第6話

「数が合わない?」


 火曜日、出勤して早々申し送りで嫌な話を聞いてしまった。

 十四時から出勤の千奈津は、交代するためフリーターの剛馬に声をかけると眉を八の字にして「商品の数が合わない」と告げられた。

 剛馬凛々はモデルもしており、容姿端麗である。美女が申し訳なさそうにするので、千奈津は思わず「大丈夫!」と叫んだ。


「うちにある商品の数と、売った商品の数は本部でも確認できるでしょう?それで、数が合わないって本部から朝一で連絡があったのよ」


 千奈津たちは商品の管理をやっていない。データはあるので見ようと思えば見ることはできるが、そんなことは本部がやっているので千奈津たちがやらなくてもきちんと管理されている。

 暇なときや商品の数が一気に減った時はデータを覗くが、それ以外は基本的にパソコンを立ち上げることすらしない。

 在庫が減ってきたな、と思ったら本部から商品が送られてくる。千奈津たちは本部任せだった。


「イヤリングが三種類、数が合わないんだよ」


 そう言って差し出されたのは、三つとも二五二五円のイヤリングだった。

 価格が高いもの程クオリティも高いので、二五二円のイヤリングに比べるとこの三つはとても豪華だ。

 きらきらと光るイヤリングを掌に乗せ、万引きかなと予想する。


「女子高生が会計せずに持ち出したのかなって本部の人が言ってた。監視カメラを遡って捜してみるけど、店舗でもちゃんと監視するようにって」


 千奈津は、先日斉藤のために使用した、売り物のポケットティッシュを後からでも購入してよかったと心底思った。

 緩い会社だが、こういうところはきちんとしている。


「分かった。じゃあ他の人にも伝えておく」

「ありがとう。ちなみに、わたしは朝一で出勤したけど客の数は三人だけだったよ」

「少ないね。これは夕方まで暇そう」

「頑張ってね」


 ここで働いているフリーターは千奈津と剛馬だけである。剛馬はここで朝働き、午後はモデルの仕事へ向かうことが多い。

 平日の午前は客が少ないので剛馬の一人体制がほとんどである。

 そして昼は千奈津に交代し、夕方になると大学生のアルバイトが入る。というのが多いパターンだ。


 千奈津は静寂な店内でやることがなかったのでパソコンを立ち上げた。数か月ぶりに触るパソコンだ。

 使い方は覚えている。もし忘れていてもマニュアルがあるのでそれを読めば問題ない。

 監視カメラの映像を出し、時間を遡って昨日の映像を出す。

 アクセサリー売り場一点に集中し、客が売り場に来るまで早送りをする。

 女子中学生、女子高生が次々にやってくる。その度に早送りを止め、じっと手元を見つめる。

 なんだか警察官になった気分だ。

 ちょっと楽しくなってきた。


 わくわくして監視カメラの映像を見ていたのは最初だけだった。その後は目が疲れてしまい、目薬を差さないとやっていられない。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、目元をぐりぐりと押さえ、目を休ませてみる。

 どうやら警察官には向かないようだ。


 客が全く来ないので千奈津は接客することなくパソコンの画面に食いついていた。


「千奈津ちゃん、珍しいね」


 如月の声が耳元でしたので驚き、肩をびくつかせた。

 如月がいるということはもう夕方か。

 そんなに集中していたのか。


「何かあった?」

「万引きがあったかも、って本部から連絡があったんだって」

「もしかしてここに置いてあるイヤリング?」


 千奈津がうなずくとカウンターの端に置いてあるイヤリングを手に取り、「ふうん」と如月は呟いた。


「暇だし、監視カメラを見てたの」

「へえ、熱心だね」

「暇を極めたら仕事熱心になるみたい」

「それで、犯人いたの?」

「今のところそんな人はいない」


 しかしもう映像は後少しで終わる。

 もしかして見落としたのだろうか。

 千奈津は首を傾げるが、また最初から確認する気力はない。

 どうしても犯人を捜し出したいわけではない。たかがバイトだ。犯人が見つかろうが見つかるまいが、千奈津の給料は変わらない。

 犯人を捜し出さなければ給料を減らす、と言われたら必死になって捜すだろうが、捜し出すよりも先に面倒になって辞めるかもしれない。

 千奈津にとって監視カメラの映像を見ることは、ただの暇つぶしだ。


「あ、終わったね」


 画面には掃除をしている斉藤が映っている。


「残念、見つけ出せなかったよ」

「俺も見たい。いい?」

「うん」


 如月も興味があるようで、映像を一から再生する。

 千奈津は目が疲れたので、意味もなく店内をうろつく。

 誰もいないけれど暇なので取り敢えず「いらっしゃいませー」と言ってみたが、アパレル勤めの女性が発する「いらっしゃいませー、どうぞ、ご覧下さいませー」にかき消された。

 誰が発したか分からないが、きっとターバンみたいなのを頭部に巻いて、ワンサイズ大きいパーカーを着ている女に違いない。制服か、と言いたくなるくらいこのショッピングモールでよく見かけるファッションだ。

 千奈津は今日、ジーンズにTシャツを着用している。部屋着ではない。出勤のために着替えた服だ。

 ニコニコショップでは服も売っているが、ファッション系の店とは違い、店で売っている服を着なくてもいい。

 可愛い猫がプリントされているTシャツは千奈津のお気に入りだが、波瀬に鼻で笑われた服だ。

 どんな服を着ようがいいじゃないか。


 千奈津にはターバンを巻く勇気がない。

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