第5話
十八時になると、制服を着た女子たちが途絶えることなく店に足を踏み入れた。
値下げした商品を吟味している様子を千奈津たちは眺める。
「あそこの値下げ商品、何かいいものありましたっけ?」
「俺は触ってないから分からないな。千奈津ちゃんがやってくれたんだよね」
「売れ残りだからいいものはないよ。変なキャラクターのキーホルダーとか、ハンドタオルとか、安っぽいペンケースがあったかな」
「人は値段が下がると群がりますよね。砂糖に集る蟻みたいです」
斉藤の感想に苦笑していると、女子高生が会計をしにやってきた。
如月が対応をしていると、また一人、また一人と並ぶ。
千奈津は手持無沙汰の状態で如月の隣に立ちたくなかったので、店内の様子を確認するべくふらふらと歩く。
棚から落ちそうになっている商品を戻したり、傾いている人形を整えたり、見栄えをよくするために動いていると斉藤も千奈津同様の動きをしながらちらちらと値下げに群がる女子高生を気にしていた。
「これ可愛くない?」
「えー、気持ち悪いよ」
「これはどう?」
「微妙じゃん」
「可愛い物少ないね」
「でも安いからいいじゃん」
「あ、これにしよ」
「そんなものをイケメンに見せるわけ?」
「これ買ったら変な女だと思われるかな?」
女子高生たちの傍にいる二人には会話が聞こえてしまう。
斉藤は女子高生の会話が気になり、手が止まっていた。
「嘘でしょ、そんなものをあの店員さんの前に出すの?」
「駄目かな? もっと可愛い方がいい?」
「こいつセンスないな、って思われちゃうよ」
「これがいいんじゃない? 無難だし」
「無難なもの買っても、覚えてもらえないじゃん」
「変な女だと思われるよりはよくない?」
二人は悟った。
この女子高生たちは如月を気にして商品を選んでいるのだ。
如月に認知されたい、如月に悪く思われたくない。そんな思いから商品を選びに選んでいる。
斉藤は内心「うわぁ」と引いたものの、如月の容姿を考えれば当然だ。
女子高生の会計をしている如月を見ると、にこにこ愛想よく接客をしている。女子高生に話しかけられても嫌な顔一つせず、完璧な対応で返している。
斉藤は如月のように物腰柔らかく接することはできない。社交性がない。
接客をするよりもバックヤードで作業をしている方が遥かに楽で好きだ。
自分は陰を纏う人間であることを自負しており、積極的に表に立ちたいとは思わない。
今日の会計は全部如月に任せよう、と女子高生を見ながら斉藤と千奈津は頷いた。
「えっ、ねぇ、あそこにいる人って店員?」
一人の女子高生が斉藤に気付き、声を上げた。
斉藤は視線を合わせないように慌てて陳列棚に目をやる。
いそいそと商品を触る斉藤と女子高生を交互に見た千奈津は、はっとした。
ついに斉藤人気が点火したのか。
「なんかかっこよくない?」
「わかる。イケメン風だよね」
「黒髪襟足最高」
口々に褒められ、斉藤は顔を赤くする。
やめてくれ、こっちを見ないでくれ。こそこそ話さないでくれ。
褒められて嬉しい、よりも羞恥が勝った。
普段褒められることはなく、かっこいいなんて言われたこともない。
耐性がついていないので斉藤は耳まで真っ赤にした。
「なんか、髪の間からちょっと耳が見えてるけど赤くなってない?」
「本当だー。もしかして聞こえてるのかな?」
「気のせいでしょ。そうだとしたら地獄耳だよ」
「それもそっか」
黄色い声だったものが、徐々に白けたものへと変わる。
「まあでも、あの店員さんのかっこよさには敵わないけどね」
「比べちゃ駄目でしょ」
「あの黒髪店員はイケメン風、だからね。あっちの店員さんはイケメンだから」
「イケメン風とイケメン。全然違うから」
「髪で顔を隠してるようだから、きっとそこまでかっこよくないって自覚があるんじゃない?」
「髪型と雰囲気だけはそれっぽいよね。遠くから見たらイケメンに見える」
さっきまでかっこいいと言っていたのに、急に失笑の嵐となった。
それどころか悪口のようにも聞こえ、千奈津は哀れに思った。
よく見ると斉藤が少し震えている。
恥ずかしさや怒りで体が反応してしまったのだ。
「ねぇ、あの店員震えてない?」
「えっ、もしかして本当に聞こえてたのかな?」
「まさか泣いてる...…?」
女子高生たちに数秒の沈黙が訪れた。
「……今日はもう帰る?」
「そうだね、このセールってまだ続くらしいし」
「帰ろ帰ろ」
泣かしてしまったと思い込んだ彼女たちは気まずくなったのか、何も買うことなく立ち去った。
千奈津は心配になって斉藤の元へ行き、「震えてるけど大丈夫?」と声をかけた。
一部始終見てたよ、とは言えない。
髪で顔が隠れていて、斉藤が今どんな表情をしているのか分からない。
千奈津は斉藤から返事があるまで隣に立っていた。
暫くして、落ち着いた斉藤が大きく息を吐いた。
「だから女は嫌いなんだよ……」
瞳には涙が溜まっていた。
「僕が何をしたっていうんだ……」
ぎゅっと目を瞑ると、涙が一粒流れ落ちた。
千奈津はティッシュを渡したかったが常備していない。誰も見ていないことを確認し、売り場にあったポケットティッシュを開封して斉藤に渡した。
千奈津と目を合わせることなく一枚、二枚と取って涙を拭き、鼻をかんだ。
「如月さんがかっこいいことなんて知ってますよ。陽キャで社交性があって、顔もスタイルもよくて、僕みたいな陰キャにも優しい良い人ですよ、モテるのも分かりますよ。僕は友達少ないし、大学でぼっちだし、勉強もできないし。でも、だからって、如月さんと比べなくてもいいじゃないですか。あんな人と比べたら僕じゃなくても大体の男はミジンコですよ。比べることすら烏滸がましい。あんな喧しい女子高生たちに言われなくても僕だってわかってますよ。どうせあいつらは友達の男を奪ったり、年上に弄ばれたり、碌な人生を送ってないに決まってます。むしろそうでないと僕の気が済まない。数年後には立派なクソビッチとして地元で名を馳せて、同窓会に顔も出せない程になってほしい」
ぶつぶつと呪文のように言葉が止まらない。
千奈津は「う、うん、そうだね…...?」と自分でもよく分からない相槌で誤魔化した。
「クソビッチ予備軍共が……」
その不穏な言葉を最後に、斉藤はふらふらとバックヤードへ行ってしまった。
千奈津は呆然とその後ろ姿を眺めていたが、購入していないポケットティッシュを開封してしまったことについて、どうしようかと悩み始めた。
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