③
「津田、刻み突いた後は必ず副審に見えるように体の位置取りを忘れるな」
「はいッ」
空手は副審が判定し、主審にはポイントの判定権は無い。
副審に見えるように技を繰り出さなければならず、攻撃後は防御体勢を副審に見えるように位置取りが必須なのだ。
空手はボクシングと違い、
『KOする気ならできるけれど、あえてしない』という、圧倒的な強さを見せつけるのがポイントを稼ぐコツ。
これが、寸止めと言われる組手の醍醐味だ。
「最近、虎太郎の技にキレが出てきましたね」
「元々スピード感のある奴だが、不安定なメンタル部分がだいぶ成長して来たようだ」
「そう言えば、彼女らしき存在ができたって、部員たちが話してましたよ」
「虎太に?」
「はい。しかも、南棟の生徒らしいです」
「遂に奴も一人前になったか」
遠藤監督と小柳コーチが虎太郎の動きを見ながら会話する。
虎太郎は、『空手界のプリンス』と呼ばれるほど注目株の選手だ。
しかも、鍛え抜かれた肉体にマッチする面魂の持ち主。
なのにここ一番という局面で、メンタル部分に若干の不安要素があった。
空手は幾ら技を磨いても試合に勝てるわけじゃない。
団体戦であっても、戦うのは1対1。
技を決めることよりも難しいのが、精神面を鍛えることだ。
武士道でもある空手は、呼吸一つとっても習得するのに鍛錬が必要である。
愛弟子の成長に、遠藤は安堵の笑みを零した。
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