期待と希望は無駄なもの

作者

期待と希望をもったらその逆の事が起きた


 二十代の頃、介護施設で働く事を決めた。


 資格を持っていた方が後々働きやすくなるのではないかと思い、ホームヘルパーニ級を取得した後、パートとして特別養護老人ホームで働く事になった。


 九時から十五時のパートタイム。


 うちは核家族で、旦那の実家は近所にあるけど、自営業で休む暇もなく働いているため、子供を預けることはできなかった。


 パートで働く事ができる事。

 なおかつこのパートタイム内で人生勉強ができる所を選んだ。


 その頃、うちの父方のばあが足を痛めて「介護施設に行く事になるなら、この家で野垂れ◯んだほうがましだ」

 と言ってるのを聞いて、何かできる事がないかと少しでも役に立てればと思ったのもきっかけの一つ。



 今となっては、自分の体力に見合わないのに外ばかり綺麗に着飾るただの自己満足でしかなかった。家事に育児、それに仕事な訳だから両立できたものではない。


 結局、うちの実家でアクシデントがあり、ここの施設での仕事を長く続けることはできなかったけど、その短い期間の中でありえない現実を目撃してしまったのだ。




 その仕事の初日あの頃は考えが幼かったというか、冷静さに欠けるというか、何を思ったのか希望で胸がいっぱいだった。


 色々吸収できる。成長できる。と何かに期待していた。



 幸いなことに、教育係の上司が気さくで仕事を細かくきっちり教えてくれる人だったので、そこだけが救いだった。


 その他はというと、リーダーからは新人いびり。気の強そうな職員からは強くあたられ、想像していた世界とまったくもって違っていた。


 もちろん全部が全部施設がそういうわけではない事は確実に言える。実際、次に働かせてもらった施設ではそんな事はなかったから。


 


 希望を持つ


 浅はかだった。

 

 気の強い職員からはすごい事を言われた。


「キレイな気持ちでいたら、ここではやってけないよ」


 あの時の自分はどれだけキラキラしていたのだろうか。その言葉を言われた時の自分がどんな反応をしていたのかは忘れてしまったけど、この言葉はインパクトが強すぎて今でも鮮明に覚えている。


 リネンから食事介助。

 仕事をどんどん覚えて時間の使い方にゆとりが出てきた頃、妙な違和感に気付いた。



 特定の利用者様の腕に青い模様のようなものが…


これはまさか…


いやそんな事あるはずない…



 でもある意味繋がった。


「きれいな気持ちでいたら、ここではやってけないよ」


 ってそういう事なのか。

 そんなはずない。

 でも、もしそうだとしても、自分にはこの環境を変える力は持っていない。

 仕事を淡々とこなす事でしかなすすべはなかった。


 職員を動かせる立場にならない限り、その先はない。自分の中で疑心暗鬼になってる中、さらに信じられないことを耳にした。


 この施設のスピーカーはスピーカーと見せかけてマイクになっているという噂。


 どういう事?

 一つ一つの居室の壁にはスピーカーが埋め込まれていて、スピーカーと見せかけたマイクが拾った声は全部施設長に筒抜けだという事。


 そんなことがあるのだろうか?

 防犯カメラの監視システムと同じ感覚なのか?


 その話を教えてくれた上司達は、噂を信じているのか信じていないのか、聞かれたらまずいような事を普通にスピーカーの近くで話していたので、やっぱりあれはただの噂かもしれないと気を抜いていた。


 時が過ぎ退職を間近に控える頃、いつもはそんなにプライベートな話はしないようにしていたのになぜだかその日はベラベラと夫婦事情を話してしまった。


「最近ケンカばかりなんです」


 とにかくあの頃は夫婦関係が一際ギスギスしていて、心がやさぐれていた。

 だから利用者様がかけてくれるありがとうという言葉に癒される日々だった。


 退職当日の日、利用者様とお世話になった上司たちに挨拶をして、最後に施設長の所へ出向いた。


 小柄であの頃の時代には珍しい女性の施設長。そんなに話をした事はなかったけど、施設内では口数が少なく滅多に会話をしないことで有名だった。


「短い間でしたが、お世話になりました」


 施設長はいつもより穏やかな表情で、


「たまにはお茶でも飲みに来な」


 と言ってくれた。

 こんなに優しい人だったんだと。穏やかな表情に面食らった瞬間、

「夫婦はうまくやっていかなきゃダメだからね」


 …………


 頭が真っ白になった。


 夫婦の話、あの時あの一回しかしてない。なんで知ってるんだ。いやいや、ただの偶然かもしれない。



 その後の事はあまり覚えていない。

 あの噂が本当だったら全部筒抜け。

 あの事もこの事も全部知ってる。


 確かめた訳ではないのであの噂が事実かどうかは分からない。 


 でも、もしこれが事実だったとしたら…

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期待と希望は無駄なもの 作者 @tarinri

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