第8話
電話を終えた波瀬がやってくると、千奈津と如月の間に割り込んだ。
「マネージャーに伝えてきました。取り敢えず、その女子高生たちが来たらまた連絡してほしいって言ってました」
態々間に入らなくても、と思ったが如月の隣は自分でないと嫌なのだろう。
千奈津は譲るように一歩横に動いた。
今日もセール品を置いているため、客数は普段より多い。
如月に熱を向ける波瀬と一緒にいると、恋敵にされてしまうので傍にいたくない。しかし、店内を歩く気分でもない。
千奈津は二人の後ろで繋がった状態のクーポン券を切り取る作業を始めた。
「監視カメラで特定するなんて、すごいです!」
「いやー、そうかな?」
「そうですよ! あたしも先輩の仕事ぶりを見習わなきゃ!」
「はははー」
ただの興味本位、暇つぶしでやっていたものを褒められ、如月は素直に受け止めることができず愛想笑いを浮かべた。
すごいすごいと、次から次へ褒め言葉が飛び出る。
背中合わせなので千奈津は二人がどんな表情をしているのか分からない。
波瀬の声色はとても嬉しそうな色を含んでおり、如月の声のトーンからは乗り気でないものを感じる。
「マネージャーが褒めてましたよ。よく見つけたね、って。マネージャーでも見つけることができなかったものを見つけるなんて、本当にすごいです」
「マネージャーは忙しいから、まだ確認してなかっただけじゃないかな」
「それでも、最初に見つけたのは先輩ですから!」
如月が大手柄をあげたように褒めそやす。
さすがに居心地が悪くなったのか、如月は話題を逸らそうとしてみるが、「すごいなぁ」と何度も呟く波瀬に負け、如月はついに喋らなくなった。
如月の気持ちが理解できる千奈津は、分かる分かると頷きながら、必死に如月と楽しく喋ろうとする波瀬を哀れに思った。
二人が接客をしている間、千奈津はずっと背を向けて作業に没頭していた。
時折振り返って、客が増えていないか、手伝わなければならない程忙しそうか、を確認するが千奈津の出番はなかった。
「あれ、もしかして、例の女子高生じゃないですか?」
ひそっと、客に届かない声で波瀬が如月に視線で客を指す。
まさか。
昨日窃盗したのに今日来る勇気があるのか。
如月と千奈津は波瀬の言う女子高生三人を捉え、上から下まで観察する。
最近の女子高生は似たような見た目で、区別ができない。
言われてみれば似ているような気もする、という感想しか持てなかった。
顔まではしっかりと覚えていない。
やはり警察官にはなれないようだ。
「そ、うかな?」
如月も確信が持てず、曖昧な返事しかできない。
波瀬は随分と自信があり「絶対そうですよ」とパソコンであの瞬間を映す。
「ほら、ほら」
如月と千奈津は互いの顔をくっ付けて覗き込むが、それに気づいた波瀬が千奈津に軽く体当たりする。
思わぬ衝撃に身を引き、波瀬からの鋭い視線を感じ取るとギリギリ見える角度から画面を覗き込む。
顔の判別はできないが、スクールバックにつけているキーホルダーは確かに同じものだ。
「あたし、もう一回電話してきます!」
波瀬はマネージャーに電話をするため、急いでバックヤードへ行った。
「どうする?」
如月は千奈津に訊ねるが、二人とも答えは同じである。
「見て見ぬ振りがしたい」
「だよねー」
そういうわけにはいかないことは百も承知である。
目の前に窃盗犯がいる。万引き娘が三人揃っている。
「これって俺たちが捕まえるってこと?」
「えっ、警察呼べばいいんじゃないの?」
警察に通報しても到着するまでに時間がかかる。その間、自分たちは三人を捕まえることはせず傍観に徹する。
昨日の監視カメラのデータを渡せばそれを証拠としてどうにかしてくれるだろう。
捕まえるのは警察の役目で、アルバイトの自分たちはただ警察を呼ぶだけでいいのでは。
と、千奈津は如月に伝える。
「あぁ、なるほど。それが楽だね」
面倒なことはしたくない。
二人はへらへら笑い、女子高生たちから目を背けた。
電話は波瀬が持っているので、戻ってきたら警察に連絡を入れよう。きっとマネージャーからもそう言われるはずだ。
捕まえろだなんて、まさかそんなことは言われないはずだ。捕まえたところでどうにもできない。
波瀬が興奮した様子で戻ってくると電話を置き、内緒話をするように両手で口元を隠す。
「その女子高生たちから話を聞いて、イヤリングの代金を払ってもらうようにとのことでした」
「えっ、マネージャーがそう言ったの?」
「そうなんです。今日中に払ってもらえばそれでよし、了承してもらえないのなら警察に通報するとのことです。どうしましょう」
まさかだった。
警察に電話したら終わりだなんて思っていた。
マネージャーは一番面倒な選択をした。
如月と千奈津は無意識に時計を確認する。
閉店まであと二時間。それまでに解決したいが、できるだろうか。
如月と千奈津は想像する。
女子高生に話しかけ、万引きしただろうと指摘して経緯などの話を聞くためバックヤードへ連れていくとしよう。
果たして女子高生たちはイヤリングの代金を払ってくれるだろうか。
駄々をこねられ、「嫌だ嫌だ払いたくない」と言われてしまえば話はずっと平行線だ。閉店時間を過ぎてもその調子だと、千奈津たちは帰りたくても帰れない。むしろ、それを狙って絶対に財布は出さないかもしれない。このまま平行線を保てば帰らせてくれる、そんな考えを持っての言動が容易く想像できる。
結局、夜遅いからと解放せざるを得ないのだ。
とても面倒くさい。
千奈津と如月は表情の管理ができず、心情が顔に出てしまう。
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