第三話
だが、想像した痛みはなく、代わりに奇妙で短い悲鳴が目の前から聞こえた。
恐る恐る目を開けると、瞑る前よりも近いところにムカデの口があった。そしてその中を貫くように、緑色に光る細い柱――いや、刀があった。
「おい、大丈夫か?」
顔を上げると、ムカデの頭に立ち、緑に光る刀を突き立てている男の姿があった。
一弥がうなづくと、男は歯を見せて笑った。そしてすぐに表情を引き締める。
「すぐに離れろ。こいつにとどめを刺さねばならない」
「は、はい」
あれほど動かなかった足が、今度はたやすく動いた。後ずさりするように一弥が十分に離れたところで、男が刀を引き抜く。両手で持ち直したかと思うと、あっという間にムカデの頭を切り落とした。
それまで尾をびくつかせていたムカデは、とうとう動かなくなった。それどころかボロボロと崩れ、塵になって消えていく。
「大丈夫だ、物の怪は他にはもういない」
男は刀をしまうと、周辺に向けて声を張り上げた。
「怪我はないか?」
逃げていた大人たちが戻ってきて、壊れた家の中に入っていくのを横目で見ながら、男が一弥の元にやって来た。
男は旅装束だった。刀を差しているから、武士だろうか。
「あの、何故、刀が緑色に光って……?」
武士の刀とは、光るものなのだろうか。怪我の心配をされているというのに、そんなことを口にしていた。
「おまえ、見えたのか?」
「へ?」
「俺の刀が緑に光っているのが、見えたのか?」
「は、はい」
男は驚いた様子だったが、一弥が思っていたのとは違うところで驚いているようだった。
「それは珍しい……。おまえ、名は?」
「一弥といいます」
「両親はどこに?」
「……いません。何年も前に、二人とも死にました」
男は一瞬目を見開き、それからばつが悪そうに頭をかいた。
「――悪いことを聞いてしまったな。すまん。俺の名は義鷹だ。物の怪退治屋をやっている」
「もののけ、退治屋……」
武士ではないようだが、物の怪の退治屋がいるというのは、初めて聞いた。
「一弥、おまえには呪力がある。呪力があるということは、物の怪退治の才があるということだ」
「え」
「呪力を持つ者はそうそういない。どうだ、俺の弟子にならないか?」
これが、一弥と義鷹の出会いだった。
●
あとで義鷹が町人から聞いた話によると、巨大ムカデに襲われた家の旦那と子供は、なんとか生きていたらしい。ただ、旦那は両足を、子供は右腕を食われてしまった。
「俺がもっと早く駆けつけていれば……」
義鷹は巨大ムカデを追いかけてきたそうだ。他に三匹を退治していて、町に現れたのが最後の一匹だった。
ムカデ退治を義鷹に頼んだのはこの辺りを治めている武士で、領内の村が一つ壊滅したためだったそうだ。
「それ、俺がいた村かもしれません」
「なんだって?」
「二ヶ月くらい前でした」
「……俺が聞いた話でも、それくらいだ。では、一弥の両親は――」
「いえ、生まれた村は、そこではないです。父ちゃんは戦に行ったまま帰ってこなくて、母ちゃんが女手一つで頑張っていたけど死んでしまって、親戚のいる村に引き取られたんです」
二人は、義鷹が借りた宿にいた。
義鷹は旅装束を解いて着流し姿。一弥は、義鷹の好意で久々に風呂に入って、その間に彼がどこからか調達した子供用の着物に着替えていた。
「そうか。では俺は、おまえの養い親も救えなかったのだな……」
「いいえ、あれは義鷹様がムカデ退治を頼まれる前のことですから。それに――」
一弥はずっと正座をしていた。風呂に入らせてもらった上、義鷹が用意した着物は、一弥の人生の中で一番上等な代物だったのだ。昨夜とは別の意味で体がこわばっていた。
「それにあのムカデは、俺が呼び寄せたものかもしれないんです……!」
手を置いていた膝のあたりの布を、一弥はぎゅっと握りしめていた。
「どういうことだ?」
「俺を引き取ったおじさんとおばさんは、いつも俺に冷たく当たって、ご飯もあまり食べさせてくれなくて……。ずっと働きづめで、泣いていたらぶたれるし……いつも辛くて……だから、二人が死ねばいいのにって……」
握りしめている手の甲に、滴がいくつも落ちる。
「ずっと、思ってた。そしたら、大きなムカデが村を襲って、おじさんとおばさんを食べてしまって――」
嗚咽混じりに話した内容を、義鷹がどれだけ聞き取れていたのか、一弥には分からない。
「他の人たちも、たくさん食われてしまったんだ。俺があんなこと願ったせいで、みんな、みんな……!」
泣きじゃくる一弥の頭を、大きな掌が優しく包み込んだ。
「一弥、おまえのせいではないよ」
掌と同じくらい優しい声だった。もう限界で、一弥は義鷹にすがりついてただひたすらに泣いていた。
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