第7話

 バックヤードで寛いだり、店内をうろついたり、暇を持て余していたが結局如月の隣に戻った。

 真剣な表情で画面から目を逸らさない。

 普段にこにこしている如月のこういう姿は新鮮だ。


「千奈津ちゃん」

「うん?」

「いたよ」

「え?」

「万引き娘」

「えっ」


 如月はいつもの笑顔で画面を指す。

 千奈津が画面に視線を移すと如月は再生ボタンを押し、万引きの瞬間を見せた。

 女子高生三人組が売り場に来ると、真ん中にいる女子生徒が手を伸ばした。左右にいる女の子たちは誰にも見られていないか警戒するように、顔を外側に向けている。

 万引き娘、と如月が断言したから千奈津の目には警戒しているように映るが、客観的に見ると「あそこにも可愛いものがある! なんだろう」とイヤリングではなく、別の商品を眺めているようにも映る。

 真ん中の子が視線だけを動かし、周囲を確認した後、鏡の前でイヤリングを耳に当てた。首を傾げた後、その商品を元に戻す……振りをして袖の中へと隠した。


 千奈津は完全に見落としていた。

 商品を元に戻したものと思い込んでいたのだ。

 よく観察すると、イヤリングは確かに袖の中へと消えた。

 そして左右の子も同じようにイヤリングを隠し持ち、去って行った。


「この制服は女子高だねー」

「如月くん、すごいね。私なんて気づかなかったよ」

「分かりにくいけど、なんか変だったから」


 現役大学生とフリーターの違いだろうか。

 さすがに学歴の差は関係ないが、観察力の違いに驚かされる。


「これって報告した方がいいかな?」

「どうだろう。千奈津ちゃんはどう思う?」


 分からないから聞いたのだけど。

 と思ったが、如月が聞きたいのはそういうことではないだろう。

 千奈津と如月の仲である。正直に言おう。


「面倒事は嫌だ」

「だよねー、俺も」


 この緩い場所でぬるま湯に浸かっていたい。

 こんな楽な仕事はなかなかない。

 それは如月も思っている。

 だからこそ、万引き娘を見つけたにも拘わらず、すぐに「マネージャーに報告しよう!」とはならない。

 興味本位で犯人捜しをしてみたが、実際に見つけ出してしまった今、さてどうしようかと気まずい雰囲気が二人の間に流れる。

 分かっている。しなければならないことはたった一つだ。しかしそのたった一つをしてしまうと、面倒な事になってしまうかもしれない。

 この会社の緩さならそこまで厄介なことにならないだろう、と思うのだがいかんせん万引きは初めてのことなので会社から何を言われるか分からない。


「如月くん、前のバイト先で無銭飲食されたことないの?」

「さすがにそれはなかった」

「私も万引きは初めてだから、どうなるのか分からないや」

「面倒なことにはならない、かな?」


 互いに顔を見合わせ、苦笑する。

 報告して面倒になるのは避けたい。その一心である。

 なかったことにしようか。互いの顔がそう語っている。

 同じ気持ちであることを察し、苦笑を強くした。

 じゃあ、黙っておこうか。視線で会話をしていると、「えっ」とどちらでもない声がした。

 二人の間からにょきっと顔を出し、画面を食い入るように覗き込んでいるのは波瀬だ。


「これ、マネージャーから連絡があった万引きの件ですか?」


 波瀬が来たことで、もうそんな時間かと千奈津は時計を確認した。

 マネージャーから直々に連絡があったのかと思いきや、携帯を開くとマネージャーからグループに通知がきていた。バイトとマネージャーだけで構成されたグループだ。

 商品の数が合わないとの連絡で、万引きとは書かれていないが仄めかすような文章だった。


 如月は嘘を吐くことができず、肯定した。


「あたしにも見せてください」


 波瀬は如月と場所を代わり、巻き戻して万引きの瞬間を確認する。

 千奈津と如月は波瀬の後ろで目を合わせた。

 仕方ないね。そんな意味を込めて。


「これ、完全に万引きですよ。マネージャーに伝えます」


 波瀬はその場で電話しようとしたので、千奈津はバックヤードへ行くよう促した。

 すると、如月の死角で嫌そうに顔を顰める。


「どうしてですか?」

「お客さんがいるところで万引きの電話をしない方がいいんじゃないかな?」


 波瀬が店内を見渡すと、客が入ってきているところだった。

 千奈津の言うことに従うのが納得いかないようで、更に顔を顰める。


「ごめんね、任せてもいい?」


 如月の言葉で波瀬は笑顔になり、「はい!」と元気よく答えてバックヤードへ戻った。


「ありがと」

「お客さん入ってきたし、店内で万引きの連呼はさすがにねー」


 波瀬が嫌そうにしていたのは如月から見えなかったはずだが、雰囲気で察したのだろうか。さすがだ。

 波瀬の性格を分かっていないとできないことである。波瀬のことを好きではないからこそ、分かるのだろう。


 まさかマネージャーに報告することになるとは。

 二人だけの秘密にしていたかったが、波瀬が来てしまえば仕方がない。気楽に働きたい千奈津たちとは違い、波瀬はまるで社員のような振る舞いをしたがる。

 万引きを見過ごすような真似はしない。

 労働に対する熱意に差がある。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る