の子たちにも馬鹿にされ、試合会場の裏でよく泣いていた。

 そんな時に出会ったのが雫だ。


『男の子なんだから、メソメソしないの!毎日真面目に練習すれば、いつかは強くなれるから』


 体格にコンプレックスのあった虎太郎にとって、『上段蹴り一本の女王』と呼ばれている雫からの言葉は、何物にも代えがたい勇気をもたらした。


 それまでも稽古を欠かしたことのない虎太郎であったが、その日を境に、弱音を吐くことを封印したのだ。


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